表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/74

14


「つまり、君は尽くせば嫌われないと思っているわけだな」


 私が尽くす理由を聞いたワルターさんは、思考を整理するように言う。


 私は、小さく頷いた。


「お姉様は喜んでくださっていました」

「尽くされれば、それは喜ぶだろう。だが、それで嫌われなくなったと思うのか?」

「それは……どうでしょうか。わかりません」


 尽くしても尽くしても、お姉様の態度は変わらなかった。

 優しかったお姉様には、戻ってはくれなかった。


 嫌われていたのかも、好かれていたのかも、正直よくはわからない。


「尽くしたところで、君を嫌っている奴は嫌いなままだ。そして、好いている奴は、君に捨てられようとも、簡単に嫌いにはなれない」

「そういうものなのでしょうか」

「そうだ。そして、俺は君に友好的な感情を持っている。その感情は、君が怠惰に過ごしていたところで、変わらない」


 ワルターさんは、柔らかく微笑む。

 彼が小首を傾げると、襟足丈の銀髪がさらりと流れて美しかった。


「ゆるりとしろ、アコナ。ここでは尽くす必要はない。何をしようと、俺は変わらんのだからな」

「ゆるりとは、具体的にはどんなことを……?」

「そうだな、君も一緒に飲めるよう、茶を淹れるときには、カップをふたつ持ってくるとかだな」


 冗談めかして言いながら、ワルターさんはカップを軽く掲げる。


 カップをふたつ持ってくる。

 その発想はなかった。


「今後は気をつけます」

「君が一緒に飲みたくないなら、いいんだ。君がしたいようにすればいい」

「……ワルターさんは、どうしたいですか?」


 一緒に飲みたくないわけではない。

 けど、邪魔になりたくない。


 困る私に、ワルターさんも困ったように笑った。


 尽くす必要はないと言われているのに、どうしても相手を優先して考えてしまう癖は、すぐには抜けない。


 あきれられて嫌われたかと萎縮していると、大きな手で髪をくしゃくしゃにされた。


「君がしたいようにしろ。これから、君は幸せになるのだろう。もっと我が儘にならねばな」


 したいように……。

 

 少し悩んでから、ワルターさんの隣に座る。

 彼が使ったカップを手に取り、口元に持って行って様子を窺う。


 人の使ったカップを使うなんて、マナー違反も甚だしい。

 だけど、このハーブティーは上手にブレンドできた自信があったから、本当は私も飲みたかったのだ。

 

 ワルターさんの様子を見る。

 机に頬杖をついた彼は、微笑んでこちらを見ているから、多分嫌がってはいない。


 爽やかな香りを楽しんで、そっとひとくち。


 鼻に抜けるような爽やかな味わいの中に、紅茶の深みが感じられておいしい。

 花の香りも、味の層を生んでいて、やっぱり我ながら良い出来だと感じられた。


「君に尽くされて嬉しくないとは言わない。だが、君が好きなことをしている方が、俺はもっと嬉しい。だから、できる限り君の好きなことをしてほしい。アコナは何が好きなんだ?」

「好きなこと……」


 ハーブティーのブレンドは、嫌いじゃない。

 だけど、それはお姉様がハーブティーが好きだと言ったから学んだことだ。


 私が何かするときは、いつもお姉様が絡んでいた気がする。

 そんな私が唯一、自らしていたことは……。


「読書は結構自らしていました。古代語の解読は、楽しかった記憶があります」

「古代語の解読ができるのか?」


 驚いているワルターさんに、苦笑する。


 古代語は、魔法の術式に使われている言語で、解読にはかなりの知識を要する。

 古代語オタクと言われる領域まで知識がないと、解読は不可能だ。


 令嬢の趣味としては、ちょっと変わっていることは間違いないから、驚かれても当然だ。


 私は解読できることを証明するために、床に広げられた資料のひとつを指さした。


「これは呪術の術式ですよね。古代期後期のディアローズ王国東部で使用されていたものだと思います。そうですね……。この雰囲気だと、毒に犯されたような錯覚を与える術式でしょうか。同じような禁止魔法があったはずです」

「……すさまじいな」


 ワルターさんは、ぽかんと口を開いている。

 やっぱり、オタクっぽすぎて嫌だっただろうか。

 羞恥で頬が熱くなるのを感じて、顔を両手であわてて覆った。


「あああ、みません。ベラベラと得意げに……! 魔法伯の前で、オタク知識をひけらかすだなんて、恥ずかしいです!」

「何を恥ずかしがっているんだ。むしろ誇れ。勉強しても、この古代語をさっくり解読できる者は一握りだぞ!」


 顔を覆った指の隙間から、彼の顔をうかがい見る。


 ワルターさんは、白い肌を蒸気させて、興奮している様子だった。


「君は本当に素晴らしい! いい嫁をもらえた。花魔法が天下一品なだけではない。魔法を器用に使うことにも長け、ハーブティーを淹れるのが得意なことに加えて、更に知識も豊富とは。非の打ち所がないぞ」

「ワルターさんと居ると、お世辞をたくさんもらえて自信がつきそうです」

「君は自信がなさ過ぎるほどだ。俺が君に自信を植え付けてやろう。その一環として、手伝ってもらいたいことがある」


 カラカラ笑ったワルターさんは、手元の資料をたぐり寄せる。

 見たこともない古代語が踊る資料を手渡されて、私は首を傾げた。


「これは……古代語で書かれた暗号ですか?」

「そうだ。この術式をヒントにこちらの資料を、またその資料をヒントにこっちを。という具合に解いていかなければいかん古代語でな。とにかく時間がかかる」


 ぽりぽりと頬を掻いたワルターさんは、上目遣いに私を見た。

 綺麗な顔の上目遣いは、輝いて見える。


「自由にしろと言ったところではあるのだが……、手伝ってもらえるだろうか?」

「もちろんです。私の余命を伸ばすためですものね。それに、私やっぱり古代語解読が好きです」


 へらりと笑うと、ワルターさんは嬉しそうに笑む。

 手渡された資料は、かなり難しいものだったけれど、ここは文献の宝庫であるディナス家の書庫。


 私は、ワルターさんと一緒に夜更けまで、資料を探し回りながら、古代語解読を進めていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ