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「ギゼラ様、よくいらっしゃってくださいました。ありがとうございます」
親族一同が勢揃いした場で、ワルターさんが胸に片手を当てて丁寧にお辞儀をする。
私もお辞儀をすると、マティアスとお姉様は返してくれたけれど、お母様は私には目もくれずにお姉様の元へと向かった。
「マティアス様。娘はご迷惑をおかけしていないでしょうか」
「……とんでもございません」
「心配ありませんわ、お母様。わたくしは、マティアス様を愛しておりますもの」
ぎこちない笑みで返すマティアスとは対照的に、お姉様は太陽みたいな笑顔を浮かべている。
さっき見かけたふたりの姿からは、愛は感じられなかった。
けれど、お姉様の中にマティアスへの愛が芽吹いていない証拠なんてないのだからわからない。
私の結婚式なのに、お母様は私を見ない。
ワルターさんに一礼もしてくれない。
私をぞんざいに扱うことは日常だけれど、ワルターさんをないがしろにされることには、素直に腹が立った。
「ギゼラ様」
お姉様とマティアスと共に、お母様は教会の中へと足を進める。
その背に声をかけたのは、ワルターさんだった。
はっきりと名前を呼ばれて、無視をするわけにはいかない。
お母様は顔だけで振り返った。
「あなたが産んでくださったアコナの花嫁姿は、こんなにも美しい。素晴らしい妻をもらえることも、あなたのおかげです。感謝しております」
心臓が掴まれたような心地がする。
お母様がどんな反応をするのかが怖い。
けれど、ワルターさんが私をとても大事にしてくれているということも伝わってきて嬉しい。
ごちゃごちゃの気持ちで、自分が今どんな表情をしているのかわからない。
きゅっと眉を寄せてお母様を見ると、お母様はすぐに顔を前に向けてしまった。
「嫁にやるのです。しっかりと保護してください、ディナス魔法泊」
冷淡な声で言ったお母様は、振り返ることなく教会の中へと消えていく。
覗き込んできたワルターさんは、力の抜けるような柔らかい笑みを浮かべていた。
「君の母は嫌いだが、君を産んでくれたことには感謝している。それだけは伝えたかった。ヒヤヒヤさせて、悪かったな」
ぽんぽんと最後に頭を撫でてくれたワルターさんを、教会の方が呼んでいる。
あと少しで結婚式本番だ。
ワルターさんは、私の耳に唇を寄せてささやいた。
「誓いのキス。楽しみにしている」
「っ!?」
吐息たっぷりの声を吹き込まれた耳を押さえて慌てて見ると、彼はいたずらが成功したようなやんちゃな表情をしていた。
「あとでな」
軽く手を振ったワルターさんが教会の方と一緒に消えていく。
私は私で、他の方が呼んでいるようだった。
「公衆の面前でベタベタと。みっともないですわ」
聞こえるように言われたお姉様の声に、不快な気持ちはしなかった。
それよりもイチャイチャっぽいことを見られた恥ずかしさと式に対する緊張で、頭はいっぱいになっていた。
結婚式は企画したことはあるけれど、当日を迎えることは初めてだ。
だから、式直前が一番緊張するものだとは思っていなかった。
なにより、私は今から誓いのキスという名のファーストキスを果たすのだから、緊張して当然!
こんなとき頼りになるピアナは今日はゲストであるため、控え室にはいなかった。
式直前の控え室には、ゲストが挨拶に来ることが通常だ。
人気者はひっきりなしに挨拶をして式に赴くことも常だというけれど、お姉様の陰で小さくなっていた私にそんな友人はいない。
ひとりぼっちの控え室で時を待っていると、寂しい気持ちになってしまう。
けれど、早く式が来ないかなぁなんて思ってしまえば、早くキスがしたいと思っているような気がして恥ずかしすぎた。
ひとりでぼんやりしたり、時々赤くなったりしながら時が過ぎるのを待っていたら、控え室のドアがたたかれる。
教会の方が流れの確認に来たのかもしれない。
座っていた椅子から立ち上がり、ドアを開けると、そこには意外なことにマティアスとお姉様が立っていた。
「アコナ。先程はお母様の手前、お祝いの言葉も言えずにごめんなさいね」
「あ、いえ、そんな。わざわざ来てくださったのですか?」
「ええ。かわいい妹の結婚式ですもの」
微笑むお姉様は、顔合わせの時の事件を忘れてしまったのだろうか。
お姉様が私をかわいい妹だなんて思っているはずがない。
ただの都合のいい妹だ。
ぎこちない愛想笑いを浮かべて礼を言うと、マティアスがお姉様の隣から一歩踏み出した。
「先程は妻が失礼なこと言いました」
「いえ、とんでもございません」
失礼なこととは、さっき聞こえるように言われた言葉だろう。
お姉様は不服そうに唇をとがらせている。
気にしていなかったけれど、マティアスは相変わらず律儀な人だ。
そういうところが、好きだった。
「ギゼラ様の手前、多くは語れませんでしたが、今日のあなたは一段と美しい。アコナ様の幸せを私も切に願っております」
「ありがとうございます」
他人行儀なマティアスは、やっぱりまだ見慣れない。
けれど、これが私たちの迎えた結末なのだから仕方の無いことだ。
「あ、そうだわ。アコナ。わたくし、あなたにこれを返しに参りましたの」
お姉様が持っていた鞄から、何かを取り出す。
ハンカチで包まれたそれを、お姉様が手のひらの上で開いて差し出してくる。
それは、お姉様がマティアスとの結婚式の日に胸につけたブローチ。
マティアスが私に贈ってくれた、私の宝物だったものだ。
「リーリス……!」
「今まで持っていてごめんなさいね、アコナ。これは、あなたのものよね」
ずい、と。
お姉様がブローチを差し出してくる。
焦っている様子のマティアスが、なんだかおかしい。
冷たい怒りを持つと、人は冷静になる。
結婚式前に、緊張を解いてくれたお姉様に感謝の思いがわいてきたくらいだ。
私は静かに首を横に振った。
「結構です、お姉様。マティアス様と同様。そのブローチも、もうあなたのものです」
「どうしましょう、マティアス様。アコナが受け取ってくれないわ」
「当然だろ! もういくぞ! っ!?」
平坦な声で告げる私の声に涙ぐんだお姉様が、ブローチを持った手をマティアスに向ける。
怒ったマティアスがブローチを取り上げると、彼の手から血が流れた。
「マティアス!?」
「お母様からいただいていた媚薬。まだ残っていましたの。もったいないから使ってしまいたくて、ちょうど良い機会でしたわ」
ブローチの針はハンカチに隠れていたけれど、掴めば刺さるように開いていた。
きっと、針には媚薬が塗られていたのだろう。
勢いよく掴んだマティアスの手には、針がしっかりと傷をつけてしまっていた。
驚いて動けていないマティアスの体をお姉様が強く押す。
苦しそうな表情の彼が部屋に入ってくるのと同時に、お姉様はドアをたたきつけるように閉めた。
「お姉様!?」
「ワルター様を呼んでくるわ! あなたは、そこで元婚約者と再燃した愛を育んでちょうだい。自分の式直前にね」
慌ててドアノブを回したけれど、施錠魔法をかけられたらしいドアは全く動かない。
唸るような声に振り返ると、頭から耳をはやしたマティアスが低い声でうめいていた。
「……アコナ。逃げてくれっ」
よろけるようにマティアスがこちらに歩みを進めてくる。
背後にはたたこうとも開かないドア。
迫り来るマティアスに、どうしていいのかわからなかった。




