婚約破棄賢者~知るとするとじゃ大違い~
世界の命運を決した勇者一行と魔王軍との戦いから数年。恒久的な平和を獲得した人間たちの穏やかな暮らし。だがそこにひたひたと忍び寄る暗い影…
「何でそういうことになるのじゃ!!!」
怒気を孕んだ女性の声と共に、店の外へと吹き飛ばされる男性。よくある痴話喧嘩と高をくくっていた通行人たちは、男性が吹き飛んできた店の方を見て驚愕した。かつては勇者と共に魔王と戦い、(全知)の字で魔王軍から恐れられた大賢者イズナの姿を見てしまったのだ。まだ少女のような可憐な顔立ち。まだ少女のような可憐な出で立ち。それら全てを包み込む漆黒のオーラ。実年齢337歳の天使にも似た咆哮が放たれる。
「私の何がデメなのじゃっっっ!」
噛んじゃった。
「話をまとめると、イズナさんは素晴らしい、尊い、ごめんなさいということでしょうか?」
「まとめすぎじゃのう」
件の店でやけ食いついでに事の顛末を愚痴っていた大賢者に、そんな風に話の腰を折ったのはおっとり風女僧侶、かつては(神の祈り子)と呼ばれたトリナだった。あの戦いの後に、ささっと勇者と結婚するあたりはちゃっかり系のほうが正しかろう。したくもない愚痴の解説を、苦虫を嚙み潰したような顔で大賢者が語る。
「あなたと生きていくということは、さながら女神と添い遂げるようなもの、わたくしには恐れ多いって言ってたようだがの」
「大丈夫ですか、妄想ではなく現実を見てください」
ぶっ飛ばされたいのかと言ってイズナは続ける。
「ただちょっと、この先に待ち受けている不幸を何個か提示して、それを乗り越えるには私と共にああしてこうしてって言っただけじゃのに」
「きっと怖かったのでしょうね、その殿方」
「なぜじゃ?」
「イズナさんの意見は、未来予知や占いでもない、ただあるべき可能性ですもの」
「それの何が怖いというのだ??」
「御身のこれまでからくるこれから、全てを知られ、識られる人生…興醒めですね」
「ふんっ、相変わらずの知ったかぶり、そういうところが気に入らん…」
しかして聡すぎる大賢者は、思い当たる節をひしひしと感じていた。乞われて出会い、恋われて婚約。知られて驚き、居られず破棄。だがその回数をいくら重ねようとも、この世で知らぬことのない大賢者は理解できなかった。
「ところでトリナよ、婚約から一体どのような過程を経て結婚へと進化するのにゃ?」
それ以前の問題だし語尾も違う。