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「つまり、君は尽くせば嫌われないと思っているわけだな」
私が尽くす理由を聞いたワルターさんは、思考を整理するように言う。
私は、小さく頷いた。
「お姉様は喜んでくださっていました」
「尽くされれば、それは喜ぶだろう。だが、それで嫌われなくなったと思うのか?」
「それは……どうでしょうか。わかりません」
尽くしても尽くしても、お姉様の態度は変わらなかった。
優しかったお姉様には、戻ってはくれなかった。
嫌われていたのかも、好かれていたのかも、正直よくはわからない。
「尽くしたところで、君を嫌っている奴は嫌いなままだ。そして、好いている奴は、君に捨てられようとも、簡単に嫌いにはなれない」
「そういうものなのでしょうか」
「そうだ。そして、俺は君に友好的な感情を持っている。その感情は、君が怠惰に過ごしていたところで、変わらない」
ワルターさんは、柔らかく微笑む。
彼が小首を傾げると、襟足丈の銀髪がさらりと流れて美しかった。
「ゆるりとしろ、アコナ。ここでは尽くす必要はない。何をしようと、俺は変わらんのだからな」
「ゆるりとは、具体的にはどんなことを……?」
「そうだな、君も一緒に飲めるよう、茶を淹れるときには、カップをふたつ持ってくるとかだな」
冗談めかして言いながら、ワルターさんはカップを軽く掲げる。
カップをふたつ持ってくる。
その発想はなかった。
「今後は気をつけます」
「君が一緒に飲みたくないなら、いいんだ。君がしたいようにすればいい」
「……ワルターさんは、どうしたいですか?」
一緒に飲みたくないわけではない。
けど、邪魔になりたくない。
困る私に、ワルターさんも困ったように笑った。
尽くす必要はないと言われているのに、どうしても相手を優先して考えてしまう癖は、すぐには抜けない。
あきれられて嫌われたかと萎縮していると、大きな手で髪をくしゃくしゃにされた。
「君がしたいようにしろ。これから、君は幸せになるのだろう。もっと我が儘にならねばな」
したいように……。
少し悩んでから、ワルターさんの隣に座る。
彼が使ったカップを手に取り、口元に持って行って様子を窺う。
人の使ったカップを使うなんて、マナー違反も甚だしい。
だけど、このハーブティーは上手にブレンドできた自信があったから、本当は私も飲みたかったのだ。
ワルターさんの様子を見る。
机に頬杖をついた彼は、微笑んでこちらを見ているから、多分嫌がってはいない。
爽やかな香りを楽しんで、そっとひとくち。
鼻に抜けるような爽やかな味わいの中に、紅茶の深みが感じられておいしい。
花の香りも、味の層を生んでいて、やっぱり我ながら良い出来だと感じられた。
「君に尽くされて嬉しくないとは言わない。だが、君が好きなことをしている方が、俺はもっと嬉しい。だから、できる限り君の好きなことをしてほしい。アコナは何が好きなんだ?」
「好きなこと……」
ハーブティーのブレンドは、嫌いじゃない。
だけど、それはお姉様がハーブティーが好きだと言ったから学んだことだ。
私が何かするときは、いつもお姉様が絡んでいた気がする。
そんな私が唯一、自らしていたことは……。
「読書は結構自らしていました。古代語の解読は、楽しかった記憶があります」
「古代語の解読ができるのか?」
驚いているワルターさんに、苦笑する。
古代語は、魔法の術式に使われている言語で、解読にはかなりの知識を要する。
古代語オタクと言われる領域まで知識がないと、解読は不可能だ。
令嬢の趣味としては、ちょっと変わっていることは間違いないから、驚かれても当然だ。
私は解読できることを証明するために、床に広げられた資料のひとつを指さした。
「これは呪術の術式ですよね。古代期後期のディアローズ王国東部で使用されていたものだと思います。そうですね……。この雰囲気だと、毒に犯されたような錯覚を与える術式でしょうか。同じような禁止魔法があったはずです」
「……すさまじいな」
ワルターさんは、ぽかんと口を開いている。
やっぱり、オタクっぽすぎて嫌だっただろうか。
羞恥で頬が熱くなるのを感じて、顔を両手であわてて覆った。
「あああ、みません。ベラベラと得意げに……! 魔法伯の前で、オタク知識をひけらかすだなんて、恥ずかしいです!」
「何を恥ずかしがっているんだ。むしろ誇れ。勉強しても、この古代語をさっくり解読できる者は一握りだぞ!」
顔を覆った指の隙間から、彼の顔をうかがい見る。
ワルターさんは、白い肌を蒸気させて、興奮している様子だった。
「君は本当に素晴らしい! いい嫁をもらえた。花魔法が天下一品なだけではない。魔法を器用に使うことにも長け、ハーブティーを淹れるのが得意なことに加えて、更に知識も豊富とは。非の打ち所がないぞ」
「ワルターさんと居ると、お世辞をたくさんもらえて自信がつきそうです」
「君は自信がなさ過ぎるほどだ。俺が君に自信を植え付けてやろう。その一環として、手伝ってもらいたいことがある」
カラカラ笑ったワルターさんは、手元の資料をたぐり寄せる。
見たこともない古代語が踊る資料を手渡されて、私は首を傾げた。
「これは……古代語で書かれた暗号ですか?」
「そうだ。この術式をヒントにこちらの資料を、またその資料をヒントにこっちを。という具合に解いていかなければいかん古代語でな。とにかく時間がかかる」
ぽりぽりと頬を掻いたワルターさんは、上目遣いに私を見た。
綺麗な顔の上目遣いは、輝いて見える。
「自由にしろと言ったところではあるのだが……、手伝ってもらえるだろうか?」
「もちろんです。私の余命を伸ばすためですものね。それに、私やっぱり古代語解読が好きです」
へらりと笑うと、ワルターさんは嬉しそうに笑む。
手渡された資料は、かなり難しいものだったけれど、ここは文献の宝庫であるディナス家の書庫。
私は、ワルターさんと一緒に夜更けまで、資料を探し回りながら、古代語解読を進めていった。




