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「花魔法を使うのは構わないんですけど……、たぶんこの間みたいに美しい花はできないですよ」
花魔法は、特別な魔法。
通常の魔法は術式を覚えて、魔力をコントロールすることさえできれば、使用できる。
でも、花魔法は魔力の型が術式に合う人間でなければ、使用ができないのだ。
そんな特殊な魔法だからか、花魔法で生まれる花は使用者の抱いている感情によって変化する。
結婚式前日は幸福でしかなかったけど、今の私は婚約したてとはいえ、とても幸福とは言えなかった。
「構わない。君の呪いは必ず解いて、長く長く生きてもらう。その中で様々な君の花を味わいたいんだ」
「やっぱりちょっと変態っぽいですよね、ワルターさん」
「どこが変態だというんだ。君が俺と婚約したての気持ちで生み出す花を堪能したいという、婚約者からのかわいいお願いだろう」
むすっとわざとらしく不快感を示したワルターさんは、椅子から軽やかに立ち上がる。
どこに行くのかと思えば、食堂からつながる調理場へと向かった彼は、真っ白な大きい皿を持ってきた。
「君から買った花かごは、ここでこの皿に盛り付けて食べていた。花の保管には気を遣ったものだが、こうして毎日、新鮮な君の花を食せるようになるなんて……夢のようだよ」
「はあ……」
「ささ! この皿いっぱいに花を!」
ずずいっと差し出された皿を受け取る。
ワルターさんの花魔法への情熱は、やっぱりすさまじい。
彼の期待に応えたくて、私は幸せだった頃のことを思い浮かべながら、皿の上に手のひらの器をつくった。
私が一番幸せだと思える記憶は人生でふたつ。
マティアスとの記憶。それから、幼いころのお姉様との記憶だ。
マティアスのことは今思い出すと、まだ涙が出そうだから、お姉様に想いを馳せる。
お姉様が優しかった頃。まだ幼かったあの頃、私はとても幸せだった。
お母様にそっけなく扱われる私をお姉様は慰めてくれて、家庭教師もつけてもらえないことを哀れんで、文字や計算を教えてくれた。
「アコナ。あなたは特別な子なのよ。わたくしは、お母様と同じアコナの髪色が羨ましいわ」
お姉様が、私の髪をとかしながら言ってくれた言葉を思い出す。
そんなお姉様は、いつから私の花魔法を「役に立たない特技」と馬鹿にするようになったんだったか。
「おおっ」
ワルターさんの歓声とともに、手のひらの器にクリーム色の花が誕生する。
お姉様のプラチナ色の髪に似た輝きの花は、大きな花びらを広げて咲き誇っている。
その花に混じってこぼれる朱色の小さな花は、大きな花びらを目立たせるように控えめだった。
ぶわっとあふれた花々は、すぐに白い皿をいっぱいにする。
煌めきはない、簡素な花の皿。
精一杯幸せを思い浮かべたけど、どうだろうか。
「どうぞ」
おずおずと花でいっぱいになった皿を差し出す。
ワルターさんは赤い目をキラキラ輝かせて、朱色の花をつまんだ。
どうやら、吸血鬼は生で花を食べるらしい。
ぱくりと、花を口に含むと、ワルターさんは蕩けるように微笑んだ。
「いやはや、相変わらず繊細な味だ。苦みの中に甘みを含んだ新感覚。アコナの抱えている複雑な感情を味わっているようだ」
「……なんか、嫌ですね」
花魔法の花は、味すらも私の内面を表すらしい。
居心地の悪さを感じる私をよそに、ワルターさんはクリーム色の花も食んだ。
その表情は、幸せそうに綻ぶ。
「うむ! こちらの花は、品のある味で、たいへんにうまい。甘さの中に、鼻から通るような爽やかさもある。が、少々それが強すぎるほどだ。これは、リーリスを想わせる花だな」
ぎくりと身を固めてしまう。
全部見通されているみたいで、気持ちが落ち着かない。
視線をそらすと、視界の端でワルターさんが優しく言った。
「アコナ。君は、愛している婚約者を奪われてなお、リーリスのことを嫌いにはなれんのだな」
「……お姉様、ですから」
私が文字を読めるのも、計算をできるのもお姉様のおかげ。
その恩義を私は忘れられない。
ワルターさんは、その後は黙々と花を食べて、満足そうに頷いた。
「この花からは、君の幸福は感じられなかった」
「お口に合いませんでした?」
「君の花が、口に合わないわけがないだろう。ただ、今日この日の味は覚えておく。君の花が幸福の味に満ちたとき、俺も最高の食事ができる」
味を想像したのだろう。
舌なめずりをしたワルターさんの表情は、恍惚としたものだった。
「書庫に行ってくる。古い本を見つけてな。暗号化もされていて厄介だが、あれが解読できれば、君の呪いを解く方法もわかるはずだ」
「古代語ですか? それなら、私も……」
「君の呪いを解くことは、俺のやりたいことだ。アコナもやりたいことをしてくれ」
「やりたいこと……ですか」
「金には困っていないからな。欲しいものがあれば、買うといい。だが、外出はピアナが帰ってからにしろよ。君みたいに美しい子がひとりで外出すると、ろくなことにはならない」
ワルターさんは、息をするように人を褒める。
お世辞に「ありがとうございます」と返事をすると、彼は食堂を出て行った。
ワルターさんの食事が終わるタイミングを見計らったように現れたのは、テディだ。
ウィンウィンと駆動音をさせて、皿を回収するテディに、私はぽつりと訊ねていた。
「なにを、すればいいのかしら」
「……ピー。回答不能です。申し訳ございません」




