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「あれは、俺が花屋を継いですぐの日。寒い日で、掃除だるいなぁって、店の前に出たの。そしたら、女の子がうずくまってた」

「それが、アコナだったと?」


 店長と一緒に私も頷く。


「お姉様が前日の晩に、『朝起きたら花がある生活って素敵ね』とおっしゃったんです。だから、お姉様が起きる前に花を買いたかったんです」

「わざわざ開店に合わせて早起きしたのか?」

「いえ、その、前日の晩から待っていたんです……」


 ワルターさんが引いているのがわかる。


 でも、私としては、あの晩を店の前で過ごしたのには、ちゃんと訳があった。


「貴族街の花屋は開くのが遅かったんです。プティエも当時、何時に開店かもわからなくて。一番に買わなければと思っていたので、仕方なくです」

「姉のためにわざわざ……。すごい執念だな。寒い日だったのだろう。大丈夫だったのか?」

「大丈夫じゃないよなぁ? 大風邪引いて、もうカンカンに熱出てんの。すぐ部屋に入れて寝かせたよ」

「では、結局リーリスに花は買えなかったのではないか?」

「はい……。その通りで」


 バカだったなぁと、今となっては思うけど、当時の自分は必死だった。


 花を買えなかったことをお姉様に謝罪したら、「わたくし、そんなこと言ったかしら?」と首を傾げられたのは、ショックだったなぁ。


「身元聞いたらお嬢様だったから驚いたんだぁ。なのに、アコナちゃんったら、お礼に働かせてくれって言うもんだから、また驚いてさ~」

「花魔法を披露したら、即採用してくれましたよね」

「だって、元手なしで商品生み出す子が来たら、採用するでしょぉ」


 ゆるゆる笑う店長は、いつもこう言う。


 だけど、私は知っている。


 当時の私は、店長にとって寒い夜を外で過ごした15歳の少女だった。

 そんな少女の境遇を(おもんばか)って、雇ってくれたのだということを。


「君たちは、運命のような出会い方をしているのだな」

「そうだねぇ。運命だったかもなぁ」

「ワルターさんは、元からプティエのお客さんでしたね」

「……ああ。なんでもない日になんでもない雰囲気で、店員と客として出会った」


 カウンター席に頬杖をついたワルターさんは、なぜかむすっとしている。


 どうしたのかと訊ねようとしたところで、店長が「おっと」と声をあげた。


「アコナちゃん。またいつでも手伝いにおいでな」

「帰っちゃうんですか?」

「明日も店あるからなぁ。それに、これ以上いると馬に蹴られそうだ」


 どこに馬?


 きょとんとしている間に、店長はいそいそと支払いを済ませて帰ってしまう。


 取り残された私とワルターさんは、お酒を頼むことにした。

 ワルターさんも私もワイン。


 乾杯はしたけど、ワルターさんはワイングラスを回してばかり。

 綺麗な横顔は、拗ねている様に見えた。


「ワルターさん? 私がお姉様に尽くしすぎていたことで引いてしまった結果、機嫌を損ねてしまいましたか?」

「そんなことで機嫌は悪くならん。そもそも、機嫌は悪くない」

「悪そうに見えますよ。いつもより声も低いです」


 「む……」とワルターさんが眉を寄せる。

 本当に不機嫌の自覚がないみたいだ。


「なんだろうか。不機嫌とは違う。もやもやしている。その寒かった日。俺が君を助けに行けていればよかったのにと、思ってしまう」

「血の湖で助けてくれたじゃないですか」

「そうだが。そうだが……、その朝に助けていたら、君はあんなにユリウスと親しげに話していないのか、と」

「そんなに親しげでしたか?」

「ユリウスを見つけたとき、君はここ最近で一番嬉しそうにしていた」


 もごもごとワルターさんが喋る。


 これは、おかしい。


「ワルターさん。失礼なことを言うかもしれませんが、怒らないでください」

「なんだ?」

「ワルターさんのその発言だと、なんだか、店長に嫉妬しているみたいに聞こえます」


 ワルターさんが、私を愛しているはずはない。

 彼は私を愛したくないと、言っていたのだから。

 だけど、その発言はヤキモチを妬いているように聞こえてしまう。


 ワルターさんが、ハッとした表情でこちらを見る。


 目と目が合うと、自分の頬が熱くなるのを感じて、ワインを飲んで誤魔化した。


「それはっ、ないな! し、嫉妬なんてするはずがない。それでは、愛してしまっているようではないか」

「そう! そうですよね。ワルターさんは、私を愛していないはずです」

「婚約したことに浮かれていたのかもしれないな。最近おかしい。今の嫉妬のような発言も、きっと何かの勘違いだ」

「連日の解読作業で、お疲れなのかもしれませんよ。私たちは禁忌を犯しにきたのですから、たくさん飲んで、食べましょう!」


 ぐっと拳を握って高らかに言う。


 ワルターさんも大きく頷いて、いくつもの料理とお酒を注文した。


 カウンターにたくさん並んだ料理は、どれも普段食べているものより随分味が濃かったけれど、おいしかった。


 ワルターさんは、お酒をカパカパ飲んで、時々頭を抱えては「嫉妬なんかするものか」と呪文のように呻いていた。

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