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 ピアナがうちに転がり込んできて以来、商談はすべてあいつに丸投げしてきた。

 

 つまり、こうしたお茶会は久々すぎて、うまく話などできるわけはないということだ。


「――ワルター様、ちゃんと聞いてくださっておりますか?」

「ああ、ええと……?」

「こちらのクッキーは、私が焼きましたのよと、お伝えしていたところですわ」


 拗ねたような表情を見せたあとに、リーリスはいたずらっぽく笑う。


 整った顔が見せる、コロコロと変わる表情は男心をくすぐるものなのだろう。

 俺には、あざとく映るのだが。


「もう。今までのお話は大丈夫ですけれど、この質問にはきちんとお答えしていただきたいですわ」

「なんでしょう」

「どうして、アコナと婚約しましたの?」

「それは惚れたからでしょう。彼女は失恋の傷が癒えていないようでしたが、こちらの猛アタックで了承をもらいました」


 この嘘は、事前に考えていたものだ。


 リーリスの表情が、また変わる。

 悲しげに目を伏せる彼女は、まるで舞台女優だ。


「アコナは、かわいそうでしたわね。結婚式当日に婚約を破棄されるだなんて……」

「婚約破棄したのは、マティアス殿だと聞いているのですが」


 おまえのせいでもあるだろう。

 チクリとトゲを刺すように言ってやる。


 リーリスは殊勝に頷く。

 まるで化かし合いだ。


「ええ。結婚式当日になって、やはりわたくしを愛しているとマティアス様はおっしゃったのです。同じ公爵家とはいえ、ジル家は王家の血を継ぐ家。グロウ家が断るわけには、いきませんでしたわ」


 本当だがどうか怪しいが、否定する材料もない。

 リーリスは切なげに眉を寄せて、続ける。


「マティアス様は、直前に花嫁を変えてまで、わたくしを選んだのです。でも、もう飽きられてしまったようで……。最近はまったく帰ってきてくださらないのです」

「お忙しいなら、仕方がないのでは?」

「でも、わたくし寂しいのです。毎夜、ひとりのベッドで過ごすことが……」


 話がどうでもよくて、自身の手元へと落としていた視線をあげる。


 やけに艶っぽい声で話すなと思っていたが、リーリスは瞳を濡らしていた。


 アコナは悪い人じゃないと言っていたが、それはアコナがそう思いたかっただけじゃないだろうか。

 この女は、どう見たって悪い女だ。


「寂しいのであれば、ご主人に言えばいいのではありませんか?」

「ええ、でも……」


 ここに来た理由は、アコナが幸せになることを見せつけるため。

 それと、リーリスが毒血(どっけつ)の呪いを知っていたのかということを、確認するためだ。

 とっとと目的を果たしたい。

 まだるっこしいから、もう直球でいいだろう。


「それより、ひとつお訊ねしたいことがありまして。どっけつののろいって、ご存じですか?」


 リーリスが知っているのであれば、少しは反応があるはずだ。


 だが、彼女はきょとんとしただけだった。

 初めて、リーリスの嘘のない表情を見た気がする。


「どっけつ? 何かの研究でしょうか?」

「リーリス様は才色兼備とお伺いしていましたので、何かご存じかと思ったのですが。突然失礼いたしました」


 ぴくりと、今度は彼女の眉に反応がある。


 他意はなかったが、馬鹿にされたと思っただろうか。


 確かに、話をしている限り、噂とは違ってあまり賢いと思わなかったのは確かだが。


「クッキー、食べてくださらないのです?」


 ほら。こういうところが、頭が悪い。


 突然関係のない話をしだすだなんて、怪しいにもほどがある。

 罠には、もう少し遠回しに誘い込むべきだ。


「あいにく、薬物が入ったクッキーは好みませんので」


 リーリスの完璧な微笑みが硬直する。


 彼女がこのクッキーを出したときから、俺はこの女は信用しないと決めていた。


 吸血鬼は鼻が利く。

 媚薬入りのクッキーなんて差し出してくる女を、誰が信用できるというのか。


「そんな、薬物だなんて……」


 リーリスが口を開いたのと、ドアがノックされたのはほぼ同時だった。


 控えていた侍女が対応すると、廊下から入ってきたのは、目を赤くしたアコナだった。


「アコナ!? どうした? やはり、何かされたのか?」


 思わず立ち上がって駆け寄る。


 アコナに怪我はなさそうだ。

 彼女は小さく首を横に振った。


「大丈夫です。ちゃんと、話せましたから」


 目尻を赤くして、アコナはふにゃりと笑う。


 弱々しい笑みが痛々しい。

 何もしてやれない自分が嫌になるくらいだ。


「リーリス様。今日のところは、これで失礼いたします」

「もう帰られてしまうのですか?」

「アコナの体調が優れないようなので」


 すがるような目をするリーリスを睨むと、彼女は眉尻を下げる。


「残念ですが、仕方ありませんわね。お見送りいたしますわ」


 時々、すんと鼻を鳴らすアコナの背を撫でて、馬車の駐まっているはずの外へと向かう。


 俺たちを先導していたリーリスは、外に出ると「あら?」と声をあげた。


「どうされたの? 馬車の調子が悪いのですか?」


 リーリスが声をかけたのは、俺たちが依頼した御者だ。


 馬車の車輪部分をいじっていた彼は、慌てて立ち上がると困った様子で唸る。


「うーん、そうなのです。車輪にいたずらをされたようでしてな。パーツがひとつ足りんのですよ。街に買いに行くとなると、城の外周を回って行くので明日になってしまうかと……」


 こんなタイミングで馬車が壊れるものだろうか。

 リーリスを疑うが、これは完全に感情論でしかない。


 どうすべきか悩む俺の隣に、アコナがしゃがみこむ。

 一瞬具合が悪いのかとも思ったが、彼女は真剣な表情で車輪を見つめていた。


 しばらくして、アコナはリーリスを振り返る。


「お姉様。今夜は泊めていただけませんでしょうか? 婚姻前ですので、できれば部屋は二部屋ほしいのですけれど……」

「泊まるのか!?」


 しまった。

 露骨に嫌そうにしてしまった。


 片手で口元を隠す俺に、アコナは口角をあげる。

 その表情は悲しげにも見えた。


 そんなアコナに目もくれず、リーリスは上機嫌に答えた。


「もちろん。かわいい妹夫婦を泊めない理由なんてありませんわ。客室はたくさんありますの。どうぞ、ゆっくりしてくださいね」


 

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