18
「あの、手は……、その、繋いでおきますか?」
馬車から降りるときに差し出された手は、エスコートだと思っていた。
だから、私が降りたら、その手は離すものだとばかり思っていたのだ。
マティアスにも、エスコートしてもらった経験はある。
でも、それは腕に手をかけるもので、こうして指を絡めて手を繋ぐのは初めてのことだ。
気恥ずかしくて、もじもじしてしまう私に、ワルターさんは得意げに答えてくれた。
「貴族であり、更にまだ婚姻関係の俺たちが、これほど肌を密接に絡ませ合うのは、禁忌だとは思わんか?」
「なるほど。確かに、これはとても密接に絡み合っています」
私の指の間に、一本ずつワルターさんの指が入っているのだ。
これを絡み合っていると言わずして、なんと言うのか。
まだ婚姻関係にない男女が絡み合っているだなんて、とてもイケナイことな気がして仕方がない。
だんだんと羞恥で熱くなってきてしまう私に、ワルターさんが喉を鳴らして笑った。
「アコナは、俺に変態だ変態だと言うが、君も大概だと思うがな」
「そ、そんなことないですっ。ワルターさんほどじゃないです」
「何を言う。現に今もいやらしいことを考えただろう」
ワルターさんは、私の耳朶に唇を寄せて言う。
ぞわりとした感触に、思わず耳を手で覆って、ぱっと見上げた。
にんまりと意地悪そうに弧を描く、ワルターさんの目と視線が合った。
「や、っぱり、変態だと思うんです。ワルターさんは」
「今のは変態っぽかったことを認めよう。だが、これは真面目な実験。禁忌が、どれに該当するかはわからんからな。嫌ならやめるが、できれば我慢して欲しい」
「どうだろう?」とご機嫌を窺われたら、私は頷くしかない。
実際、胸の奥がもぞもぞと落ち着かないだけで、嫌なわけではないのだから。
それに、これは私の余命を伸ばすための実験で、ワルターさんは付き合ってくれているだけに過ぎない。
感謝こそすれ、拒絶なんてする理由もなかった。
「さて、深夜だからな。悪いことが捗るぞ」
「どちらに行くんですか?」
「酒場だ。深夜に酒と飯をたらふく飲み食いするなんて、罪深いだろう」
「それは、罪深すぎます……」
「更に罪深いことに、今から行く酒場はあそこの酒場だ」
ワルターさんが指さす先。
そこは、貴族が普段行くような上品な場ではない。
誰でもドンと来い! というオープンな店構えの下町の酒場だ。
店先には酒樽でできた机と椅子が並んでいて、お客さんもたくさん見える。
その中には顔を真っ赤にして歌ったり踊ったりしている人もいて、実に禁忌っぽい雰囲気があった。
「アコナのような綺麗な子がいると、注目を集めてしまう。不快な目に遭うことのないように、俺の傍からは離れないでくれ」
「わ、わかりました」
不安から、握っている手に思わず力がこもってしまう。
ワルターさんはそんな私の手の甲を、絡めた指で撫でた。
「そう堅くなるな。俺が付いている」
柔らかく笑むワルターさんに頷いて酒場に一歩足を踏み入れる。
すると、ワルターさんが言っていたとおりに注目が集まった。
赤髪がやっぱり目立つからだろうかと、癖で丸りそうになった背筋は、あわてて伸ばした。
こちらを見て、何やらひそひそ会話している人たちの視線が落ち着かない。
社交界でも、いつも視線はお姉様のものだったから、こんな状況はあまり経験がない。
緊張している私に、ワルターさんが囁いた。
「君が綺麗だから、みんな見ているんだ。男は君を放っておかない。気をつけるんだぞ」
貴族の出会いの場である社交界でも、男性に声をかけられたことなんて、ほぼないに等しい。
私がモテるはずはないのだけど……。
過大評価してくれるワルターさんに、一応「はい」と返事をした。
どこに座ろうかと視線を巡らせると、「あれぇ」という気の抜けるような声が耳に届いた。
「アコナちゃん? ……と、ワルターさん?」
声のした方に、目を向ける。
カウンターの隅っこには、見知った猫背の姿があった。
ふわふわの鳶色の髪と同じ色の、とろんとした垂れ目が、こちらを見ている。
グラスを持った手を軽く掲げたのは、間違いなく彼だった。
「店長っ!」




