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 昼過ぎに起きた俺は、のろのろとした足取りで書庫を出た。


 徹夜明けの体に日差しが眩しい。

 吸血鬼の体には毒でしかない日の光から逃れるようにフードを被って、俺は食堂へと向かった。


 アコナが出て行ってから、もうすぐ一月(ひとつき)が経とうとしている。


 ピアナからアコナの様子は聞いている。

 プティエで元気にしているようだし、紅茶に砂糖を大量に入れてみたり、令嬢なのにピアナと川遊びをしたりなど禁忌もがんばって犯してみているようだ。

 そんな彼女の姿を想像して、俺は愛しさしか感じられていなかった。


「全く、全くもって、好きでなくなれる気がしない……」

「あ、おはよう! ワルター! うわ、顔色わるっ」

「ピー、健康チェックをします」


 うめきながら食堂の扉を開けると、テディに食事を運ばれていたピアナが大声をあげる。

 その言葉に反応したテディに健康チェックを受けるはめになったが、診断結果は予想通りの『寝不足』だった。


「ど~うせ、アコナのことばっか考えてたんでしょ」

「ああ、そうだ。悪いか。おかげで眠れず、研究も進まん」


 ピアナのからかいに反応する余裕もない。

 どっかりと椅子に腰掛けた俺は深くため息を吐いて、机の上にのせられている花かごをたぐり寄せた。


 今はこれだけが、俺とアコナを繋ぐものだ。


「ワルターはさ、アコナがもうワルターのこと好きじゃないよって言ったら、どうするの?」


 テディが持ってきてくれていた白い皿に花を並べていた俺は、ぴたりとその手を止める。


 ぎこちない動きでピアナを見てしまったのは、それが俺の最も恐れていることだったからだ。


「……どうもしない。そうなってしまったものは、仕方がない」


 言葉ではそう言ったし、たぶん実際どうにもしない。

 「好きではない」と言われたら「そうか」と答える。

 だが、きっと俺はその後ひとりの部屋で情けなくも泣いてしまう気がした。


 愛し合わないこと。

 それは俺が望んだ条件だ。

 アコナは俺が抱える恐怖から俺を救い出すために、冷却期間を設けてくれた。

 アコナは俺のために出て行ってくれたのだ。


 だから俺も彼女を好きにならない努力をしなければ、と。

 そう思ったのに、考えれば考えるほど、アコナに会いたくて仕方がなかった。


「なんだかもうじれったいなぁ」


 ため息を吐くピアナはスルーして、白い皿に並べた花に触れる。


 アコナは出て行ってからというもの、花魔法で銀色の花しか出していない。

 花魔法は使用者の感情を表す魔法だ。

 銀色の花は、うぬぼれていなければ多分俺のことを考えていてくれたから生まれたものだろう。

 そして、その味がマティアスとの結婚前日のときのものよりも格段にうまいのだから、クラクラしてしまう。


「……今日もうまい。うますぎる。甘さがすばらしい。こんな花が、この世にあっていいのか!」

「それ毎朝言ってるからね、ワルター。これ食べたら寝た方が良いよ。顔色悪いから。……そういえば、アコナもちょっと顔色悪かったな」

「アコナが?」


 心配しながら花を咀嚼する。

 そして、その甘みの奥にいつもと違う味を感じた。


 ……刺すような苦みだ。昔舐めてしまったことのある毒の味に近い。


「そうそう。店に立つのも久しぶりだから疲れやすくなったなって言ってたんだけど、最近顔色悪いんだよね。アコナも寝不足なんじゃないかなって、ユリウスと話してるんだけどさぁ」

「最近、胸が苦しいとか言っていなかったか?」

「へ?」


 ピアナが明らかに挙動不審な様子を見せる。

 視線を泳がせて、「えっと」と呟くピアナに前のめりになる。


「真剣に聞いている。明日でアコナの余命は200日だ。余命が減ると体調を崩す者は少なくない」


 毒血(どっけつ)の呪いは、その呪われた血の毒で自分自身を殺してしまう。

 免疫が弱まれば、体を壊すことだってあるだろう。


 ピアナは、さっと顔色を変える。

 不安げな表情を見せた彼女は、ようやく答えてくれた。


「言ってた。胸が苦しいことがあるって。でも、それはワルターのことを考えるとって意味なんだと思ってたの」

「そうか。……プティエに行ってくる。アコナを迎えに行く」

「アコナとどうすることにしたか決めたの!? 決めてないなら、あたしが行く。アコナの覚悟は邪魔させない」


 俺に続いて立ち上がったピアナが声をあげる。

 真剣なまなざしは友を守ろうとしている輝きだ。

 アコナも俺も、いい友人を持てた。


「本当は、もうずっと決めている。俺が覚悟を決められなかった。どう足掻こうとも、俺はアコナへの愛は捨てられない。俺はアコナを失おうとも、彼女を愛して生きるだけだ。それが、彼女のために生きる俺の幸せだ」


 「いってくる」と告げると、ピアナは席についた。


「しょうがないなぁ。留守は任せてね。ちゃぁんと、アコナ連れて帰ってきてね」

「わかっている」


 食堂のドアをたたき壊す勢いで開く。


 駆け出した俺は、自分は世界で一番足が遅いんじゃ無いかと思うくらい、気がはやっていた。

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