01
私は、初恋の人と結婚して幸せになるものだと思っていた。
私の結婚式当日。
隣に立っているのは、初恋の人ではない。
愛し合ってもいない。
だけど、彼と一緒に幸せになることは決めていた。
禁忌を犯してでも。
*
結婚式前日にすることはないから、独身最後の日はいつも通り過ごせる。
そう思っていたのは、昨日までのこと。
明日、マティアスとやっと夫婦になれるんだと思うと、そわそわしていつも通りでなんていられなかった。
鏡の前で黒いウィッグを外すと、いつもはお姉様の美貌を際立たせるために隠している赤髪が現れる。
何度見ても、やっぱり私には似合わない派手な色だ。
肩までの髪を手櫛で整えて、エプロンを被る。
背中のリボンは……上手に結べないから、今日も店長にお願いするしかない。
「おはようございます、店長。今日もよろしくお願いします」
「あいよ。仕方ないな、アコナちゃんはぁ」
いつも通り怠そうな店長のところへ駆けていって、彼に背中を向ける。
猫みたいな印象に似合わず器用な店長は、今日も親切にリボンを結んでくれた。
ここは、下町の小さな花屋『プティエ』。
由緒正しいグロウ公爵家の次女である私は、ここではただの町娘アコナだ。
いつもお姉様の後ろにくっついているだけの、アコナ・ジュール・グロウではない。
怒るし、大きな声で笑う、ただの女の子だ。 ……いつもは。
「ん? どうした? その歩き方」
うん。我ながらどうしたんだろう。
全く上手に歩けない。
店長をぎこちなく振り返って、堅い笑みを浮かべた。
「実は、その、明日の結婚式に緊張していまして」
「あ~、なるほどなぁ。祝福の鐘が聞こえたら、ここから拍手しとくよ」
私の結婚相手であるマティアスは、騎士団の次期団長を代々務めるジル家の跡取り。
そんな彼と結婚する私は、伝説の勇者の一族と言われるグロウ家の次女だ。
そんな私たちが結婚式を挙げるとなれば、国で一番大きな教会になる。
「きっとここまで聞こえるでしょうけど、やっぱり教会で拍手してもらいたかったですよ。私なんかを雇ってくれた変わり者の店長には」
「貴族を顎で使える機会なんて、この先ないだろうな~って思っただけだよ」
「教会に潜入してもらっても大丈夫なんですよ?」
「う~ん、拍手しに行って、そのまま豚箱直行だろう? やっぱり、こっから拍手させてもらうよ」
肩をすくめる店長にクスリと笑ってから、ぐるりと店内を見回す。
花の香りでいっぱいの小さなお店。
ここは、私が唯一私でいられた場所。
ジル家に嫁入りしたら、もうここには来られなくなる。
今までみたいに、私が居なくなっても誰も気づかない家ではないだろうから。
いつまでも寂しさに浸ってはいられない。
「よし」と気合いを入れてから、作業台に向かう。
私が店に立つ日は必ずやってくるおかしな常連客が毎回花束を頼むから、作っておかなければならないのだ。
毎回のことだから花束をつくるコツは掴めたけど、不器用はそう簡単に直るものじゃない。
いつも通り四苦八苦していると、背後から甘い香りがした。
「全く上達しないのは、ある意味才能なのだろうな」
突然の声に振り返る。
立っていたのは、例の常連客であるワルターさんだ。
彼は発言には問題があるけど、顔は周囲を凍らせるほどに美しい。
日の光を知らないのかと思うほどに綺麗な白い肌に映える赤い瞳。
銀色の髪は、今日も周囲の色を取り込んで様々な色に輝いている。
整った顔が眼前にあることに驚きながらも、失礼な彼にじとりと目を細めた。
「もう! 失礼ですし、近いです」
「近いのには理由があってな。実はずっと気になっていたんだが、君はエプロンをどうやって着ているんだ? 目の前のリボンすら結べない人間が、どうやって背中でなんぞ結ぶ?」
「ちょっ、触らないでくださいよ! 変態っ!」
「失礼な。知的好奇心だ。よし。一回脱がしてやるから、目の前で着てみてくれ」
「ほんとに変態じゃないですかっ」
背中のリボンを引っ張ろうとするワルターさんから逃げると、「こらこらぁ」と店長が緩い声をかけてくる。
「明日嫁入りする女の子に、変なことしちゃダメだぞ~」
「よめいり?」
「そうです、結婚するんです!」
リボンを離してくれたワルターさんから距離を置く。
ワルターさんは、目を見開いて固まってしまっていた。
「ちょっと待て。結婚しても、この店は続けるのだろう?」
「続けません。下手な花束も今日で最後ですよ。はい、どうぞ」
花束を渡すと受け取りはしたものの、ワルターさんは「嘘だろう?」と呟いたまま動かない。
顔が良い彼が固まったまま動かないと、人形が喋っているみたいで……、ちょっと怖い。
「……仕方のないことだ。君が辞めてしまうことは、本当に、本当に辛いことだが、受け入れよう。今日も花かごを頼む」
ため息を吐いたワルターさんは呻くように言いながら、持ってきていたかごを差し出した。
「ワルターさんは、ほんっとアコナちゃんが好きだねぇ」
「ああ、かけがえのない存在だ」
「それはどうも」
とりあえずいつも通り受け取ったかごは、作業台の上に置く。
ワルターさんがいつも頼むのは、花束と花かご。 お客さんが持ってきた入れ物に花をいっぱいに入れる花かごは、私にしかできない特別メニューだ。
「ワルターさん、そう落ち込みなさんな。最後にはなるけど、結婚式前日のアコナちゃんの花魔法だよ? 絶対綺麗なんだからさ」
「それはそうだな! 格別に美しく、かぐわしい香りがすることだろう」
店長に励まされたワルターさんが、わくわくを抑えられない表情でこちらを見ている。
花魔法は、花を生み出す魔法。
生まれ持った魔力が合わなければ使えない、珍しい魔法だ。
私はこの魔法が使えたけど、使い道はないと馬鹿にされてきた。
そんな魔法をワルターさんは誰よりも喜んでくれる。
この時間が、私は好きだった。
「いきますよ」
寂しさを隠して、かごの上に器の形にした両手を伸ばす。
花魔法で生まれる花の種類や色は、使用者の感情に左右される。
ふたりの言うとおり、今日私が生み出す花はきっと綺麗だ。
両手に魔力を込めると、粉のような輝きが舞い上がる。
パッと勢いよくひとつめが花開いたのを皮切りに、ぶわっとたくさんの花が手からあふれ出した。
輝きと共にこぼれるのは、どれも大輪の深い青色をした花だ。
この花を見て思い浮かぶ人は、ひとりしかいない。
マティアスだ。
幼なじみで、ずっと大好きな人。
夜空色の髪を揺らして、剣の訓練をしている彼を見ていることが好きだった。
そんなマティアスに、私は明日やっと幸せにしてもらえる。
「アコナ。君はやはり素晴らしい!」
「全部青か~。なるほどねぇ。そんで、アコナちゃんは耳まで赤ね~。なるほどねぇ」
「も、もう、からかわないでください!」
にまにましている店長に、照れ隠しに手を振っていると、その手を突然握られる。
見ると、ワルターさんが私の手を握りしめていた。
「君は本当に素晴らしいよ。この手だけでも欲しいくらいだ」
「あげませんよ」
ぴしゃりと言うと、ワルターさんは「冗談だ。半分な」と手を離してくれた。
「本当に君をかけがえのない存在に思っていたよ。これは冗談ではなくな。惜しいことだが、そんな君の門出は、祝わねばなるまい。本当におめでとう」
いつも私の花魔法を喜んでくれていた彼の顔を、もう見られない。
そう思うと、急に寂しさがこみあげてきた。
「ありがとうございます。今まで、本当にお世話になりました。その、ワルターさんが花魔法を喜んでくれることが、いつもとっても嬉しかったです」
彼が花魔法を喜んでくれる姿を見て、私でも誰かを幸せにできるんだということを知った。
感謝を伝えて頭を下げると、ワルターさんは私の髪をくしゃりと撫でて微笑んだ。
「幸せになりなさい、アコナ。そうでなければ、さらいに行ってしまうからね」
いたずらっぽく笑って、ワルターさんは颯爽と店を出て行った。
羽織っていた黒いマントのフードを被ったワルターさんの背中が小さくなっていく。
結婚式前日。
彼との別れが、私に一番今日が特別であることを感じさせた。




