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「いらっしゃいませぇ……、はあ」
「こらこら、アコナちゃん? そんな幸薄そうな挨拶されたら、お客が逃げます」
プティエにはどよんとした空気が漂っている。
私のせいで。
「ごめんなさい、店長。しっかりします」
「ん。手伝うんなら、しっかりしてねぇ。俺はしっかりできないんだから」
ゆるりと店長が言って、レジカウンターに頬杖をつく。
いつもの光景だ。
まるで、ワルターさんと出会う前に戻ったみたいに。
でも、もうあの頃には戻れない。ワルターさんを愛していなかったあの頃には。
「やっほー! お買い物に来たよ~」
「おお、ピアナ。おつかい偉いなぁ」
「子供扱いしないでよね」
「はは、悪い悪い。ちょっと待ってろ。お菓子をやろう」
「わーい!」
無邪気に喜ぶピアナが、店長はかわいくて仕方ないといった表情をしている。
ピアナも甘やかされることが、なんだかんだ言いつつも嬉しいのだろう。
店長はピアナの頭をぽむぽむ撫でて、店の奥へと入っていった。
微笑ましいふたりを見ていると、ワルターさんに会いたくなってしまう。
「はい、アコナ。今日も花かごお願い!」
「お疲れ様、ピアナ。いつもありがとう」
ピアナが作業台の上に置いた花かごの上で、手のひらの器を作る。
魔力を込めるとあふれ出した花は銀色をしていた。
プティエに転がり込んでからというもの、私の花は銀色の花ばかり生んでいる。
輝きをまとう銀色の花は、我ながらため息が出るほど美しいけれど、ワルターさんへの愛が詰まってしまっているようで気恥ずかしい。
銀色の花でいっぱいになった花かごを渡すと、ピアナはふーっと息を吐いた。
最近の彼女は私に怒っているのだ。
「アコナ。もうそろそろ帰っておいでよ。ワルターしなびてるよ」
「ええ、私もしなびているからよくわかるわ。会えないと、相手のことばかり考えて苦しくなってしまうものよね」
「そう思うなら、帰ってくれば良いじゃんかぁ!」
「帰らないわ。私はワルターさんを好きじゃなくなるって決めたの」
ピアナには、全部を話した。
私とワルターさんが恋愛冷却期間のために一ヶ月会わないことも、私がもう彼を好きではなくなったという芝居を打つことも。
「そんな芝居打つくらいなら、最初から告白に答えなければ良かったのに」とピアナは拗ねていたけれど、あのときの私は全身からワルターさんへの愛があふれてしまっていたから、嘘を吐いてもバレてしまっていただろう。
一ヶ月間の恋愛冷却期間は、私が芝居を打つための覚悟を決める期間だった。
呆れ顔のピアナが半眼になる。
「で? 好きじゃなくなった?」
「胸が苦しくて、最近は呼吸が苦しくなることもあるくらいにワルターさんのことが好きよ」
「ダメじゃんっ! 全然好きじゃん!」
「大丈夫よ。私は、しっかり芝居ができるわ。ほら見て。ワルターさんのことなんか……、全然、好きじゃ、なく、なくな、りました! ほら!」
「ほらじゃないよっ。全然無理だと思うよ!」
「……一ヶ月までもう少しあるから、鏡の前で練習してみるわ」
恋愛冷却期間作戦は完璧。
そう思っていたのに、想像以上に私は演技力がなかった。
思ってもいないことは、なかなかうまく口にできない。
しっかり練習しなくては。
自分を鼓舞する私に、ピアナはずっと呆れっぱなしだ。
「ワルターも意地張ってないで、迎えにくればいいのにさ。アコナががんばってるから俺もがんばるとか言ってんだよ? そんなこと言ってる時点で、愛を捨てることなんて無理じゃん。もうめちゃくちゃ好きじゃん!」
「……友好的な感情というラインにたどり着けるかもしれないでしょう?」
「無理だと思うよぉ!?」
大きな声をあげたピアナは、頭を抱える。
私たちの関係をピアナは、とても心配してくれている。
彼女には申し訳ないけれど、彼のためにも私は引くことは出来なかった。
ワルターさんは、愛し合うことを怖いと言った。
愛し合った末に、悲惨な末路を遂げた両親を見ていたから、彼は愛し合うことを恐れている。
彼の恐れを取り除くには、私たちの間に芽吹いてしまった愛を殺す必要がある。
どんなに胸が苦しくても、私はワルターさんが望むのなら、彼を愛する気持ちを捨ててあげたい。
この努力は、私のワルターさんへの愛だった。
「お茶とおかし持ってきたぞ~」
花の香りにバターとお茶の香りが混ざる。
飛び跳ねて店長のところへと駆け寄ったピアナの後に続こうとして足を踏み出す。
胸の苦しさは、時々動悸を起こすほどのものになっていた。




