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式場の装飾は、普通は教会の方や使用人が行う。
でも私とワルターさんはそんな常識を破って、最前線で行った。
教会の方も最初は萎縮していたけれど、最終的には打ち解けて楽しく会話してしまったくらいだ。
結婚式の主役である私たちが率先して式場装飾を行うなんて罪深い気がしたのだけれど、手首に刻まれた余命が消えることは無かった。
「消えなかったな」
結婚式まで、まだ少し時間がある。
ワルターさんと式場を最終チェックしながら、ふと手首の数字を撫でていると、彼はぽそりとそう言った。
「いろいろ試しましたけれど、そうですね。消えませんでしたね。でも今日の結婚式で、私は消えるんじゃないかと期待しています」
「そうだな。吸血鬼と毒血の呪いを受けた者の結婚だからな。もしかすると、本当に呪いが解けるかもしれんぞ」
「いえ。その、それはそうなんですけれど……」
声音に明るさが戻った彼が、私の発言にきょとんとしている。
確かに。
確かに、私たちの結婚は罪深いものな気がする。
吸血鬼と毒血の呪いを受けた者の結婚であることは確かに罪深いだろう。
だけど、それより何より、私は違うことが禁忌な気がしていた。
「えっと、」
「なんだ? 教えてくれ」
興味津々といった様子のワルターさんが、こちらに身を寄せてくる。
近い近い。良い匂いがする!
おでこを出した彼の美貌に負けて、私は思わず答えを口にしていた。
「キスがっ。誓いのキスが、とっても罪深いなと思っております……!」
ふたりしかいないチャペルに、私の切羽詰まった声はよく響いた。
限界まで開かれたワルターさんの赤い瞳に、真っ赤な私が写っている。
「うう」と恥ずかしすぎて顔を両手で覆った指の隙間から様子を窺うと、彼の白い頬を見る見る朱に染まっていった。
「キス、か。そうだ。誓いのキスなんてものがあったな。忘れていた……」
「忘れていたんですか!?」
「違うっ。いや、違くないんだが、結婚式に浮かれて忘れていた」
気づかないうちにショックを受けた声をあげていた私を、慰めるようにワルターさんが言う。
私は昨夜から、誓いのキスに緊張してあまり眠れもしなかったというのに、ワルターさんは違ったのか。
そう思うと、私が変態みたいで恥ずかしすぎた。
「ワルターさんにとっては、忘れちゃうようなものかもしれませんけれどっ。私にとっては、人生で初めてのキスなんです! その相手があなただと思うと、罪深すぎて昨日はよく眠れませんでした!」
あああ、恥ずかしすぎて混乱していらないことまで言ってしまった。
これでは自分に自分で追い打ちをかけている状態だ。
吸血鬼とキスをすることになるということよりも、私にとってはワルターさんとキスをすることになるという事実の方がたいへんに罪深い。
だって、愛されることを望んでいない人を愛してしまっている上に、キスまでするだなんて、どれだけ悪いことなのだろう……!
それを楽しみにしてしまっているだなんて、より悪すぎる!
「恥ずかしすぎます……」
たぶん今、私の頭頂部からは湯気が出ている気がする。
全身が熱すぎて、頬に触れた彼の手は冷たく感じられた。
「アコナ」
おなかの底がぞくりとするような声だった。
艶っぽい声にドキドキして彼の顔を見ることができない。
ぎゅっと目を閉じると、彼の困ったような吐息が聞こえた。
「今、キスしたいのか?」
「い、今ですか!? 練習!? だ、だめですっ。無理です。そんなっ」
「じゃあ、俺が我慢できるように目は開けていろ」
「は、はいっ。へ? 我慢?」
ぱっと目を開けると、とろけるほどに甘い表情をしたワルターさんと目が合う。
そんな表情はずるい。
愛されていると勘違いしてしまいそうになる。
胸の奥が切なくてきゅっと眉を寄せると、ワルターさんはクツクツと笑った。
「そんなに緊張していては、誓いのキスをした瞬間に倒れてしまうのではないか?」
「倒れませんよ! ワルターさんはずるいです! 私がこんなにキスで大慌てしているのに、余裕がありすぎます……!」
「余裕があるものか! 俺は、初夜のことばかり考えて昨夜は眠れず……あっ」
しょや。初夜。
貴族の結婚は大概が、その血を残すためのもの。
つまり、結婚初夜は……。
「わっ、私たちは契約結婚です! そんな命を創造するような罪深すぎることはできません! できませんよね!?」
「あ、ああ。できない! それはできない! いくら罪深くともできない!」
なんだか、できないできない言われるのも悲しい気がするけれど、私だってできない!
だって、そんな。恥ずかしすぎるし、無理すぎる。
「……抱きたいとは、思うが」
混乱していて、彼が小さな声で言った言葉はよく聞き取れなかった。
そうこうしているうちに、結婚式の時間は迫ってきていたらしい。
パタパタと足音が聞こえて、チャペルの入り口にひょこりとピアナが顔を出した。
「ギゼラ様とリーリス様が来たよ~! めんどくさいだろうけど、お出迎えした方がいいよね? ……およ?」
振り返った私とワルターさんの顔は、真っ赤だったはずだ。
不思議そうにするピアナには何も言わず、自分の頬をぺちぺちたたく。
お母様とお姉様に会うのだ。
しっかりしなければ、何か足下をすくわれるようなことがあるかもしれない。
「……よし。あまり緊張するな、アコナ。俺が傍にいる。大丈夫だ」
「はい。ワルターさんも、私が傍にいますからね」
肩に力がこもっているワルターさんに微笑むと、彼はふっと笑って力を抜いた。
ふたりで向かった教会の入り口には、既にお姉様とマティアスが立っていた。
あんなことがあっても離縁していないふたりだけど、傍目から見てもふたりにはまだ距離が感じられた。
マティアスがこちらに気付き、お姉様もこちらを見る。
マティアスは僅かに笑みをくれたけれど、お姉様はつまらなそうにすぐに視線を足下に向けた。
声をかけるために歩み寄ったところで、やってきた馬車に目を奪われる。
見慣れたグロウ家の紋章が刻まれた馬車が停まると、御者が開いた扉からお母様が現れた。




