04
「お世話になったようで……本当にありがとうございました」
「うぐひっ、元気に起きてくれただけでよかったよぅ! もう大丈夫? どこも痛くない?」
「ええ、おかげさまで」
「ここに来たときは、キンキンに冷えててワルターってば、死体を増やしたものかと……、あ、今のは忘れて」
「忘れられる台詞でしたかね!?」
なんだか物騒なことを言っている彼女は、「まあまあ! 冗談だからッ!」とおどけた調子で手を振る。
可愛らしく二つに結んだ金髪が、その動きに合わせて揺れた。
「アコナだよね。あたしは、ピアナ! えっとぉ、嫌われたらイヤだから、はじめに言っておくね。……あたし臭くないかな?」
「香水のことかしら? いい香りだと思ったわ」
「へへぇ、よかった」
小柄なこともあって年齢が見えないけど、多分私より年下なのかな。
香水を褒められて、はにかむ顔が可愛らしい。
実際に柑橘系の香水は、いい香りだとしか思わなかった。
一応客人である私に敬語を使わないメイドさんは珍しく感じられたけど、気さくな感じで話しやすい。
トコトコ歩み寄ってきて、私の額に触れた彼女は「うん」と満足げに頷いた。
「キンキンに冷えてた後は、カンカンに熱が上がっちゃったんだよ。熱も下がったみたいでよかったよ。三日も眠ってたんだから」
「そんなに!?」
高熱が出たからって、そんなに寝込んだ経験は人生で一度もない。
ピアナは腕を組んで、考え込む。
「アコナって呪われちゃったわけじゃん。寝込んだのはその影響があったんじゃない?」
「……え、呪われちゃった?」
「継承の儀式を無理矢理行われたんだろうって、ワルターが言ってたよ。寿命が決まるような儀式を無理矢理だなんて。酷い話だよ!」
ぐっと拳を握って怒ってくれているけど……、呪われてる?
継承の儀式ってなに?
戸惑う私に、ピアナはパチパチと青い目を瞬かせる。
それから、思い至ったように手を打った。
「あっ、なんであたしがグロウ家の秘密を知ってるんだって? そりゃ、あたしは伝説ハンターだもん!」
「はあ……」
「吸血鬼の伝説を追っかけてたから、ジュール・グロウが吸血鬼を滅ぼすために受けた呪いだって、ばっちり知ってるもんね」
「ジュール・グロウって……、グロウ家のはじまりの勇者、ジュール様?」
「うん! ……ん?」
私の反応が鈍いことに、ピアナは疑問符をたくさん浮かべる。
眉を寄せたピアナは、「あの~」と窺うように声を出した。
「もしや……なんだけど。アコナって、毒血の呪いを知らない?」
「どっけつ? そんな聞くからにして恐ろしい言葉は、聞いたこともないんだけど……」
ピアナの言う、どっけつの呪いを私は受けているってこと?
寿命が決まるって言っていたけど、なに?
怖すぎる……!
恐怖する私に、ピアナは私の無知っぷりを理解した様子で慌てだした。
「わわ、まさかグロウ家の令嬢が知らないなんて思わなかったから……! 急に不安になるような話をしちゃったよね? ごめんね」
「私、死ぬの?」
呆けたような声が出た。
初恋の人に結婚式当日に婚約破棄されて。
その日の夕方に実の母親に湖に沈められた。
ここから更に、呪われて死ぬってこと?
そんな理不尽ある?
怒りや悲しみを通り超して、もう茫然とするしかない。
ピアナは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「大丈夫。アコナは余命が決まっただけ」
「そんな。わかるものなの?」
「手首に刻まれてるよ。左手」
ピアナは言いながら、自分の手首の内側を指さす。
私は、恐る恐る左手首を持ち上げる。
そろりと覗いた手首の内側。
そこには、血の色をした小さな文字が浮かび上がっていた。
『362d』
刻まれているのは、私に残された時間。
その短さに、ぞっとする。
私に残された日々は、あと362日しかない。
血の気が引く感覚がして、唇を結ぶ。
何も言えない私の耳に、ピアナの力強い声が届いた。
「諦めちゃダメだよッ、アコナ!」
「え?」
「ワルターは天才なの! あいつなら、アコナを助ける術を、きっと見つけてくれると思う。そのために、もう三日も研究室にこもってるんだから」
「……ワルターさんって、一体何者なの?」
「ワルター・ディア・ディナス。かの有名なディナス魔法伯様だよ!」
胸を張って言うピアナに、ぽかんとしてしまう。
今や、魔法具はこの国だけでなく全世界の生活すべてを支えている。
魔法具はいろいろあるけれど、例えばこの部屋の明かりだって、魔法具のひとつだ。
その仕組みの原点になる魔法陣を開発したのが、ディナス家のはじまりであるディア様。
そんなディア様を貴族とするために、国はディナス家に魔法伯という新たな地位を授けたのだ。
ディナス家は、その血もあってかずっと研究者一族。
魔法伯という特別な地位を与えられながらも、貴族の集まりにはほとんど参加していない。
変わり者一家として有名だけど……。
「今代のディナス家は、ディナス家の中でも変わり者で、貴族の中でも会話した人は誰もいないって、聞いたんだけど……」
「うん。ワルターはひとりぼっち大好きマンだからね」
あっけらかんとピアナが言う。
あの変態チックな美形常連客が、ひとりぼっち大好きマンという呼称には、結びつかなかった。




