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「テディールには、本当に何もされなかったんだな?」

「はい。大丈夫です」

「信頼ないなぁ。あ、アコナさん! 紅茶にお花入れる?」

「あ、お願いします……」


 地下室でテディを目覚めさせてしまってから、少し。

 私はワルターさんと食堂に居て、いつも通りテディは厨房にいた。

 

 ここに戻ってきたとき、テディのゴーレムとしての筐体(きょうたい)は中身である魂を失って、厨房で動きを止めていた。

 空っぽの筐体は現在食堂の隅っこで小さくなっている。

 なんだか、ゴーレムの頃のテディの方がよかったなぁなんて思ってしまうのは、さっき怖い目にあったのだし許して欲しい。


 テディは吸血鬼に戻った。

 けれど、テディのやることは驚くくらいに変わらなかった。


「はい、アコナさんお茶どうぞ。ワルターも」

「ああ、ありがとう」

「ありがとう、ございます……」


 ワルターさんは素直に礼を言う。

 テディがいれたお茶と一緒に、私のうみだした花を食べている彼は、さっきからちょっとだけ不機嫌だ。


 おずおずとテディがいれてくれたお茶を一口含む。

 いつも通りのおいしいお茶の味に驚いた。


「テディは、人間になっても働き者なのね」

「僕はゴーレムになる前からこうだったよ。そもそもゴーレムなんて戦闘用なんだから、家事機能なんて付いてないし。家事機能があったのは、僕の魂のほう」


 得意げに自分を指さすテディに、ワルターさんは無言で立ち上がる。

 厨房から出てきた彼は、庭でテディ自身が管理していた花畑の花がたっぷり入ったかごをドンと勢いよくテーブルに載せた。


「おまえはこれでも食っていろ。血に対する欲が、おまえは強すぎる」

「アコナちゃんの花に心酔しまくりのワルターには言われたくないよ。僕、花きらぁい。血への熱い想いが薄れるっ」


 「ねえ?」と目を細くされても、苦い笑いしか返せない。

 血と花では、執着するにしても物騒レベルが違いすぎる。


「テディール。おまえ、もう出て行け」

「やだよ。せっかくうちに毒血(どっけつ)の香りがしてるのに。それに大好きな兄さんにも生身で再会できたんだもの」

「俺の嫁の匂いを堪能するような弟をうちに置いておけるか。絶対に飲むなよ。アコナの血を飲んでいいのは、俺だけだ」


 テディの眉がぴくりと跳ねる。

 不満そうだけれど、私の方がずっと不満だ。


「ワルターさんにもテディにもあげませんっ」


 テディは「ありゃ」と情けない声をあげたけど、ワルターさんが本気で拗ねたような表情を見せたのは意外だった。

 毒血(どっけつ)なのだから、あげられるわけがないって、ワルターさんも知っているはずなのに。


「私はワルターさんも、ワルターさんの弟も。私の血で死んで欲しくありません」

「俺は死んでも構わないと思っている」


 さらりと言ったワルターさんは、花を()む。

 こちらを見る視線は、焦がされるように熱い。


「アコナの呪いが解けなかったそのときは、俺はアコナの血を飲んで死ぬ。君が長生きできない世界に、興味は無い」

「……私との思い出を糧に生きると言ったではありませんか」

「君との思い出は、あと数十年は積み重ねなければならん。俺の命は長いんだぞ。たった1年では、糧にするには足りない。だから呪いを解かなければ、君が足りずに俺も一緒に死ぬことになる」


 ふっと微笑むワルターさんのいたずらっぽい表情に、キュンとする。

 キュンとするけど、そんな場合じゃない。

 私の死と共に彼を死なせるわけにはいかない。


 そういえば、とハッと手首を見たけれど、やっぱりそこには『150d』という数字が刻まれている。

 禁忌を犯した気がしたのに、やっぱり余命は消えていなかった。


 夫婦の会話を冷めた目で見ていたテディは、「ん?」と私の仕草に首を傾げた。


「ん? アコナさん。なんか、いい禁忌でも犯せたの?」


 もしゃもしゃとだるそうに花を食べるテディは、さすが吸血鬼だ。

 毒血(どっけつ)の呪いを受けた者の手首に、余命が刻まれることなんて常識のように知っている。

 呪いを解く方法は、ゴーレムのテディの前でも散々話していたから知っていたのだろう。 


「ええ。あなたの封印を解いたのは、禁忌だった気がしたから」

「なんで? 僕は助かっちゃったよ。こぉんなに、甘い匂いを家でずっと嗅いでられるんだから」


 ワルターさんがかけた氷塊の魔法は、吸血鬼の魔力を使ってしか使用できない特殊な魔法だったらしい。

 ワルターさんは血に執着しているテディが癒えたあとも、いつ呪いをとこうかずっと迷っていたそうだ。

 そんな魔法を解いてしまったことも罪深い気がしていたけれど、何よりも罪深いと思ったのはそこではない。


「ワルターさんの弟とはいえ、あなたを解放したのは禁忌だったかもなぁ、と」

「確かに、こんなド変態を世に解き放ったことは罪深かっただろうな」


 近いし、嗅ぐし、迫ってくるし。私はテディがいまいち好きにはなれない。

 呪いから解き放たれた意趣返しに、ちょっと意地悪を言うという罪を犯しても、やっぱり手首の数字は消えていない。

 

 ワルターさんとにじとっと睨まれたテディは、「そんなぁ」とへこんだ声を出しながらもへらへらしていた。


 この人は、なんだか嘘っぽいと感じられて仕方が無かった。


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