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「いろいろあったみたいだが、結果的にゃアコナちゃんとワルターさんのことを好きな奴だけが残ってよかったのかもなぁ」

「そうですね。私もそう思います。お母様とお姉様が見ていると思うと、違った意味で緊張してしまいますから」

「なんだか、アコナちゃんは強くなったな」

「長生きしなくてはいけないので」


 チャペルの外。

 両開きの扉の前で、私は店長の腕に手を添えている。


 真珠をまぜて織られたヴェールの向こうは輝いて見えた。


「アコナちゃん。幸せになれよ」

「泣いてるんですか?」

「泣いてる」


 ずびっと鼻をすすった店長に思わず笑ってしまう。


 教会の方が両開きの扉を開くと、ガラガラの会場にひとりでピアナが座っていた。

 彼女はもう顔面をぼろぼろにして泣いていて。

 それを見ていると私まで泣けてきてしまいそうだった。


 ヴァージンロードを静かに歩いて行くと、その先にワルターさんが待っている。

 店長の腕から手を離して彼の腕に手を乗せると、ワルターさんが少しだけ緊張しているのがわかった。


 天才で、人嫌いで、吸血鬼。

 そんな彼が人並みに緊張している姿は愛しく思える。


 私は、初恋の人と結婚して幸せになるものだと思っていた。

 けれど、今隣に立っているのは、初恋の人ではない。

 愛し合ってもいない。


 だけど、彼と一緒に幸せになることは決めていた。

 禁忌を犯してでも。


 「では、誓いのキスを」


 粛々と式は進み、いよいよそのときがやってくる。


 慎重な指先で、ワルターさんが私のヴェールをそうっとあげる。

 真正面から見るワルターさんは、この世の何よりも美しく見えた。


 そっと、彼が私の頬を撫でる。


「目、とじて」


 小さな声でささやかれて、慌てて目を閉じると彼が近づいてくる気配がする。


 全身を硬直させるように固まる私の頬に手を添えて、ワルターさんは私にキスをした。


 今まで触れた何よりも柔らかく、熱かった唇はすぐに離れてしまう。

 誓いのキスだから、当然だ。

 それでも名残惜しく感じてしまった自分が、はしたなく感じられた。


 恐る恐る目を開けると、輝く視界に喜びを詰め込んだような笑顔のワルターさんが写った。


 今が結婚式でよかった。

 そうじゃなければ、私は彼に大好きだと叫んでしまっていたかもしれない。


「おめでどう! 幸せになっっでねぇええ!」

「こらこら、ピアナ。落ち着いて」


 叫ぶようなピアナの祝福と孫を見守るおじいちゃんみたいな店長の声と共に、私とワルターさんの結婚式は終了した。


 つつがなくとはいかなかったけれど、式を無事終えられたことには安堵する。


 屋敷に戻ると、私はベッドに倒れ込んでしまった。


「疲れたぁ」


 いろいろなことがあった。

 マティアスとお姉様との別れ。

 お母様との決別。

 そして、ワルターさんとのキス。


「うきゃあ」


 恥ずかしくて嬉しくて、おかしな声がでてしまった口元をぱっと押さえる。

 柔らかかったなぁ、気持ちよかったなぁ。……もう一回したいなぁ。

 強欲なことを考えて、またバタバタしてしまった。


 そろりと、自分の手首の内側を見てみる。

 やっぱり余命を刻む数字は消えていない。

 あれが禁忌でないならば、なんだというのか!

 あんな気持ちいいこと、罪に決まっている!


 ぺちぺちと余命の数字をたたいていると、ドアがノックされた。


 今日はピアナは店長のところに泊まると言っていた。

 屋敷にいるのはテディかワルターさんだけだ。


「はぁい」


 気軽に返事をしてしまってから、慌てる。

 

 そうだ。忘れていた。

 初夜だ!

 できないとふたりで確かめ合いはしたけれど、ワルターさんの気持ちが変わった可能性も否めない。

 あれは男の人は愛が無くてもできると聞くし……。

 ここは、寝たふりをするしかない。


「アコナ?」


 覚悟を決めてぼふりと毛布を被る。

 ドアが開いて入ってきたのは、やはりワルターさんだった。


 そろりと毛布をはがれる。

 私は、ぎゅっと目を閉じていた。


「何してるんだ?」

「……寝ています」

「寝ているなら、キスしてもいいな?」

「だ、だめですよ! 寝ているんですから!」


 思わずがばりと起き上がると、ベッドに腰掛けていたワルターさんがくっくと笑う。

 恥ずかしくて死にそうだ。

 毛布を頭から被ってうめいた。


「うう、ワルターさんの変態……」

「失礼だな。だが、そんな変態の嫁になったんだぞ、君は」


 毛布で覆っていた顔をあらわにされる。

 真っ赤だろうから、あまり見られたくない。


「アコナ。大事な話があってきた」

「……大事な話、ですか?」

「ああ、そうだ」


 ワルターさんが手の甲で私の頬を撫でる。

 愛しい人にするみたいな動作はやめてほしい。

 胸が壊れてしまいそうだ。


「まずは、俺と結婚してくれてありがとう。改めて、共に幸せになろう」

「そんな。こちらこそ、ありがとうございます。ふつつか者ですがよろしくお願いいたします」


 ぺこりぺこりとふたりして頭を下げ合う。

 初夜にベッドの上で、ふたりしてやることではない気がした。


「もうひとつの話が、とても大事な話だ」

「……はい」


 なんだろう。

 ごくりと息をのんでしまう。

 嫌な話ではないといいな。


 ワルターさんは唇を舐めて何度か言いよどんでから、ようやく言葉を口にした。


「アコナ。少し前から気づいていたんだが、俺はたぶん君を失うと気が狂ってしまうと思う」


 まばたきをひとつ。

 それは、どういう意味だろう。


 ワルターさんは、苦しげに言葉を吐き出した。


「それは、つまり、俺は君を愛してしまっているということなのだと思う」


 頭の中で鐘が鳴る。

 その鐘は喜びの鐘でもあり、警告の鐘でもあった。


「わ、私もです。私も、実はワルターさんのことを考えると、胸が痛くて苦しくて、涙が出そうなくらいに大好きです」

「そうか……」


 喜び合う場面なのだろう。

 事実、無意識に私たちは指を絡め合って喜んでしまっている。


 けれど、大喜びできないのは、私は人間で彼が吸血鬼だからだ。


 愛し合わない約束をしたのは、ワルターさんのためだった。

 愛し合った相手に置いて逝かれるワルターさんの苦しみは、想像を絶するものだろう。

 それを避けるための誓いを、私たちは今破ってしまったのだ。


「ワルターさん……。諦めるのは、まだ早いです。まだ、私を失っても気が狂わずに済む方法があります」

「なんだ?」


 ワルターさんが期待のまなざしをくれる。

 私は期待に応えるべく、丁寧に言葉を紡いだ。


「冷却期間、です」

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