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この屋敷の食堂は、貴族の屋敷にしては手狭だ。
高級品ではあるだろうけど、テーブル1つと4脚しか椅子がない食堂なんて、他のお屋敷では見られないだろう。
お客様を呼ぶ気のない手狭さに、ワルターさんがひとりぼっち大好きマンと言われていることが少しだけわかる。
そして、そんなワルターさんに、私が迎え入れられている理由は、よりわからなくなった。
ワルターさんと向かい合って席に着くと、私は勇気をもって口を開いた。
「あの、助けてくださったことには感謝しています。でも、私は体調が戻り次第、お礼をして出て行くつもりでいました。……どうして、結婚なんて?」
「君が好きだからだ。と、言えれば良かったんだが、そうではないんだ。申し訳ない」
ワルターさんは、ばつが悪そうな表情で頭を下げる。
「俺は、君の花魔法が、喉から手が出るほどに欲しい。一生君を囲ってでも、手に入れたいと思うほどに」
熱烈な言葉に、目をぱちくりさせてしまう。
ワルターさんが花魔法が好きなのは、プティエを手伝っていた頃から知っている。
だけど、それ目当てに求婚しちゃうほど?
「引くだろう」
「正直に言うと、引いてます」
「俺自身も引くほど、君の花魔法から生まれ出る花を愛している。あれほど、この世でうまいものを俺は長い人生で知らない」
「うまい? へっ? 食べてるんですか?」
確かに食用花は存在する。
だけど、花魔法の花を食べるだなんて聞いたことがない。
驚く私に、ワルターさんは、もっと驚くことを言った。
「吸血鬼の中には、吸血する代わりに花を食べる者がいる。父は人間だから少し薄れてはいるが、俺にも吸血衝動がある。花は、それを抑えるためにも食べている」
予想外すぎる話に、頭がついてこない。
それは、つまり?
「えっと、その話だと、ワルターさんのお母様は人間ではない……?」
「吸血鬼だ」
「……じゃあ、ワルターさんも?」
「吸血鬼だ。吸血鬼と人間との間に生まれたからな。正確にはダンピールなんだが、吸血鬼とさして変わりはない」
「吸血鬼が存在していたというのは、昨日聞きました。で、でも、吸血鬼はジュール様が滅ぼしたはずです、よね?」
「人間を獲物と見ている野蛮な吸血鬼は滅ぼされた。俺や母がそうだったように、人間界に潜んでいる吸血鬼は未だ存在している」
「……証拠は?」
「そうだな。日光には弱いが、死ぬほどじゃない。証拠の提示は難しいな。強いて言うのであれば、ディナス家が魔法伯であることだろう。これほどの知性を、人間の寿命の内に手に入れることは、ほぼ不可能だ」
ワルターさんは、私を落ち着かせるように穏やかに話す。
こんな嘘を吐くメリットが、彼にはない。
つまり、彼は、本当に吸血鬼。
固まってしまう私に、ワルターさんは困ったように瞳を伏せた。
赤い瞳を縁取る銀のまつげが美しい。
「最低な話だとはわかっている。俺は吸血鬼で、君の花が欲しくて求婚している。君に行き場がないことを知っていての所業だ。嫌なら、拒絶してくれ。君の行き場は、俺が用意を……」
「よかったです」
ほっとして思わず漏れていた言葉に、はっとして口を覆う。
気の抜けたような私の言葉に、今度はワルターさんが目を丸くしていた。
「なにが、よかったんだ?」
「変な話なんですが、求婚に理由がちゃんとあって、よかったなと。呪いを解く方法を探してくれて、求婚までしてくれて。私は愛されるはずもないのに、どうしてだろうって不思議だったんです」
「君は、愛されない人間ではないだろう」
「ワルターさんってお世辞上手ですよね。愛されていたら、それはそれで困っていたんですよ」
「……愛されたくないのか?」
眉を寄せたワルターさんに、私はぎこちなく微笑んだ。
「私、まだマティアスが好きなんです」
返せない愛情をもらっても、困ってしまう。
ワルターさんは、脱力したように笑った。
「吸血鬼は不老不死なんだ。人間を愛しても、いつか必ず失う。だから、俺は誰も愛したくない。君にも、愛さないでくれと頼もうと思っていた」
「いつも、あんなに甘い言葉ばかり言ってくるのに」
「君が素晴らしいのは、事実だから仕方がない」
頬を掻いて照れるワルターさんが、なんだか可愛らしい。
ワルターさんの言うとおり、私には行く宛てがない。
呪いを解こうだなんて、酔狂なことを考えてくれる人は、ワルターさん以外に居ないだろう。
それに助けてもらった恩を返せるのなら、私はなんでもするつもりだった。
「結婚しましょうか。ワルターさん」
「いいのか!?」
視線をそらしていたワルターさんが、机の上に身を乗り出す。
綺麗な顔が無邪気な喜びに満ちている。
子どもみたいな表情ががおかしくて、笑ってしまった。
「そうしないと、私はここには居られないでしょう。このままだと、ワルターさんは私をさらって監禁している悪党になってしまいますよ」
多分お母様は探してくれていないけど、一応私は公爵令嬢。
なんの契約もなく、よその家に居続けることはできない。
「私は幸せになりたいんです。誰かに幸せにしてもらうのではなく、自分の選んだ道で。そのために、私はワルターさんを利用します。だから、あなたも私を利用してください。結婚しましょう、ワルターさん」
ワルターさんに、呪いを解く方法を見つけてもらう。
その代わりに、私はこの屋敷で彼のために花を生み出す。
そういう契約での結婚だ。
ワルターさんは、顔に似合わない子どもみたいな笑顔のままで頷いた。
「ああ、絶対に一緒に幸せになろう」
どちらからともなく伸ばした手で、しっかりと握手をする。
それは甘やかな男女のやりとりではない。
契約成立を喜ぶ、とても情熱的ではあるけれど、ビジネス的な握手だった。
「さあ、まずは親戚にご挨拶だな。サクサクといこう。そうだな、手始めに君の姉から行こうか。がんばろうな、アコナ」
爽やかに彼が笑う。
私は堅い笑みを浮かべて、早速結婚したことを少しだけ後悔してしまった。




