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深夜デートに行ってからというもの、私はいろいろな罪深い行為を犯してみた。
ごはんにケーキを食べてみたり、一日中ゴロゴロとベッドの上で過ごしてみたり。
思いついた悪いことは、とりあえず試してみたけれど、手首の数字に変化はなかった。
今日の手首の数字は350。
たくさん甘いものを食べた直後に3時間も昼寝をするという罪深い行為も、禁忌ではなかったらしい。
ベッドの上で確認した左手首の内側に刻まれた数字は相変わらずだ。
ため息を吐いていると、ドアがノックされた。
「しょ、少々お待ちを!」
夕方だというのに、寝起きの格好で髪はボサボサ。
ワンピースタイプのパジャマの裾が伸びていることを確認してから、「はい」と顔を出すと、ワルターさんが私の胸元を見て、目をそらした。
「胸元。ボタン」
短い二言。
視線を落とすと、パジャマの胸元のボタンは開いていて、ささやかな谷間が露出していた。
ひゅっと息を吸って、あわててボタンを閉めようとする。
けれど、不器用が災いしてなかなか閉められない。
四苦八苦して、ようやく閉めてから、「どうぞ」と、やっとワルターさんを部屋へと招き入れた。
「すみません、最近こんな格好でぐーたらしていることが多くて……」
「禁忌っぽいことを試しているのだろう。なんでも試せばいいし、アコナがぐーたらしていたいのであれば、していればいい。やりたいことをすればいいんだ」
ワルターさんは、いつも同じことを言ってくれる。
ワルターさんの優しさに、思わず口元が綻ぶ。
しかし、その緩んだ口元は、彼が差し出してきた封筒を見た瞬間に、きつく結んだ。
「マティアスとリーリスから返事が届いた。まだ開けてはいない。一応宛先は俺とアコナになっていたからな。一緒に開けようと思って持ってきた」
ペーパーナイフを見せるワルターさんを見つめる。
婚約中は、あんなにも愛しげな目で見つめていてくれたのに、結婚式当日になって婚約を破棄したマティアス。
幼い頃は、私に文字や計算を教えてくれたのに、だんだんと冷たくなっていったお姉様。
私にとって、ふたりは理由もわからないまま突然背を向ける、恐ろしい人たちになってしまっていた。
「婚約を報告した手紙の返事だ。開けても構わないか?」
「ちょっと怖いです。けど、大丈夫です」
マティアスもお姉様も、やっぱり怖い。
手紙だって何を書かれているか不安で仕方がない。
けど、私はもう他人に自分の幸福は預けないと決めたのだ。
手紙に何が書かれていても、私はワルターさんとの婚約を取り消したりはしない。
ワルターさんは、慣れた手つきで封を開け、手紙を取り出した。
「なんて書いてありますか?」
「婚約に反対も賛成も書いていない。顔合わせと新居の紹介がしたいから、一度遊びに来いとのことだ」
先に目を通したワルターさんは、手紙を渡してくれる。
ふたりのサインが書かれた手紙。
お姉様のリーリス・オーゲン・ジルというサインを見ると、胸がチクリと痛んだ。
「前にも言ったが、俺は君が幸せになるのだというところを、奴らに見せつけるべきだと思う。リーリスが毒血の呪いを知っていたのかも確認したいしな。行けそうか?」
私も、お姉様が毒血の呪いを知っていたのかは聞いてみたかった。
もしも知っていてマティアスを奪ったのであれば、お姉様は私を呪うために彼を奪ったことになる。
お姉様にどれだけの悪意があったのかは、怖いけど知っておきたかった。
「行きます。過去ときちんと向き合わなければ、私は幸せになれません」
ワルターさんの赤い瞳を見つめて、まっすぐに答える。
彼も力強い瞳で、私を見つめ返してくれた。
「俺が傍に居る。安心して、君は過去と向き合えば良い。悲しいときには、胸を貸そう」
身近に味方が居てくれると言うことは、こんなにも心強いものなのか。
ワルターさんが居てくれれば、私は無敵になれる気がした。
お姉様との約束の日は、一週間後。
私の手首に刻まれた数字が343になる日だった。
「顔だけ男に綺麗なアコナを見せてやろっ! 姉上も見返してやらなくちゃ!」
張り切ったピアナは、私を一週間かけてピカピカに磨き上げてくれた。
ドレスは、この日のためにワルターさんがわざわざ購入してくれた。
今まで地味なドレスしか着たことのない私には、まぶしいほどに美しい深緑色のドレス。
しかも、金糸のこまかい刺繍がされているその中に、小さな宝石がビーズとして縫い付けてあるのだから驚く。
「ドレスは女の戦闘着だ。いいものを着ておくに超したことはない」
高いのではないかと、遠慮した私に彼は微笑んで、そう教えてくれた。
かくして、つやつやぷるぷるの肌と髪。
そして、美しすぎるドレスを手に入れた私の戦闘準備は万端。
ディナス家の黒塗りの馬車に乗って、私とワルターさんは、マティアスとお姉様の新居へと向かった。




