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 マティアスは、私を中庭の東屋(あずまや)へと連れて行った。


「騎士をあそこに待機させている。彼に話は聞こえないが、これなら君もディナス魔法伯も安心だと思うんだ。どうだろうか?」

「ご配慮ありがとうございます」


 マティアスが指さす列柱廊(れっちゅうろう)には、確かに騎士の姿が見える。


 ふたりきりになるのは心配だということを伝えたところ、彼がすぐに手配してくれた。


 気も回って、すぐに動いてくれるマティアスは、昔から優しい人だ。

 そんな彼が、結婚式当日に婚約破棄をするなんていう裏切り行為をした理由を、きちんと知りたかった。


 マティアスに促されて、華奢な椅子に座る。

 マティアスもティーテーブルを挟んだ向かい側に腰掛けるものだと思っていたのに、彼は私の隣に立ったまま深々と頭を下げた。


「まずは、謝らせてほしい。あんな裏切りをしてしまったこと、本当に申し訳なかったと思っている」


 背の高いマティアスの後頭部が見えるくらいに、彼は頭を下げている。


 唇を噛んで、私は向かい側の席を指し示す。


「座ってください」

「……いいのか?」

「許したわけではありません。でも、今は謝って欲しいのではなく、話してほしいんです。どうして、私との婚約を破棄したのですか?」

「リーリスをずっと愛していたから……」

「とても、そうは見えませんでした」


 マティアスは情熱的な人だ。


 婚約したきっかけだって、社交界で一目惚れをしたと言って、マティアスが実家まで来てくれたからだ。


 婚約者として過ごした12年間も、彼は私に愛を伝え続けてくれた。


 そんな彼が、久しぶりに帰宅して、愛しい妻にキスのひとつも贈らないことが、信じられなかった。


「魔獣退治も騎士団のお仕事もお忙しいようですが、それは家に帰らないための言い訳なのではありませんか? 次期騎士団長であるマティアスが、まともに家に帰れないほど忙しいだなんて、国の平常時である現在、考えらないことです。……こんなこと言いたくはありませんが、マティアス様は、本当にお姉様を愛していますか?」


 マティアスが、顔を上げる。


 迷うように視線をさまよわせた彼は、静かに首を横に振った。


「アコナの、言うとおりだ。……オレが愛しているのは、今もこの先も、きっとアコナだけだよ」


 胸が、ひきしぼられたように苦しい。

 でも、その苦しみは、まったく甘いものではなかった。


「なら、どうして……。婚約破棄だなんて……」


 声が怒りと悔しさに震える。


 俯いていたしまった私に視線を合わせるように、マティアスは膝をつく。


 申し訳なさそうに目を伏せた彼は、覚悟を決めたように私の顔を覗き込んだ。


「信じられないような話かもしれない。冗談だと思われても仕方のないことなんだが、ずっとアコナに隠していた話をする」

「なに? もう……これ以上、傷つきたくない」

「オレだって、傷つけたくない。だから、本当の話をさせてくれ。君を深く傷つけて、後悔したんだ。もっと早く、アコナに話しておけば良かったんじゃないかって」


 震える手を、自分の手で押さえつける。

 ワルターさんが馬車が止まる前に、そうしてくれたように。


 私には、なにがあってもワルターさんがいてくれる。


 心の中で唱えるだけで、それは私の勇気になる。

 真実に向き合うために顔をあげると、真剣なマティアスの目があった。


「俺の生家。ドータス家の血を継ぐ者は力が異様に強いだろ?」

「はい。受け継がれる魔力の影響だと聞いています」

「実は、そうじゃない。ドータス家の人間は……、オレは、人間じゃないんだ」


 マティアスの群青色の瞳を見つめる。


 幼い頃からの付き合いだ。

 彼が冗談を言っているわけではないことは、すぐにわかった。


 脳の処理が追いつかなかった私は、一瞬の間の後、ハッとして口元を覆った。


「まさか、き、吸血鬼だったりするんですか……?」


 人間界に隠れて生きる吸血鬼は現代もいると、ワルターさんが言っていた。

 もしや、マティアスも?


 困惑する私に、マティアスは慌てて首を振る。


「違う。まあ、人を襲う者がいるという点では、一緒なんだが、オレは吸血鬼じゃない」

「じゃあ、マティアス様は……?」


 どこからどう見ても、マティアスは人間だ。

 人間でも吸血鬼でもないのなら、彼はなんなのか。


 戸惑う私の前で、マティアスは羽織っていた騎士団のマントのフードを被る。

 なんだろうと見ていると、彼の頭にぴょこりと犬のような耳が生えた。


「へっ!?」

「オレは、人狼(じんろう)。今は、もうほぼ滅んだ種族だ。なにせ、愛する者を食らってしまう。そんな種族は繁栄しない」

「愛する、者を……」

「オレの両親は早くに死んだだろ? 父が人狼の血にあらがえずに母を食らい、そのままどこかへ消えてしまったのが、真相だ」


 人外への耐性は、ワルターさんがいるから大丈夫。

 驚くことにも、もうだいぶ慣れた。


 おかげで、マティアスが人狼だということに驚きはしたけれど、受け入れられる。


 でも、婚約破棄の理由を悟って、黙っていられるほど、私は大人じゃなかった。


「そんな。じゃあ、マティアスは私を食べちゃうから、婚約破棄したというの……?」

「結婚式が近づくまで、耐えられると思っていたんだ! でも、いざ結婚するとなると、四六時中アコナの傍にいて、この飢えに耐えられるか、不安で仕方がなくなった」

「それで、お姉様をだまして結婚したの!?」

「リーリスが、オレを愛していると言ったんだ!」


 マティアスは隠していた事実を告白して。

 私は、その事実に困惑して。


 ふたりして、ちょっと興奮しすぎてしまっていた。

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