25
マティアスは、私を中庭の東屋へと連れて行った。
「騎士をあそこに待機させている。彼に話は聞こえないが、これなら君もディナス魔法伯も安心だと思うんだ。どうだろうか?」
「ご配慮ありがとうございます」
マティアスが指さす列柱廊には、確かに騎士の姿が見える。
ふたりきりになるのは心配だということを伝えたところ、彼がすぐに手配してくれた。
気も回って、すぐに動いてくれるマティアスは、昔から優しい人だ。
そんな彼が、結婚式当日に婚約破棄をするなんていう裏切り行為をした理由を、きちんと知りたかった。
マティアスに促されて、華奢な椅子に座る。
マティアスもティーテーブルを挟んだ向かい側に腰掛けるものだと思っていたのに、彼は私の隣に立ったまま深々と頭を下げた。
「まずは、謝らせてほしい。あんな裏切りをしてしまったこと、本当に申し訳なかったと思っている」
背の高いマティアスの後頭部が見えるくらいに、彼は頭を下げている。
唇を噛んで、私は向かい側の席を指し示す。
「座ってください」
「……いいのか?」
「許したわけではありません。でも、今は謝って欲しいのではなく、話してほしいんです。どうして、私との婚約を破棄したのですか?」
「リーリスをずっと愛していたから……」
「とても、そうは見えませんでした」
マティアスは情熱的な人だ。
婚約したきっかけだって、社交界で一目惚れをしたと言って、マティアスが実家まで来てくれたからだ。
婚約者として過ごした12年間も、彼は私に愛を伝え続けてくれた。
そんな彼が、久しぶりに帰宅して、愛しい妻にキスのひとつも贈らないことが、信じられなかった。
「魔獣退治も騎士団のお仕事もお忙しいようですが、それは家に帰らないための言い訳なのではありませんか? 次期騎士団長であるマティアスが、まともに家に帰れないほど忙しいだなんて、国の平常時である現在、考えらないことです。……こんなこと言いたくはありませんが、マティアス様は、本当にお姉様を愛していますか?」
マティアスが、顔を上げる。
迷うように視線をさまよわせた彼は、静かに首を横に振った。
「アコナの、言うとおりだ。……オレが愛しているのは、今もこの先も、きっとアコナだけだよ」
胸が、ひきしぼられたように苦しい。
でも、その苦しみは、まったく甘いものではなかった。
「なら、どうして……。婚約破棄だなんて……」
声が怒りと悔しさに震える。
俯いていたしまった私に視線を合わせるように、マティアスは膝をつく。
申し訳なさそうに目を伏せた彼は、覚悟を決めたように私の顔を覗き込んだ。
「信じられないような話かもしれない。冗談だと思われても仕方のないことなんだが、ずっとアコナに隠していた話をする」
「なに? もう……これ以上、傷つきたくない」
「オレだって、傷つけたくない。だから、本当の話をさせてくれ。君を深く傷つけて、後悔したんだ。もっと早く、アコナに話しておけば良かったんじゃないかって」
震える手を、自分の手で押さえつける。
ワルターさんが馬車が止まる前に、そうしてくれたように。
私には、なにがあってもワルターさんがいてくれる。
心の中で唱えるだけで、それは私の勇気になる。
真実に向き合うために顔をあげると、真剣なマティアスの目があった。
「俺の生家。ドータス家の血を継ぐ者は力が異様に強いだろ?」
「はい。受け継がれる魔力の影響だと聞いています」
「実は、そうじゃない。ドータス家の人間は……、オレは、人間じゃないんだ」
マティアスの群青色の瞳を見つめる。
幼い頃からの付き合いだ。
彼が冗談を言っているわけではないことは、すぐにわかった。
脳の処理が追いつかなかった私は、一瞬の間の後、ハッとして口元を覆った。
「まさか、き、吸血鬼だったりするんですか……?」
人間界に隠れて生きる吸血鬼は現代もいると、ワルターさんが言っていた。
もしや、マティアスも?
困惑する私に、マティアスは慌てて首を振る。
「違う。まあ、人を襲う者がいるという点では、一緒なんだが、オレは吸血鬼じゃない」
「じゃあ、マティアス様は……?」
どこからどう見ても、マティアスは人間だ。
人間でも吸血鬼でもないのなら、彼はなんなのか。
戸惑う私の前で、マティアスは羽織っていた騎士団のマントのフードを被る。
なんだろうと見ていると、彼の頭にぴょこりと犬のような耳が生えた。
「へっ!?」
「オレは、人狼。今は、もうほぼ滅んだ種族だ。なにせ、愛する者を食らってしまう。そんな種族は繁栄しない」
「愛する、者を……」
「オレの両親は早くに死んだだろ? 父が人狼の血にあらがえずに母を食らい、そのままどこかへ消えてしまったのが、真相だ」
人外への耐性は、ワルターさんがいるから大丈夫。
驚くことにも、もうだいぶ慣れた。
おかげで、マティアスが人狼だということに驚きはしたけれど、受け入れられる。
でも、婚約破棄の理由を悟って、黙っていられるほど、私は大人じゃなかった。
「そんな。じゃあ、マティアスは私を食べちゃうから、婚約破棄したというの……?」
「結婚式が近づくまで、耐えられると思っていたんだ! でも、いざ結婚するとなると、四六時中アコナの傍にいて、この飢えに耐えられるか、不安で仕方がなくなった」
「それで、お姉様をだまして結婚したの!?」
「リーリスが、オレを愛していると言ったんだ!」
マティアスは隠していた事実を告白して。
私は、その事実に困惑して。
ふたりして、ちょっと興奮しすぎてしまっていた。




