05
「ディナス家のお屋敷は、生活空間はあんまり広くないんだ。書庫ばっかり広いの。もうほんっとに迷路!」
寿命を知ったときは、愕然とした。
でも、幸いなことに結婚式当日の経験で、私はショックなことにはだいぶ耐性がついている。
塞ぎ込んで泣いていても、この手首に浮かんだ余命が落書きでないならば、残された時を無駄にするだけになってしまう。
それに、明るく元気に屋敷を案内してくれるピアナが励まそうとしてくれているのに、申し訳ないだろう。
私はまだ動揺している気持ちには蓋をして、ピアナの案内でワルターさんの元へ向かっていた。
「アコナの部屋は、ワルターの寝室とあたしの部屋の間だよ。ワルターの両親の部屋だったから、どの部屋よりも広いんだよね」
「そうだったのね。客室にしては、ベッドが大きいと思っていたの」
「唯一の客室は、あたしの部屋になっちゃってるから使えなかったんだよねぇ」
部屋が広かったのも、二人の部屋だったのなら納得がいく。
そして、その部屋が空き部屋だということは、ワルターの両親は亡くなっているということを意味していた。
「ピアナはどうして客室で過ごしているの? 使用人の部屋はないのかしら」
実家だと、一階に使用人たちの部屋があって、二階に客室や食堂、三階にグロウ家の部屋があった。
ごく一般的な貴族の屋敷のつくりでは、使用人は主人と同じ階層に居住しない。
窓から見る限り、今居るここは二階。
メイドであるピアナは、一階に部屋があるとばかり思っていた。
「あたしはメイドじゃなくって、メイド役。訳あって転がり込んだんだけど、居るなら何かしろって言われて、メイド役させられることになったんだよ」
「そんなこともあるのね。他の使用人さん達は、見当たらないようだけど……」
「ワルターは使用人なんて、これっぽっちも雇いたくないの。さっきも言ったけど、マジでひとりぼっち大好きマン。だから、メイド役はあたし一人」
「この屋敷をひとりで管理するのは、大変でしょう」
ワルターとピアナしかこの屋敷に居ないとはいえ、三食の準備をして、広い敷地全体を整備するのは大変なことだ。
ねぎらう私にピアナは首を横に振った。
「あたしは、あくまでメイド役だもん。なんにもしてないよ。この服はお屋敷の雰囲気作りのためのメイド服ね。かわいいいでしょっ」
ピアナは得意げにくるりと回る。
黒いワンピースの長い裾から、白いレースが覗く。
無邪気なピアナが伝統的なメイドワンピースを着ているアンバランスさが、可愛らしかった。
「ここは生活するためのお屋敷で、ディナス家の敷地の中では一番小さい建物なんだよ。一階は食堂とかキッチンだから、おなかが減ったら階段降りてね」
「向かいの大きな建物は?」
窓の向こう側には、花畑のような中庭を挟んで、大きな建物が見えている。
屋敷よりも遙かに大きい建物は、石造りの砦のようにも見えた。
「あれが、その迷路みたいな書庫!」
「え、あんなに大きいの……!?」
「そう! びっくりっしょ。頑丈につくってあるのは、大事な本を守るためなんだって。ディナス魔法伯! って感じだよね」
生活するための屋敷の造りも立派だけど、書庫の造りには敵わない。
人間よりも本を守る建物の方が頑強に造られているところが、ピアナの言うとおり、いかにも魔法泊の家という感じがした。
「書庫の地下に研究室があって、マティアスはいっつもそこに居るんだ。でも、今日は書庫に居るはず。アコナを助ける方法を探すんだって、言ってたから」
「これだけの書庫があれば、何かわかるかもしれないものね」
中庭に咲き誇る花々は、丁寧に手入れされている。
ピアナは何もしていないと言ったけど、やっぱり謙遜だ。
一面の美しい花畑になっている中庭を突っ切ると、巨大な書庫の扉があった。
ピアナが扉に手をかけて、ゆっくりと開く。
その先には、異世界が広がっていた。
とても乱雑な。
「う、わぁ……」
「ワルターって片付け苦手なんだよね。ちなみに、あたしも!」
元気よく手をあげたピアナに苦笑するしかない。
だって、書庫はあまりにもな有様だった。
確かに蔵書数はすさまじい。
壁を埋め尽くす本棚は、首が痛くなるほど高い天井まで続いている。
至る所に本によって作られた塔や山もある。
でも、その本の山や塔が多すぎる。
うずたかく積まれた本が崩れている場所なんか、もう本の海だ。
人間、こんなに本を読めるものなのだろうか。
私の背より高く積まれた本の山を見上げていると、その一部がもぞもぞ動き出す。
本の山を滑り落ちてくる本たちをよけるために一歩下がると、ボコッと。
モグラが地面から顔を出すかのごとく、腕が一本現れた。
「あ、ワルターだ。おーい! アコナ起きたよー!」
「なんだと!?」
ピアナの元気な声に、反応した手がもがく。
ごそごそと動いた手は、ようやく踏ん張りどころを見つけたようで、「よっ!」と気合いの入った声とともに、本の山から顔が出てきた。
透けるような白いつや肌と宝石をそのまま埋め込んだような輝きを放つ赤い瞳。
本当に輝きを放っているかのような美貌を持つ顔が、本の間からにょきりと出ているのがシュールだ。
綺麗な銀の髪をくしゃくしゃにして、疲れた表情をしたワルターさんと目が合う。
私なんかのために、すごく頑張ってくれてたんだ。
ありがたいけど、なんだか申し訳ない。
私が結婚して幸せになることを願ってくれたことを思い出すと、笑顔にはなれなかった。
「ワルターさん。助けていただいて、ありがとうございました」
「アコナッ……。アコナ、アコナ!」
切羽詰まった声を出したワルターさんが、本の山から這い出して、駆け下りてくる。
そのあまりのスピードに身構える暇もなく、私はワルターさんに抱きしめられていた。
「ああ、やっと捕まえられた。絶対に君を救ってみせる。何をしてもだ」
「ちょっ、急にやめてください! 変態!」
「変態はないだろう! こんなにも君を求めているというのに!」
「ワルター、大変なんだよ! 無理矢理アコナ抱きしめてる場合じゃないから!」
べりっと私からワルターさんを引き離したピアナが、間に入って腰に手を当てる。
助かった……と胸をなで下ろすのもつかの間、ピアナはびしっと私を指さした。
「アコナってば、何にも知らされてない! 呪われたってことも、あたしが言うまで知らなかったんだからねっ」
「……なんだと?」
美形が怒ると怖い。
顔をしかめたワルターさんは、顎に手を当てて怒りを露わにした。




