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「……冷却期間」


 ぽかんとした表情のままワルターさんが復唱する。

 私は力強く頷き、慎重に言葉を紡いだ。


「ワルターさんは愛し合うことが怖いのですよね。ご両親のようになってしまうのではないかと」

「情けないことだが……、そうだ。君を失って、狂うほどの悲しみを味わう未来を想像するだけで恐ろしい」


 ワルターさんが絡めた指を強く繋ぐ。

 そらされた赤色の瞳が、苦しげに細められたのを見て、胸が苦しいほどに痛んだ。


 私だってワルターさんが私より先に死んでしまう未来が確定していたら、恐ろしくて眠れないかもしれない。

 朝起きて、彼が生きているかその頬に触れて確かめずにはいられないだろう。

 そしてある朝、冷たくなっている彼の頬に気がついて、胸が張り裂けるような悲しみに襲われるのだ。


 そんな恐ろしい未来を彼に経験させたくない。


「私はワルターさんに恐ろしい想いをさせたくはありません」

「だが、もう遅いだろう。俺は君が好きで、君も……俺が好きなんだろう?」


 確かめるように聞いてくるワルターさんに、キュンとしてしまう。


 けれど、この計画は私がキュンとしていてはダメなのだ。

 表情をぴりっと引き締める。

 彼の手から手を離し、私はベッドから立ち上がった。


「アコナ?」

「これからは恋愛感情冷却期間です。私はプティエに身を寄せます。ピアナに花かごを届けてもらいますから、ワルターさんはプティエには来ないでくださいね」

「せっかく結婚したのに、家を出て行くのか!?」

「はい。だって、このままでは私とワルターさんの愛は深まるばかりですもの」


 ぐっとワルターさんが眉を寄せる。


「……ああ。そうだな。こんな感情のままで君を失う未来が来ることも恐ろしいが、このままでは俺は君の血を吸いかねん。愛した相手の血がこんなにもおいしそうに思えるだなんて、考えたことも無かった」


 頭を抱えるワルターさんに、私は血が呪われてさえいなければ、全身の血を捧げたって構わなかった。

 それくらい彼のことを愛している。

 だからこそ、私は彼のために芝居を打つことにしたのだ。


 冷却期間をおいた後、私は彼を愛していないことにする。

 すっかり恋は冷めてしまいました。これからも契約結婚として、よろしくお願いします。

 そう言って、笑顔で頭を下げるのだ。


 彼は最初は傷ついてくれるのかもしれない。

 だが、どんなに愛そうとも愛を返してくれない相手のことを、長く愛していることは難しいだろう。


 これは、ワルターさんと私のための大芝居。

 ワルターさんが幸せになることは、私の幸せでもあるのだ。


「では、ワルターさん。行って参りますね。一ヶ月後に屋敷に帰ってきます。どうか、お元気で」


 ぺこりと頭を下げて、廊下に続くドアを開く。


 店長は私が突然やってきても受け入れてくれるだろう。

 恋人であるピアナも今はプティエにいるはず。

 彼女にも事情を説明すれば、納得してくれるはずだ。


 ワルターさんと愛し合えた時間はわずかなものだった。

 けれど、一生のうちで一番幸せな時間だった。


 涙がにじみそうになるのをかみ殺して廊下に一歩踏み出す。


 その瞬間、背中から抱きすくめられた。


「……ワルターさん?」

「行くな、と。言ったら、君は行かずにいてくれるか?」


 すり、と彼の頭がすり寄せられる。


 今ここで立ち止まれば、彼とは愛し合った夫婦でいられるだろう。


 でも、それは私が先に死んでしまうというどうしようもない未来から目を背けているだけだ。

 だって、彼が私を抱きしめる腕はやっぱり震えているのだから。


 今すぐ振り返って、彼の胸に飛び込みたい。

 その欲望を飲み込んで、ワルターさんの腕からそっと逃れる。


 振り返ると、辛そうに表情をゆがませるワルターさんと目が合った。


「行きます。私は、あなたと幸せになりたいから」


 今度は引き留めなかったワルターさんに笑顔を向けて、ドアを閉める。

 

 唇をかみ、深く息をして、「よし」と一声出してから私は屋敷を出た。

 滲んだ涙は、なかったことにした。

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