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私の余命が230日になる日。
結婚式の予定はその日となった。
理由は簡単。
希望した式場を押さえることができたのが、その日だったからだ。
式場や予定日を検討すること数日。
今の私の余命は330日だ。
ちょうど100日後に結婚式を挙げられるのだと思うと、人生で二度目とはいえ、ワクワクした。
「人生の中で二度も結婚式を企画するだなんて……。罪深い気がします」
「アコナが悪くて二度目になっているわけではないだろう。だが、何が禁忌かはわからんからな。これからもいろいろと試していこう」
ワルターさんは神妙に言いながら、私が花魔法で出した花をおいしそうに食べている。
私はその向かい側で、テディの焼いてくれたふわふわのパンを食べているところだ。
本当においしい。
テディの見守る中、私とワルターさんは二人きりで朝食をとっていた。
いつもなら、ここに眠たそうなピアナも混ざっている。
けれど、ここ最近のピアナは私たちを避けがちで、朝食も一緒にとれていなかった。
「次に試す禁忌も考えなくてはと思っているのですが、やっぱりピアナのことが気になります。あの子、あれから私たちを避けていますよね」
「ああ。プティエに連れて行かれるのが嫌なのだろう。……なるほど。ピアナが心配だから、今日の花は少々渋みがあったのだな」
ワルターさんに、花の味で心理状況を把握されてしまうことには、未だに慣れない。
たぶん一生慣れないと思う。
心の中を覗き見られているような居心地の悪さは感じる。
けれど、私がなにか行動を起こしたいくらいに彼女を心配していることが、言わずとも伝わったなら良しとしよう。
「ピアナは店長に会うべきだと思います。店長、顔がいいじゃないですか。だから、彼目当てのお客様もいらっしゃるんです。その度に、好きな子がいるからって断っていたんですよ」
「ユリウスの好きな子というのが、ピアナならば良い。だが、違えばピアナにとっては地獄だろう」
ゾンビになってまで会いたかった想い人が、違う女を好いているとなれば、ピアナはショックを受けるかもしれない。
だけど、私には店長がピアナを好きなんじゃないかと思っている根拠があった。
「多分、大丈夫だと思うんです。店長は誰が好きなのか、一度だけ食い下がって聞いてみたことがあるんです。……しつこくないように、一度だけですよ?」
「それで、ピアナだと?」
「名前は教えてくれませんでしたけど、金髪青目の可愛らしい子だって。10年引きずってるから、一生引きずるとも言っていたので、たぶん、きっとピアナです!」
ピアナは10年前に、ディナス家の書庫に転がり込んで、勝手にゾンビになったと言っていた。
彼女は、金髪青目の可愛らしい女の子だし、きっと間違いない。
力強く宣言する私に、ワルターさんは「なるほど」と頷いてから、廊下へ通じるドアへ顔を向けた。
「おい、ピアナ。ユリウスは、おまえのことが好きらしい。安心して、プティエに顔を出してくれば良いだろう」
「ピアナが居たんですか!?」
まさか、ピアナが居るとは思っていなかった。
彼女にとっては、恥ずかしい話を聞かせてしまった気がする。
予想通り、そろそろと開いたドアの隙間から顔を出したピアナは、真っ赤になっていた。
「も、も~! 人の恋の噂しないでよぉ!」
「ごめんね、ピアナ。でも、会いたい人には会って欲しくて。ゾンビになるほど、好きな人だったのでしょう」
ゾンビになって、不老不死になるということは、その愛する人よりも長生きするということだ。
店長が死んでも、ピアナは生き続ける。
そんな未来が約束されている恐怖に打ち勝つくらい、ピアナはユリウスが好きなのだ。
ふたりはもう一度会うべきだと思う。
勝手な考えだけれど、ピアナが店長に会わないまま、店長が死んでしまったらと思うと、私まで辛い。
どうにかならないかとピアナを見つめると、彼女は視線をそらした。
「……もう10年も経ったんだよ? ユリウスは、あたしが死んだことは知らないかもしれないけど、あたしが年もとってないのは、変に思われるかもしれないもん」
「店長なら、綺麗なままだって言ってくれますよ」
店長は、天然女たらし。
あの色気を感じさせる眠そうな目で見つめながら、「今日も綺麗ですねぇ、奥さん」なんて、本心から言ってしまうのだから、ピアナのことだって悪くは言わないはず。
「ピアナ。プティエに一緒に行きましょう! 私、結婚式の花はプティエに頼みたいの」
「……ワルターと行っておいでよ」
「俺は魔導銃の研究が佳境だ。できれば、ピアナにはアコナの護衛をしてもらいたい」
「ピアナが本当に会いたくないのなら、私はワルターさんと予定を合わせてプティエに行くわ。けれど、ピアナが店長に会いたい気持ちがあるのなら、会ってあげて欲しいの。店長も、きっとピアナに会いたがっているから」
店長が好きな子の話をしていたときの表情は、よく覚えている。
遠くを見つめるその目が、愛しげに細められていたことを。
店長にもピアナにも、私はとてもお世話になっている。
だからこそ、ふたりには幸せになってほしかった。
「う~ん。わかった、行こう! この超絶美少女ピアナちゃんの姿を、ユリウスに見せやろう。いつまで経っても変わらない、この愛らしさを!」
「うんうん! その意気よ、ピアナ!」
「ピアナ」
張り切る私たちの声に対して、冷静なワルターさんの声がする。
花を食べ終えたワルターさんは、ぼそぼそと声を出した。
「……ユリウスが、その。あまりアコナに慣れ慣れしくするようだったら、おまえはきちんと叱らねばならんぞ。この浮気者、と」
店長にとって、私なんて妹みたいものだ。
ピアナが不安になる要素なんてないのだから、ワルターさんは心配をしすぎな気がする。
私が首を傾げると、ピアナは羞恥に染めていた表情を変えて、いつも通りのいたずらっ子のにまにま笑顔になった。
「ワルターったら、自分の恋路の邪魔をあたしで取っ払う気なんだな~あ?」
「ちが、おまえの恋路を心配しているだけだろう」
「そうよ。ワルターさんが、私のことを愛しているわけないんだから。店長に嫉妬をするわけないわ。ねえ?」
ワルターさんに水を向けると、彼は壊れた人形みたいに首を縦に振る。
その様を見てご機嫌になったピアナは、「あー、おなかすいた!」と軽やかな声をあげた。
やっぱりディナス家には、元気なピアナが居てくれなくては。
改めてそう思うと、ピアナに元気にいてもらうためにも、彼女には店長に会って欲しい。
朝食を食べ終えた後、早速ピアナと一緒にでかけることにした。




