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ピアナの好きな人が、まさか店長だなんて。
世の中の偶然とは恐ろしいものだ。
私の中の乙女な部分は、ピアナに根掘り葉掘り聞きたがった。
けれど、彼女の羞恥心は限界突破していたので、今日のところはやめておくことにした。
「もう夜だし! とりあえず、寝よ!」
逃げるように宣言したピアナは、パタパタと書庫を去って行く。
私とワルターさんは、その後を追ってゆっくりと自室へと帰っていた。
「ピアナ、可愛かったですね。あんなに照れちゃって」
「どおりで、プティエへの買い物は断固拒否だったわけだ。自分の食べ物は自分で調達してこいと言われてな。なぜそこだけこだわるのかと、いつも疑問に思っていた」
「でも、ピアナが断固拒否してくれたから、私とワルターさんは出会えたんですね」
笑顔でワルターさんに語りかけてから、ぴしっと表情が固まってしまう。
いや、なんだか、それは。
愛し合っているふたりの間での会話みたいじゃない?
笑顔で固まる私を見下ろすワルターさんが、目をぱちくりさせている。
ここは、誤魔化さなくては……!
愛しているだなんて誤解を生んでは、ワルターさんと一緒にいられなくなってしまうかもしれない!
「……なぁんて、愛し合っている夫婦なら、語り合って、キスでもしてしまうものなのかもしれませんねぇ」
「キス。キスか。 ぁあ、そうだな。そうかもしれん」
頬を赤くして、ワルターさんが視線をそらす。
なんだか、さっきより気まずくなってしまった気がする。
気をそらしたい。
ちょっと真面目な話をしてみることにする。
「そういえば、死者蘇生魔法の文献がなくなってしまったのは、気になりますね。たぶん、お母様だとは思うんですが」
人付き合いが苦手なワルターさんは、商談でもディナス家に人は入れない。
ここ最近入ってきた部外者は、お母様以外にはいないだろう。
ワルターさんは、神妙な表情で頷いた。
「そうだろうな。だが、魔法伯が公爵家であるグロウ家に、盗んだだろうと殴り込むわけにもいかん」
「お母様は認めないでしょうしね」
「盗んだ理由なんて恐ろしい話しか浮かばんな……」
唸るワルターさんの言うとおり。
実の娘である私を道具扱いするお母様だ。
毒血の呪いを受けた私をゾンビにして、グロウ家の生け贄として、永遠に生きながらえさせようとしていることだって考えられる。
ぞっとするような考えだけど、否定できないことが恐ろしかった。
「幸いだったのは、あの古代語が難解すぎるということだ。俺でも解読に10年かかった。ピアナが見て実際に使った術式の書き込みも、すべて削除済みだ。一般人には、扱えんだろう」
「それを聞いて、少し安心しました」
「そうだ。安心は、少しだけにしておけ。いつ何時も警戒して、俺の傍で長生きしてくれ」
「もちろんです。そういえば、どうしてワルターさんは死者蘇生魔法なんて研究されていたんですか?」
吸血鬼であるワルターさんは、基本的には死とは無縁だ。
彼が蘇らせたい相手と言えば、ご両親くらいだろうか。
聞いてから、不用意な質問だったかと後悔したけど、ワルターさんは嫌な顔もせずに答えてくれた。
「弟を蘇らせたかった」
「弟さんがいらっしゃったんですか?」
「ああ。吸血鬼だというのに、若い内に死んだ。蘇らせてやろうと躍起になったのだが、死者蘇生魔法は人間の魂を救済する魔法だ。吸血鬼には使えなかった」
ご両親を失って、弟さんも失って。
ワルターさんの人生は失うものの多い人生だ。
そして、これから先も吸血鬼である彼は、多くのものを失っていく。
その失うもの中には、私も含まれているのだと思うと、少しでも彼を悲しませてしまうことが辛かった。
それでも、ゾンビになる勇気がない私は、吸血鬼の妻になる人間としてふさわしいのだろうか。
「どうかしたか?」
思考の海に沈みかけていた私の視界に、ふっとワルターさんが入ってくる。
長身を折り曲げて、覗き込んでくる彼に心臓が跳ね上がった。
「いえっ。大丈夫です。なんでもないです」
自分の余命のことばかり考えてきたけれど、それは視野が狭かった。
結婚するのだから、ワルターさんの不老不死の苦しみについても、考えてみなければ。
とりあえず、まずは自分の中できちんと考えを整理してから伝えたかったから、今はまだ首を横に振った。
気付けば、もう自室の前だ。
ワルターさんは私の部屋のひとつ向こう。
自室のドアノブに手をかけ、ワルターさんを振り返った。
「おやすみなさい、ワルターさん」
「ああ、おやすみ」
赤い瞳をゆったり細めて、ワルターさんは私が部屋に入るまで、わざわざ見送ってくれる。
ドアを閉める間際、隙間から小さく手を振ると、ぷっと噴き出しながら彼も小さく手を振ってくれた。
パタンと静かにドアが閉まる。
しばし、ドアの前に立ち尽くしてから、私はベッドへと飛び込んだ。
「違う。違うわ。大丈夫。まだ友好的な感情だから。大丈夫よ」
恋じゃない。
愛じゃない。
ドキドキなんか、していない。
ゴロゴロとベッドで転がり回った私は、手首に変わらず刻まれている数字を見やる。
この罪深い気持ちが禁忌ではないのなら、他の何が禁忌だというのか。
「もうっ」
小さく文句を言いながら、ぺちりと自身の余命を刻む数字をたたいた。




