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いっぱい飲んで食べようと、確かに言いました。
言いましたけど、食べ過ぎたし、飲み過ぎました。
ふわふわな気持ちで、ワルターさんと指を絡め合って、外に出る。
貸し馬車を手配してくれるワルターさんを待っている間、だんだん明るくなっていく空を見つめていた。
「アコナ。馬車が用意できた」
貸し馬車屋の近くにあるベンチに腰掛けて、うとうとしていた私は、声をかけられて顔をあげる。
私と同じく飲み過ぎていたワルターさんは、白い肌を蒸気させていて、ちょっと色っぽい。
銀色の髪に朝焼けの滲んだ夜空の色が反射して、とても綺麗だ。
こんな美しい人が、私の婚約者なのか。
そう思うと、なんだか現実には思えなかった。
「いくぞ。立てるか?」
「はい。大丈夫です。いきましょう」
エスコートされて馬車に乗り込む。
ゆっくりと流れだした窓の外の景色を見ながら、ほうと息を吐いた。
簡単にはいかないと思っていたけれど、左手首に刻まれた数字は消えていない。
「なんだか、あっという間の夜でした。とても罪深いことを、たくさんしてしまいました。でも、どれも禁忌ではなかったみたいですね……」
「大丈夫だ。絶対に、アコナは長生きさせてみせる」
いつも通りの優しく力強い言葉。
けど、その声音がどこか苦しそうで首を傾げた。
「ワルターさん? 体調が悪いですか?」
頬が蒸気しているのは、酔っているせいではなく、もしかして熱がある?
ずっと指を絡め合っていた上に、私の男性との距離感覚は、酔っていることもあって少々おかしくなっていた。
身を乗り出して、彼の額に手のひらを当てる。
その瞬間に馬車が揺れた。
「きゃっ」
「大丈夫か!?」
傾いだ体はどこにもぶつからず、ワルターさんの胸へと飛び込んだ。
抱き留められると、細身に見える彼の体が存外しっかりしているのだということを知る。
腕は力強く、胸板も堅い。
男の人なんだ。
わかっていたことだけど、ちゃんとわかったのは、今この瞬間だ。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですっ」
カッと全身が熱くなって、身を離そうとワルターさんの胸板を押す。
けど、彼は離してはくれなかった。
「どうか、しましたか?」
離してくれるどころか、ワルターさんは私の肩を抱く力を強める。
本当に具合が悪いのかもしれない。
心配していると、ワルターさんの熱い息が、首にかかった。
「すまない。吸血鬼というのは……、嫌になる」
耳元で聞こえる、ワルターさんの掠れた声にゾクリとする。
食べられてしまいそうな感覚に、息を飲んだ。
「以前言っていた吸血衝動、ですか?」
「……人間である父の血のおかげで、こうして我慢できる」
「吸血衝動って、こんなにも苦しいものなのですか?」
「辛い。喉が渇いて、死にそうな心地がする」
ワルターさんが熱に浮かされたように喋る度に、熱い吐息が首筋に当たる。
銀の髪が耳に当たるのもくすぐったい。
でも、ワルターさんに私の血を飲ませるわけには絶対にいかない。
だって、私は毒血の呪いを受けている。
「ワルターさん。絶対に飲んじゃダメですよ。馬車を降りた方がよければ、私は歩いて帰ります」
「ここに居てくれ。君を抱いていないと、耐えられない……」
弱々しい声に、彼を突き放すことはできなかった。
首筋を噛まれないように、体の位置を変えてから、彼を抱きしめる。
傍に居て楽になるのなら、そうしてあげたかった。
「アコナ。……アコナ、長生きしてくれ。俺の父は人間で、早くに死んだ。吸血鬼の母は、それで気が狂ってしまった。自分の首を幾晩もひっかいて、ようやく息絶えた」
「そうだったんですね……。大丈夫です。大丈夫。私は長生きしますよ。呪いだって、絶対に解いてみせます。ワルターさんと一緒なら、解けます」
浮かされたようなワルターさんを励ますように、その背を撫でる。
彼は、私の肩に額をくっつけた。
「愛したくない。誰も。居なくなるくらいなら、誰もだ」
「大丈夫です。愛されなくても、私は傍に居ます」
ワルターさんは、私の花を求めている。
私がいなくなれば、彼は私の花を食べられなくなる。
彼のためにも、私は絶対に呪いを解かなくてはならない。
そう思ったところで、ワルターさんが吸血鬼は吸血衝動を抑えるために花を食べるのだと言っていたことを思い出す。
試しにと花魔法で花を出してみると、ワルターさんは少しだけ食べて、そのまま眠ってしまった。
「ワルター、アコナさん、おはようございます」
馬車が止まると、テディが扉を開けた。
ワルターさんは、私の太ももを枕にして、座席に横たわって眠っている。
眠ったままのワルターさんは、テディが横抱きにして下ろした。
ワルターさんは、目が覚めてから恥ずかしそうに「すまなかった」と謝罪に来た。




