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結婚式の前日は、緊張していてあまり眠ることができなかった。
当日になって、また婚約破棄なんてことになったらどうしようなんて不安は、びっくりするくらいになかった。
マティアスとの結婚式で、当日に婚約破棄された辛さを忘れたわけではない。
ただワルターさんは私を傷つけるようなことはしないという自信が、私にはあった。
「アコナ、きれい~! かわいい~!」
「ありがとう、ピアナ。あなたのおかげよ」
ピアナは寝不足の私の肌をもちもちにしてくれて、すてきな化粧を施してくれた。
肩までの赤い髪はふわふわに巻かれ、宝石をちりばめられ、極めつけにはキラキラする粉までふりかけられている。
ウェディングドレスはワルターさんが仕立ててくれたものだ。
腰から下がふんわりと広がるドレスは、レースがたっぷりと使われている。
「花が似合うだろう」と言って彼が注文したのは、私が育てているロゼッタの花の刺繍だった。
宝石を編み込まれた刺繍糸で立体的に刺繍されたロゼッタの花が、ドレスの至る所で咲き誇っている。
自分に自信のない私だけど、ワルターさんが仕立ててくれたウェディングドレスを着て、ピアナに化粧をしてもらった私は、素直に綺麗だと思えた。
結婚式は貴族が結婚式を挙げる中でも、一番小さな式場を選んだ。
公爵令嬢の式としては小規模すぎるものだけれど、形式的に私の親族しか呼んでいない式なのだからそれでいい。
お母様はグロウ家の家長だから、仕方なくではあるかもしれないけど、私の結婚式には来るだろうと思っていた。
でも、お姉様が招待状に出席の返事を寄越してきたことには驚いた。
お姉様はグロウ家の人間ではないのだから、無理に出席することは無い。
断って欲しいなと思いながら招待状を送ったものだから、失礼ながらがっかりしてしまったことは秘密だ。
「これでお母さんもお姉さんも、ちょっとはアコナの可愛さに気がつくんじゃない? あと、あの顔だけ騎士も!」
「マティアスに今更気づいてもらったって、もう仕方がないでしょう?」
煽るように言うピアナに、思わずクスクス笑ってしまう。
お姉様が出席するということは、夫であるマティアスも私たちの式に出席するということだ。
気まずい思いはあるけれど、親族である以上は致し方の無いことだろう。
にこにこしているピアナも、今日は従者ではなく結婚式のゲストだ。
店長もピアナも、もう私たちの親族みたいなもの。
小さな式であることをいいことに、ワルターさんにふたりをゲストとして呼ぶことを提案すると、彼は悪どい笑みを浮かべて承知してくれた。
『なるほど。それは、いい案だ。メイドを他ゲストと同列に扱うなんて、非常に罪深くていい』
店長もピアナもだいぶ謙遜していたけれど、招待状には出席の返事をくれた。
だから、今日のピアナは紺色のドレスを身にまとっている。
やっぱりピアナはかわいい。
「ピアナもとってもかわいいから、店長が喜んだんじゃない?」
「え~っ、よ、喜んでたけどさぁ。そんなことよりも、ヴァージンロードでずっこけないかばっかり心配してたよ」
けらけら笑うピアナに、私も思わず笑ってしまう。
店長は私の兄のようなもの。
父も他界している私は、彼にヴァージンロードを共に歩いてもらうよう頼んだのだ。
「店長しかいません」とお願いすると、彼は頬を掻いて受け入れてくれた。
「それにしてもユリウス遅いね。ワルター呼んでくるって言ったのにぃ」
ワルターさんの名前を聞いただけで、少しだけ緊張してしまう。
さっきまでここにいた店長は、「式前にこの姿は見ておかなきゃ、ワルターさん倒れちまうなぁ」と深刻な表情をして出て行った。
大げさすぎる気もしたけれど、私も早く彼にウェディングドレス姿の自分を見てもらいたかった。
不満げなピアナが睨んでいたドアが、ちょうどコンコンと鳴る。
思わず肩が跳ねてしまった。
「はいはーい。ユリウス?」
「そうだ。ワルターさん、緊張しまくりで会ったら失神するとか言ってごねてなぁ。遅くなった」
「なぜ言うんだ!」
廊下から聞こえる男性同士のやりとりがおかしい。
くすくす笑っていると、「入るぞぉ」という店長の声と共にドアが開く。
にこにこと孫を見るような表情で入ってきた店長の後ろから、ワルターさんが現れる。
その姿を見て、声を失ってしまった。
銀色の髪はなでつけられ、つるんとしたおでこが露出されている。
彼の美しい顔は、そのせいで美貌の全てを晒していた。
めまいがするほど綺麗なのは顔だけではない。
その洗練された体のラインを際立たせる銀色のスーツも似合いすぎている。
服も含めて全体的に白いものだから、彼の長いまつげに縁取られた赤い瞳の輝きが増しているようにも見えた。
ひとことで言うならば、かっこよすぎる。
手袋をした手で口元を覆って感動している私が、彼の赤い瞳に映っていると思うと目眩がしそうだった。
「か、っこいい……」
「美しすぎる……」
ふたりで同時にあげた声は丸かぶりしてしまった。
ハッとして正気を取り戻す。
だめよ。私は彼に好意を悟られてはいけないのだから。
私たちは契約結婚。
利害の一致による結婚。
彼は愛されることを望んでいない。
頭の中で呪文のように繰り返していると、ワルターさんは顔を真っ赤にして目をそらした。
「ワルターさん?」
緊張していると言っていたし、もしかして彼は具合が悪いのかもしれない。
心配して歩み寄ると、ぱっと手のひらを向けられて制された。
「……それ以上、近づかれるとかわいすぎて、どうにかなりそうだから。慣れるまで、ちょっと待て」
「は、はい」
そんな溺愛しているような台詞を言われたら、勘違いしてしまいそうになる。
けれど、たぶんそんな気持ちも私がなにか勘違いしているだけなのだろう。
ぽっぽと火照る頬を押さえる私たちを、ピアナと店長がほくほくとした笑みで眺めている。
「いやぁ、ピアナ。今日は良い式になりそうだな~」
「そだねぇ! ハッピーオーラしかないもんね」
今日の式は何事もなく終わる。
終わって欲しいな。
お母様とお姉様の顔が脳裏をよぎると、不安は拭えなかった。




