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「おっかえり、ふたりとも! ……って、あらあら、まあまあ」
「た、ただいま。ピアナ」
ディナス家の屋敷にたどり着いた馬車を出迎えてくれたのは、ピアナだった。
馬車の扉を開けたピアナは、私の肩によりかかって眠るワルターさんを見てニヤニヤと笑う。
照れくさくて、そっとワルターさんの肩をたたくと、彼は「ん」と色っぽい声をあげて目を覚ました。
「すまない……。寝ていたか?」
「はい。その、体が痛そうだったので、枕になってみました」
「っああ。ああ、ありがとう」
言われて、まだ寄りかかっている自分に気が付いたのだろう。
寝ぼけていたワルターさんは、はっとした様子で居住まいを正す。
私たちのやりとりをにまにま見つめているピアナを睨むワルターさんに、エスコートされて馬車を降りた。
「なんだか、帰ってきたなぁって感じがします。たった一日の旅でしたが」
「ここはアコナの家になったのだな」
ワルターさんが嬉しそうに微笑む。
私も、ここに帰ってきてほっとする自分が嬉しかった。
「あのね。ほっこりしてるところ、たいへんに申し訳ないんだけど、大ニュースがあるの」
「大ニュース?」
神妙な表情をしているピアナに首を傾げる。
「アコナの母上が、うちに来てるの」
「ッお母様が!?」
「そう。しかも、昨日から」
「泊ったというのか?」
「だって、帰んないんだもん。アコナに会えるまで帰らないって、石像みたいに椅子から動かないから、どうぞ~って言うしかないじゃん」
ピアナは困り果てている様子だ。
けど、そんな彼女をねぎらう言葉も出てこないほどに、私は動揺していた。
お母様とは、あの呪いを受けた夜以来会っていない。
会いたいとも思わなかった。
血の湖に沈められたのは、殺すためではなく、毒血の呪いを継承する儀式だったということは、今ならわかる。
だけど、殺されかけたという恐怖、そう簡単に消え去るものではない。
この屋敷にお母様がいる。
その事実にぞっとして、自身の体を抱きしめると、震えていた。
「お母様は、どうしてここがわかったの……?」
「全然わかんない。アコナのお母さんって、何聞いてもあんま答えてくれないの。『それはあなたには関係のないことだわ』って一刀両断。超怖い」
ぶるっと震えるピアナの気持ちはわかる。
お母様は、とても恐ろしい人だ。
「ギゼラはどこにいる。俺が対応して、とりあえず帰っていただく」
「でも、ワルターさん。私たちの結婚の許可をいただかなくては……」
「もう少し、アコナの心の準備ができてからでもいいだろう」
ワルターさんは優しい。
優しいけれど、その優しさに甘えていてはダメだ。
だって、私にはあと342日しか時間がない。
禁忌がわからずに、長生きできない可能性だって考えなければいけないだろう。
結婚式を挙げるには、時間がかかることは知っている。
お母様を説得する時間も考えると、悠長にはしていられない。
「ワルターさん。お気遣いはありがたいんですが、お母様と話してみます」
「……大丈夫なのか?」
「はい。お母様には、聞きたいことがあるんです」
なぜ、私たち姉妹に、毒血の呪いを教えてくれなかったのか。
命にかかわるその呪いについて話してくれていれば、私とお姉様の関係はもう少し違っていたのかもしれない。
怖いけれど、過去と向き合って、私は幸せになりたかった。
震える手を握りしめる私に、ワルターさんは眉を下げる。
それから、優しい声で「わかった」と答えた。
「だが、ひとりではダメだ。俺も一緒に行く。結婚の許可をもらいに行くのだから、当然だ」
「はい。心強いです」
「ギゼラ様は、書庫にいるよ。なんか、ずーっと本棚見てる」
「地下に行かせてはいないだろうな」
「もっちろん。テディが警備してくれてるよ」
書庫の地下は、巨大な研究施設だと言っていた。
部外者に見せてはいけないものがあるのだろう。
緊張を隠せないまま、私はワルターさんと一緒に書庫へと向かった。
書庫の巨大な扉の前で、大きく深呼吸をする。
私は、国にとって大事な吸血鬼への生贄。
それがわかっているお母様が、私に手をだすはずがない。
わかってはいるけれど、怖くてなかなか震えは止まらなかった。
「アコナ」
隣から、そっと声をかけられる。
見上げると、ワルターさんがポケットに忍ばせた杖を見せてくれた。
「俺は魔法伯だ。あらゆる魔法が使える。ギゼラが君を傷つけようとするのなら、対抗できる術が俺にはある。聞きたいことを聞き、納得できる答えをもらえ。過去を乗り越えて、共に幸せになろう」
私の隣には、ワルターさんが居てくれる。
だから、きっと大丈夫。
「はい。私たちは、幸せになれます」
頷きあうと、ワルターさんが書庫の扉を開く。
大量に並ぶ本棚の向こう側。
高い梯子に腰掛けて、本を読んでいたお母様がツンと顎をあげた。
「アコナ、帰ってきなさい」




