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 握手していた手をほどき、私とワルターさんは向き合ったまま机についていた。


 婚約をかわしたばかりの二人とは思えない、重たい空気が流れている。

 それは、私がお姉様に挨拶に行くことを渋っているからだ。


「……お姉様は、ジル家の嫁になったのですから、挨拶はいらないんじゃないですか?」


 私は腐っても公爵令嬢。

 貴族同士の婚姻は家同士が結ばれるものだから、親戚に承諾を得なければいけないということはわかっている。


 だけど、お姉様はもうグロウ家の人間ではない。

 できるならば、マティアスに会いたくない私の拒否の姿勢に、ワルターさんはきっぱりと首を横に振った。


「必要だ。アコナは幸せになるのだぞ。見せつけてやらなければ、気が収まらん」

「お姉様は、悪い人ではないですよ。私に字や計算を教えてくれたのは、お姉様です」


 お母様は、私をいないものとして扱ってきた。

 生け贄に捧げるためだけの存在として扱われていたということは、今だからわかることだ。

 幼い頃は、悲しくて泣いてばかりいた。


 そんな私を慰めてくれたのは、リーリスお姉様だった。


「リーリスは才色兼備の美女だったな。だが、君の婚約者を奪って平然としていたではないか。結婚式も堂々としたものだった。花嫁が入れ替わっているなど、気付きもしなかったぞ」

「ワルターさんは、式場に来ていたんですか?」


 マティアスとお姉様の結婚式は、元はマティアスと私の結婚式だった。

 当然、招待客をマティアスと選出したのも私。


 確かディナス家の名前は、マティアスの招待客リストにもなかったはずだ


「招待はされていない。どうせ行かないからな。遠方を見通せる魔法具で見させてもらっていた。グロウ家の結婚は、吸血鬼である俺にとっては重要なことだ。呪われる者が決定するからな」


 毒血(どっけつ)の呪いは、吸血鬼を滅ぼすために、勇者ジュール様が受けた呪いだ。

 確かに吸血鬼であるワルターさんにとって、グロウ家の誰が結婚するのかは、重要だっただろう。


 そこに納得した結果、ひとつの予測が浮かんだ。

 その予測のいやらしさに自分の身を抱きながら、じとりとワルターさんを見やる。


「結婚式も覗いていたくらいなら、グロウ家を今まで監視していたのではないですか? 覗き魔……?」

「君は、本当に俺を変態だと思っているようだな」

「花魔法への反応を見ていると、ちょっとまともとは思えず」

「君の花魔法が至高であることが、問題なのだろう」


 私の冷ややかな視線に、悩ましそうに頭を抱えながらも、ワルターさんは白状した。


「覗き魔……といえば、そうなのだろうが、まあ、グロウ家の様子は多少覗き見はしていた。だが、他の吸血鬼たちだって、きっとグロウ家は観察しているはずだぞ!」

「なるほど。それはそうでしょうね」

「……意外にあっさり納得するのだな」

「グロウ家は、王家の血が入っていない唯一の公爵家ですよ。生け贄の血族だなんて、みんな知りませんから、あらゆる意味で注目を浴びることはよくあることです」


 ワルターさんは、ちょっと変態っぽいところがあるから警戒してしまった。


 公爵家である以上、周囲の目に晒されることは日常だ。

 実際はその視線を一身に浴びるお姉さまの影となっていたのだけれど。


 ワルターさんの監視が嫌だったわけではなく、『お姉様の目立たない妹』として振る舞う私の姿を見られていたことが、嫌だった。  

 

「……プティエで働いていた頃から、私がアコナ・ジュール・グロウだと気付いていたんじゃないですか?」


 恐る恐る一番聞きたいことを訊ねる。

 ワルターさんは、あっけらかんと否定した。


「気付いていたら、結婚式で君が花嫁ではなかった時点で誘拐している。君が呪われるとわかっているのだからな」

「そうですよね。吸血鬼的には、毒血(どっけつ)の呪いを受けるグロウ家の者は居ない方がいいですものね」

「それはあるが、君のことを守りたく……。あ、いやこれでは愛しているようではないか」


 何やら口の中でもごもご言ったワルターさんは、首を横に振ってから、ちゃんと私の疑問に答えてくれた。


「とにかく。アコナ・ジュール・グロウは……その、正直に言えば、おばけのような女だったから、君だとは思わなかった」

「お、おばけ……」


 確かに黒髪スーパーロングの女が、いつも俯きがちにたたずんでいたらおばけっぽいだろう。


 お姉様のおまけだとか、グロウ姉妹の暗い方だとか。

 いろいろ言われてきたけど、おばけは初めてだ。


 軽くショックを受ける私に、ワルターさんは慌てた様子でフォローする。

 背の高い男の人が両手をパタパタ振って慌てる姿は、なんだか似合わない。


「まさか、君みたいに愛らしい子と同一人物だとは思っていなかったという話だ。黒髪より、君は赤い髪が似合っている。黄金の瞳も光を放つように美しいぞ。リーリスなんかより、君の方がずっと美しい」

「ワルターさんはお世辞の語彙が豊富ですね」

「お世辞ではないのだが、君は自分を褒める言葉をまったく本気にしないな」


 あきれた様子で机に頬杖をついたワルターさんは、「とにかく」と仕切り直す。


「君の姉、リーリスには挨拶に行く。俺から手紙を出そう。ジル家とは繋がりがある」

「マティアスとお知り合いなんですか?」

「あの坊主は知らん。ジル家は代々騎士団長だろう。騎士団で使用する魔力を使用した武器類は、俺が開発している」


 さすが、魔法伯。

 この世の魔法を使ったものには、ほぼすべてディナス家が関わっているという話は、噂ではないのかもしれない。


「さあ、マティアスとリーリスから返事が来るまで、君と俺とのふたりの時間だ」


 頬杖をついたまま、ワルターさんが赤い瞳を甘く細める。

 しっとりとした艶のある声で、彼はねだった。


「極上の花を俺に食べさせてほしい」

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