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「ピアナさんの部屋で寝るわけにも、アコナさんの部屋で寝るわけにもいかないっしょ~。ぼくは、これからは兄さんの部屋で寝ることにするよ! じゃ、おやすみぃ」


 次に犯す禁忌のネタを探すために読書にふけっていたら、今日という日は終わってしまった。


 夕飯も終え、寝ようかと部屋に戻ろうとした私の耳に、テディの陽気な声が聞こえる。


 書庫から戻ってきた私は、階段をのぼりきったところで、そろりと2階のの廊下に顔を出す。

 ワルターさんの部屋の前で、ふたりは揉めているようだ。

 テディがワルターさんの部屋に入ろうとしているところを、ワルターさんが全力で引き留めている。


「待て。待て待て待て! 一緒に寝られるわけが無いだろう! アコナは好いた女なんだぞ!?」


 私の存在に気がつかないまま、私への愛を叫ぶワルターさんに思わず照れてしまう。


 でも、頭の中は冷静だ。

 私もワルターさんと一緒に寝られるわけはないと思う。

 血のにおいは、血流が良くなると濃くなるらしい。

 私の毒血(どっけつ)は通常の血液よりも吸血欲求を煽りやすい。

 一緒に寝るなんてことになったら、私は恥ずかしくて恥ずかしくて血流が良くなってしまうことは避けられないだろう。

 そうなると、ワルターさんを苦しめてしまうことになる。


 ワルターさんの部屋に入ろうとするテディを引き留める戦いに、私も加勢することにした。


「テディ。そこはワルターさんの部屋です。テディは別の部屋で寝ていただけませんか?」

「ありゃ、アコナさんまでそんなこと言うんだ。じゃあ、ぼくは人の身になったっていうのに寝るなってこと? それともじめじめした地下研究室の冷たい床に転がっとけって?」

「そんなことは言わないですけれど……」

「じゃあ、ピアナさんの部屋を借りる? ぼくだったら、自分の女のベッドで知らない男が寝たらいやだけどね」


 テディがつり目がちな瞳を意地悪に細める。

 テディの言うことは確かだ。

 ピアナにも店長にも、嫌な思いはさせたくない。


 テディはひるむ私にたたみかける。


「第一、ワルターとアコナさんは夫婦になったんでしょ? じゃあ、夫婦の部屋を使うべきだよ。ベッドだって大きいんだし、寝る場所にも困らないんだし。言うことなしっ。じゃ、おやすみ」

「待てって!」


 爽やかにワルターさんの部屋に入っていき、テディはドアを閉めようとする。

 そのドアの間に足を挟んだのは、険しい表情をしたワルターさんだった。


「わかるだろう……っ。好いた女の血が毒血(どっけつ)なんだ。今夜、俺が耐えられると思うか?」

「耐えられないなら、死ぬだけだよ」


 切羽詰まった声を出すワルターさんに、テディは氷のような声で答えた。

 ぞくりとするような鋭い声に、テディの本音を初めて見たような気がする。

 すっと細められた赤い瞳は、ナイフのような輝きを放っていた。


 何も言えずに渋い表情をするワルターさんを押しのけて、テディが「アコナさん」と手招きをしてくる。

 その綺麗な顔に浮かべられた笑みは、作り物のように完璧だ。


「なんでしょう?」

「これあげる」


 彼が何かを差し出すので、反射的に受け取ってしまう。

 ぽんと手のひらに載せられたのは、前に地下研究室で見た魔導銃だった。


「こんな、小さなものになったんですか?」

「誰でも簡単に吸血鬼を殺せるように。ワルターは、それにこだわってたからね。手のひらサイズの小さな銃だから、密かに持ち歩ける。しかも、この銃が撃つ魔弾は吸血鬼にしか効果がないから事故のリスクも低い。ワルターと寝るなら、これくらい持っとかないと」


 にんまりとテディが口角をあげる。


 彼は私に、血を吸われそうになったらワルターさんを殺せというのか。

 じとりとテディを見上げると、彼はへらりと相貌を崩した。


「だぁいじょうぶ。これは、まだ試作段階のもので殺すほどの威力ないから。せいぜい気絶させる程度のはずだよ。多分だけど」

「必要ないです」

「アコナ。持っておいてくれ」


 テディは意地悪だ。

 私はワルターさんに殺されたって、彼を殺すことはしたくない。

 わかっているくせにこんな武器を持たせるテディに魔導銃を返そうとすると、背後で見ていたワルターさんが声をあげた。


 振り返ると、彼は私の手に載せた魔導銃を握りこんで、私にぎゅっと握らせる。


「俺が万が一君を襲っても、君は俺を倒せるのだと安心したい」


 ワルターさんの瞳が不安に揺れている。

 私はその瞳を見たことがある。

 私を食べてしまいそうになったマティアスも、そんな怯えた目をしていた。


 私にはワルターさんが抱える、私の血を吸い尽くしてしまうかもしれないという恐怖は想像することしかできない。

 だからこそ、彼の恐怖を減らす方法があるのならば、それがどんな方法でも実行してあげたかった。


「わかりました……。テディ、これは受け取ります。ありがとうございます」

「いいえ。兄夫婦が、両親みたいな悲惨な最期を遂げたらイヤだからね。では、よい夜を」


 へらっと笑ったテディが、ドアを閉める。


 廊下に取り残された私たちには、ひとつしか選択肢は無かった。


「……では、ワルターさん。その、一緒に寝ますか?」

「……大丈夫だ。今日の俺はハチャメチャに眠い。襲うほどの体力はない」


 呪文のように呟いてから、ワルターさんは私の問いに答えた。


「一緒に寝よう、アコナ。問題ない。俺たちは婚前に二度も同衾した仲なのだからな」

 

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