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 余命201日目の体調不良を境に、私は目に見えて疲れやすくなった。

 少し歩いただけで息切れをするし、夜も早くに眠たくなる。

 けれど、今までの人生の中で最も幸福な日々を過ごしている。


 禁忌は令嬢だというのに泥まみれになって遊んでみたり、暗い夜の森にワルターさんと肝試しに行ったりとがんばってはいるけれど、余命の数字は消えない。

 けれど、ワルターさんとの思い出は積もる一方だ。


「おはよう、ピアナ」

「おはよー! あれっ? ワルターは?」

「ワルターの所在を確認。ピー、地下研究室にいるようです」

「魔導銃がいよいよ完成間近なんですって」

「へえ、さっすがワルター!」


 へらっと笑ったピアナが、私の前に座る。

 今日の朝食はジャムパン。

 このイチゴジャムはテディが煮込んで、イチからつくってくれたものだ。

 香りがとてもよくて食欲をそそる。


「テディ、今日もありがとう。いただきます」

「召し上がれ」

「いっただきまーす」


 ピアナと一緒にかじりつく。

 はじける甘みとくせになる酸味。できたてのジャムと焼きたてのパンのコラボは、おいしすぎる。

 落ちそうになるほっぺを支えると、向かい側に座ったピアナも「ん~」と感激の声を漏らしていた。


「は~、めっちゃくちゃおいしいよぉ。テディはやっぱ天才だね」

「テディは本当に料理上手な働き者よね」


 ウィンウィンと駆動音を鳴らしたテディは一礼をして食堂からつながっている厨房へと入っていく。

 働き者の彼は、ジャムの鍋を洗いに行ったのだろう。


「そういえば、ピアナ。今日からしばらくプティエに行くんでしょう? 楽しみね」

「え!? うんっ。準備してあるよ。もう三日も前から」


 照れている様子のピアナが、頬を掻く。


 今日からピアナはしばらくの間プティエにお泊まりだ。

 なんでも店長と同棲するための準備をはじめるらしい。

 ピアナがここを出て行ってしまうのは寂しく感じられたけど、彼女の幸せそうな笑顔を見ていると私まで暖かい気持ちになった。


「アコナは、昨日の肝試しデート。どうだったの? 森の奥まで行ったんでしょ?」

「ええ。肝試しっていうものがあることは知っていたけれど、体験したのは初めてだったからドキドキしたわ」

「チューした?」

「な、なんでそんなこと聞くの?」


 したけども。

 森から出るときに、「やっと出られましたね」と胸をなで下ろしたときに、不意にされたけれども。


 真っ赤になりつつも、その事実をどうにか誤魔化そうとするけれど、いたずら好きのピアナがこんな私を放っておくはずがない。

 にまにましながら、ピアナは「ふーん」と訳知り顔で頷いた。


「したんだ」

「……うぅ」

「結構してるよね〜、キス。好きなの?」

「ワルターさんが、好きなの」

「ほほう。そういえばなんだけど夫婦なのに、どうして部屋が別なの?」

「へっ!?」


 にやりと笑むピアナの笑顔は、もはや品がないレベルだ。

 私はそろりと目をそらした。


「……ワルターさんが、私の血を吸わないように」

「んっ? 吸血欲求って、ワルターあんまりないんじゃないの?」

「お酒を飲んだり、血の巡りがよくなると、私の体から血のにおいがするらしいの。その匂いが、毒血(どっけつ)の呪いのせいもあって、おいしそうなんですって」


 言いながら、紅茶を一口飲んで恥ずかしさを誤魔化す。


 これは、キスをした後に「ああー」とうめいて苦しそうにしていたワルターさんに教えてもらったことだ。

 毒血(どっけつ)の呪いはそもそも勇者ジュール様が、吸血鬼を滅ぼすために自らにかけた呪い。

 吸血鬼により多くの血を与えるために、毒に犯された血は吸血鬼が死に際に天国を見るほどに甘美な味がするらしい。


 ピアナは少し考え込んでから、「なるほど」と神妙な表情を見せる。


「一緒の部屋で寝たら、恥ずかしすぎて血流がよくなって、ワルターを煽っちゃうと」

「そうなんだけどっ。言わないで」


 恥ずかしいからっ!


 ごくごくと紅茶を飲む私に、ピアナは満足しらしい。

 ジャムのついた指をぺろりと舐めて、彼女は立ち上がった。


「ふふふ~。いろいろな意味でごちそうさま! なんだか、あたしも早くユリウスに会いたくなっちゃったから、もう行くね」

「楽しんできてね」


 「ありがとう~!」と言いながら、ピアナがパタパタと食堂を出て行く。

 私も食べ終わった皿を厨房に運び、洗い物を終えてから、ふと思い立ってワルターさんが愛用している白い皿を手に取った。


「テディ。このお皿、借りていってもいいかしら」

「アコナさんの言うことは、危険なこと以外は許可するようプログラムされています」

「ありがとう」


 テディに断って、お皿を持って廊下に出る。

 向かう先は書庫の地下にある研究室だ。


 迷路みたいになってはいるけれど、たぶんたどり着けるだろう。

 ワルターさんは朝食を食べていないだろうから、彼に花を届けたかったのだ。

 

 ワルターさん愛用のこのお皿に花を載せれば、きっと喜んでくれる。

 布に包んだお皿を、浮かれた気持ちで地下研究室へと運ぶ。


 そしてしばらく歩いたところで、すぐに後悔した。


「……どっちだったかしら」


 悩みながら歩いていると、廊下に花びらが落ちているのを見つけた。

 これは私が生み出した花ではない。

 先日、ワルターさんとプティエに行った時に「相変わらず不器用だ」と妙な関心をされながら作った花束に使用した花だ。


 そういえばプティエを手伝っていた頃から、彼は花かごの他に花束を毎回注文してくれていた。

 その花が、どうしてここに落ちているのかが不思議だ。


 落ちている花びらを拾うと、少し先のドアが僅かに開いていることに気がついた。

 そして、そのドアの前にも花びらが落ちている。

 好奇心を煽られ、その花びらを拾うついでにドアの隙間からそろりと中を覗いてしまった。


 ひやりとした空気に満ちたその部屋の真ん中には、私がつくってワルターさんに渡した不格好な花束が置いてある。

 そこから視線をあげた先を見て、私は目を見開いた。


「……ワルターさん?」


 そびえたつ鋭利で巨大な氷塊。

 透明なその中に、目を閉じたワルターさんが閉じ込められていた。

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