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「アコナちゃんが、元気そうでよかったよ~」
お酒を飲んでいるからだろう。
バーカウンターに寄りかかってふにゃふにゃ笑う店長は、いつにも増して猫っぽい。
結婚式からずっと激動の日々で、なんだか別の世界に行ってしまったような気がしていた。
いつも通りの店長の姿は、今までと同じ世界に生きているのだという、当たり前のことを感じさせた。
「連絡もせず、ごめんなさい。元気でしたよ」
「新聞でマティアス様の結婚相手はリーリス様だって見て、あれ? と思っていたんだぁ……。大丈夫だったか? 辛い目にあったんじゃないか?」
店長の優しい目に泣きそうな気持ちになりながら、私は曖昧に微笑んだ。
「大失恋の話は、もう少し傷が癒えてからお話しようと思います」
「そうかぁ。それがいいなぁ。で? なんで、ワルターさんと一緒にいるんだ?」
「俺とアコナは、婚約したからだ」
「婚約ぅ!?」
「ちょっ、店長声が大きいです! ワルターさんも! 私、一応ですけど公爵令嬢なんです……!」
ワルターさんは忘れているかもだけど、私は一応勇者の末裔であるグロウ家のご令嬢だ。
こんなところで注目を浴びて、しかも婚約をしているだなんて知られては大変だ。
顔を両手で覆い隠しながら、ワルターさんに訴える。
彼は、あっけらかんと答えた。
「問題ない。君の素敵な赤毛は、まだ公爵令嬢としてのお披露目が済んでいないからな。君がアコナ・ジュール・グロウだなんて、誰も気が付いていない」
「そう、かもしれませんけど」
身分はバレないかもしれない。
私が結婚式当日に婚約破棄されたことだって、この酒場にいる人は、絶対にわからないだろう。
……店長以外は。
店長は私がマティアスとの結婚に、いかに浮かれていたかを知っている。
店長に、簡単に男を鞍替えしたと思われるのは、絶対に嫌だ。
ワルターさんに向けていた視線を、ぎこちなく店長にむける。
店長はなぜか目を輝かせていた。
「婚約かぁ。それはよかった。俺はあんたらお似合いだと思ってたんだよぉ。美男美女で、目の保養だなぁ」
「て、店長。私、男性をとっかえひっかえしているわけではないんですよ」
「わぁかってるよ。何かあったんだろう? 3年も傍にいたんだから、アコナちゃんがどういう子かくらい、よくわかってる」
何も言わなくて良いよ。
店長の目がそう言っている。
店長は、本当の家族より私の家族でいてくれた人だ。
何も不安になる必要はなかったのだ。
ほっとしている私の横で、ワルターさんが首を傾げた。
「3年というと、ユリウスが店長になってからの付き合いということか? 花屋は親父殿から継いだだろう」
「よく知ってるなぁ、ワルターさん。そう。親父が腰悪くしてね。慣れない仕事で疲れてるときに、アコナちゃんを拾ったわけよ」
「拾った? 猫のような表現だな」
「えっと、本当に拾われたんです。私、店の前で丸まってたので」
不思議な表現だと思うだろう。
でも、私はあのとき間違いなく店の前で拾われた。
「詳しく聞こう」
ワルターさんは興味深げに言いながら、カウンターの椅子を引いて腰掛ける。
私もワルターさんと店長の間の椅子に座ると、店長がくすくす笑った。
「ワルターさんは、本当にアコナちゃんが好きだなぁ。アコナちゃんの話はするんだからな~。アコナちゃん居ないときなんか、全然喋んないんだよ?」
「え、そうなんですか?」
「俺の話は今はいいだろう。それよりも、アコナの話だ。なぜ落ちていた?」
前のめりなワルターさんに、店長は「仕方ないなぁ」と言って話し始めた。




