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 急に泣き出して、「ゾンビにはなれない」なんて宣言する女は、自分のことながらおかしすぎる。


 徹夜の疲れが抜けていなかったせいもあり、情緒が不安定だ。

 ぐいぐいと目元を拭って誤魔化そうとしたけれど、そんなことで誤魔化されてくれるワルターさんではない。


 慌てて背を向けた私の肩は彼の手に掴まれて、あっさりと体は反転させられてしまった。

 美しい顔が近すぎる……。


「ピアナの心配はなくなったというのに、君の花は最近渋みが強かった。結婚に対してなにか不安があるのだろうかと思っていたのに、俺は君から結婚が嫌になったという言葉を聞くのが怖くて、聞けていなかった」

「結婚が嫌になるだなんて、そんなことあるはずがありません」

「ゾンビにはなれないと言ったな」


 ぎくりと肩が跳ねてしまう。

 ワルターさんは逃がしてくれず、顔をより近づけて、私の目を覗き込んでくる。


「ゾンビになれないことで、君は悩んでいたのか?」


 深刻な表情で見つめられると、また申し訳なさで泣けてくる。

 潤む目元を拭って、私は罪状を読み上げられた罪人のような気持ちで頷いた。


「私はあなたと一緒に幸せに長生きしたいんです。その気持ちに嘘はありません。ピアナがゾンビだと聞いて、彼女に嫌悪感を抱いたわけでもないんです。けれど、ゾンビになることはできないんです……」

「待て。どうして、ゾンビにならなくてはいけないと思ったんだ?」

「ワルターさんは私の花をずっとずっと食べていたいんですよね。そのために長生きしてほしいと望んでくれているはずです。それが、あなたの幸せだから。だから、私は長生きする義務があります。ゾンビになれば、不老不死です。一番長生きできる選択肢が、目の前にあるというのに、それを選べないことは罪深いことでしょう?」


 どうしてこんなにも罪深いことが、呪いを解く禁忌ではないのだろう。


 私はワルターさんに背中を押されて、過去を乗り越えることができた。

 今度は、私がワルターさんを幸せにしてあげなければならないというのに、私はゾンビになることもできない。


 ワルターさんは、こんな私に呆れているのか、目を丸くして黙っている。


 いつからこんなに泣き虫になったのか。

 私は、もうべそべそと情けなく涙してしまっていた。


「ごめんなさい、ワルターさん。私、ゾンビになることが怖いんです。大切な誰かを失っていくことが怖い。あなたの背負っている悲しみを知っているのに、自分がその悲しみを背負う可能性を考えると、怖くて怖くて、人間であることをやめることもできないんです」


 ピアナのように、彼のために身をなげうつことができない。

 そんな情けない私だというのに、ワルターさんは抱きしめてくれた。


 泣き虫な私の背をなでて、ワルターさんは小さく息を吐く。


「馬鹿だな、アコナは」


 ぼそりと聞こえた声に、余計に涙が出る。

 呆れられてしまった。

 嫌われてしまうかも。


 不安に駆り立てられる私の心をそっと溶かしたのも、またワルターさんの言葉だった。


「ゾンビになれなんて、誰が望んだ。俺は、君がゾンビになりたいだなんて言い出したら、怒っていたところだ」

「……でも、ゾンビにならなければ、私は必ずワルターさんより先に死んでしまいます」

「それは悲しいことだが、それでいいんだ。君が俺の幸せを望んでくれているのと同じように、俺も君の幸せを望んでいるのだから」


 彼の指先が私の髪をなでる。

 その優しさに、すべてを赦されている気がした。


「アコナは、不老不死の悲しみを想像し、恐れたのだろう。そんな経験を、君が俺のために自ら選ぶと言い出したら、俺は怒っている。君は、君のために生きろ。俺も俺のために生きているのだから」

「私のために、ですか」

「そうだ。何度も言っていることだが、アコナはもっと自分を大切にしろ。幸福なんて大それたものは、わがままにならなければ手に入らないぞ」


 頬に転がる涙粒をワルターさんが拭う。

 「泥がついている」と言って、ついでに額を拭ってくれた彼の笑顔に、頭がクラクラした。


「ゾンビになんてなるな、アコナ。長生きして、生きている間ずっと俺の隣にいてくれ。俺はそのためであれば、どんなことでもするぞ。それが、俺のわがままだ」

「っ、ワルターさんは優しすぎます」


 ああ、もう、認めざるを得ない。

 私は、ワルターさんに恋をしてしまっている。


 こんなに優しくしておいて、愛さないことを求めるだなんて、ワルターさんはとても罪深い人だと思う。

 

「ワルターさんは、ずるいです」

「……ん? もしかして、嫌だったか!?」


 抱きしめる腕を離そうとする彼に、首をぶんぶん横に振ってしがみつく。

 戸惑いながらも、もう一度背に腕を回してくれたワルターさんも小さな声で「そっちこそずるいだろう」とうめいていた。

 アドバイス通り、自分の幸福を優先するためにわがままになってみただけのことだ。

 くすっと笑った私を、ワルターさんはあやすようにずっと撫でてくれていた。


 自覚してしまった恋心だけど、彼とともにいるためには、絶対に隠し抜かなければならない。

 「大好きです」という言葉を、何度もごくんと飲み込んで、私は結婚式までの残りの日々を過ごすこととなった。


 ワルターさんは魔導銃の開発の傍ら、私の呪いを解くための禁忌をいろいろと試してくれた。

 自身の魔力が尽きる限界まで書庫に明かりを浮かべて、人工的な星空をつくって眺めたり。

 庶民の楽しみであるサーカスに、貴族としての身分を隠して遊びに行ったり。

 男の人がたくさんいて女性をもてなしてくれるという酒場に行こうともしたけれど、それは全力で止められた。

 彼は私とたくさんの罪深いことを試してくれた。


 楽しみながらも、がんばったと思う。

 それでも、私の手首に浮かんだ数字は消えることなく時は過ぎていった。


 そして、余命が230日になる日がやってきた。

 そう。私とワルターさんの結婚式の日だ。


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