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召喚士 Ⅲ

 幸いにも特殊個体の魔蟲は少なく、疫病も無事終息に向かった頃、帝国との戦争に突入した。

 旱魃もあり随分と国力を下げていたが、早目に対策が取れた為、辛うじて迎え撃つ事が出来た。

 相手は戦争ばかりしているので国内は荒れているはずだが、その分歴戦の者も多く流石に強い。


 それから、なんかもう色々あったが、取り敢えず帝国と話し合いのテーブルに着くところまで持ち込んだのだった。


 帝国相手に和平はあり得ない。もうそういうお国柄としか言いようがない。引くことを知らないのだ。

 今回の交渉は、向こうも相当に疲弊しているので息をつこうと受け入れたのだろう。

 恐らく何か言い掛かりをつけて、おまけに大義名分が得られれば尚良しと言ったところか……。


 付け入る隙を見せないよう、こちらも策を考えなければならない。

 今回もお疲れの面々が集う会議に呼ばれてしまった。


 一国に数人いるかどうかという召喚士なのだが、戦時中は死ぬ程忙しい。何故ならば大抵のものは召喚出来るからだ。

 それ故に普段は厳しい制限が設けられているし、中には召喚に問題のあるモノもある。


 敵の武器も条件が揃えば召喚出来る。

 だが対抗する術式も存在するし、逆に罠を仕掛けてくることもあるので、ほとんど行われない。


 指揮官だって可能だ。

 ただ召喚間もないうちなら、本気で拒絶されると元の場所に戻ってしまうのだ。勇者が帰ってしまったのも、この特性によるものだ。

 敵の去り際に下手な土産を貰いたくないので、こちらもまず行われることはない。


 そうは言ってもやはり便利なものは便利で、重傷者を引き上げたり装備や糧食を運んだり、通信文や人員の移動と仕事は多い。しかし召喚士は少ない。なのに仕事はとっても多い。……凄く多い。


「だから会議に出ている暇は無いので、どうかご勘弁いただきたいのであります!」

 神殿所属で軍人ではないが、声を掛けてきた大隊長に見覚えた敬礼をビシッと決める。


「ふふ。面白い冗談だ。聞かせてくれた礼にエスコートしてやろう」

 首根っこを掴まれてズルズルと引きずられる。


 まあ皆似たような状況にあるので仕方ないか。私の願いは届かなかったが、せめて移動は任せよう。

 目を閉じて体の力を抜くと、大隊長の足がピタリと止まる。


「いい度胸してるな」


 私は即座に盾の召喚に入ったが間に合うはずもない。


 痛みと共に追加の仕事をいただき、私は『無駄な抵抗』は “無駄” ではなく有害であると学んだのであった。








 妻と子の顔も見れないまま早二ヶ月、過労死寸前で休戦協定調印当日を迎えた訳だが


「フハハハハハハ! バカな奴らだ。 さあ、武器を置け!」


 典型的な悪役の台詞を吐く敵の王子とその随身に、ウチのお飾り王とここ数ヶ月で激ヤセした大臣が取り抑えられております。


 休戦協定の場で、案の定帝国は攻撃を仕掛けてきた。

 それ自体は予想していたのだが、仕掛けてくるタイミングが想定以上に早かった。この日の為に交渉を続けたであろう担当者が気の毒でならない。


 名乗りをする前、相対する直前。

 帝国の事務官と思われる女性がいきなり脱ぎ始めたのだ。大胆すぎて意味の無いハニートラップ。あからさまな怪しい行動にこちらも警戒を強め、一挙手一投足に全員が集中しているのが分かった。緊張にゴクリと唾を飲む音が聞こえる。皆の心は一つ。

 頼む。全部脱ぐまで誰も動いてくれるな!


 しかしここでも願いは叶わず、その女性の隣にいた脂で顔がテカっている分厚い唇が印象的な肥え太ったオッサンが服を脱ぎだした。女性が戸惑ったように動きを止めてしまった。

 誰も望まぬ交代劇!!!!


 まだら毛と赤黒いボディの威力も相まり、場の注意が完全にオッサンへ向いたその一瞬に間を詰められ、ノコノコ前線に出てきていた国王と、気の毒な大臣が捕まってしまったのだった。

 何故か半裸のオッサンも取り抑えられていた。


「儂のことは構うな! こやつらを討つんじゃ!」

「黙れ! 余計な事を言うな」

「ごふっ」

 髪を鷲掴みにされている王が、なんか健気な事を言って蹴られた。実は事前に人質に取られた際の対処については検討済みで、人質に取られた場合見殺し一択だ。なんなら次の王も決まっているので問題ない。

 しかしその事を知らない王は、敵に殴られながらも檄を飛ばし時間を稼いでくれている。


 決して悪い王ではない。

 ノコノコ出てきちゃう時点で、良い王とも言い難いが。

 出来れば助けて差し上げたい。兵達もそう考えているのであろう。機会を窺っている。


 陣の外側にこっそり展開してるアレ。ホントに連れてきてくれるといいのだが……。


 調印のために設置された陣の中では防御の術式が組み込まれているため、召喚術が発動しない。

 事前の渋々、いや、自ら意欲的に参加させていただいた会議で、保険として私が外側の目立たぬ場所に術を展開することになった。


 裁定者の召喚だ。


 裁定者とは神の使いで、罪の重さを測る天秤と断罪の為の剣を持つと言われている。

 神話の話で、勿論信憑性はない。


 だが勇者召喚の実績らしきものがある。これで調子に乗った結果、有用な者が召喚される可能性があるならば試してみようと決定された。


 そんな曖昧なモノの為に、私はずーっと術を発動し続けている。


「陛下! 貴方の最期の願い、我らで叶えて見せます。陛下の死を無駄にせず、必ずや勝利をもぎ取る事をここに誓いましょう!」

「おお! 陛下万歳!! 安心して逝ってください」


 あ、いつの間にか話が進んでた。

 敵の王子が気の毒そうに王を見ている。


「お前、人望ないな……」


 口に出してしまったか。流石は帝国の王子。鬼だ。


 若干ユルイ空気が流れたその時、フッと体が軽くなる。ずっと感じていた召喚術の負荷がなくなったのに気付いた。目をやれば離れた場所で女性がすっ転んでいるところだった。

 弾みで肩に担いでいたのであろう棒の両端にぶら下げていた籠から、食べ物らしき丸い物がいくつも転がった。

 ワンピースを着た品の良い美人だが、労働者には見えない。何故天秤棒を————天秤棒?


 女は尻餅をついたまま暫く動かなかったが、ポケットからノロノロとナイフを取り出し、籠に残っていた果物っぽいものを手に取った。

 それにそっとナイフをあて————


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いってのよ!!!」

 何かを叫んで立ち上がり、足元にあった大きな実を蹴った。


 蹴られた実はスッパーンと真っ二つに割れ、恐ろしい速度で種と共にそのまま王と大臣を抑えていた王子と兵士、まだ服を整えていなかった半裸のオヤジに直撃。三人は…………三人の頭は取り敢えずついてはいた。


「裁定が下った!! 罪人どもに鉄槌を!」

 声を張り上げると、一瞬の間を置いて味方の兵が動き出す。未だ事態を理解出来ず動揺の去らない帝国兵の制圧に成功した。


 女性はいつの間にか消えていた。





 ◇◇◇◇◇





 あれから然程間をおかず、帝国は滅んだ。


 敵方にいた魔王を取り込む事に成功したのが決め手となった。

 寄生型で、人間の皮を被り帝国と手を組んでいたあやつを味方に出来たのは裁定者(?)のおかげだ。


 断罪を受けた三人には記憶の混濁が見られた。なので洗脳してみたところ効果があり、朗らかに自己紹介してくれた半裸のオヤジが魔王である事が判明したのだ。

 その際、大神官が真っ先に確認したのは “寄生先に何故オヤジを選んだか” だった。


 捉えた他の兵士から引き出した内部情報と合わせて作戦をたて、魔王の配下である魔蟲を中心に同盟国の協力を得て、とうとう完全なる勝利を収めたのだった。


 後始末が一段落し、ようやく開かれた堅っ苦しい祝勝会を終え、部屋を移動。飲み直すことになった。

 参加者は今回の戦争で苦労を共にした、過労気味裏方仲間の大神官と、洗脳までこなす職業がはっきりしない仮称翻訳術師、視界に入ったが最期いいように使い倒してくれた大隊長、オマケの魔王と私の五人だ。


 暖炉の前に各自で適当に椅子を移動して、乾杯する。

 暫しの沈黙の後、翻訳術師が口を開いた。


「やっと家に帰れますうぅぅぅ!」

「長かった、ほんっと長かったな。分かるぞ。うんうん、良かったな」

 大隊長が「お前要領悪いんだよな〜」と言いつつも、涙を流す彼の肩を叩いて慰めている。


 彼は戦後の元帝国領や同盟国との交渉にとこき使われていた。


「大隊長は、大隊長のクセに休暇取り過ぎなんですよ!」

「アホか。俺は夜中にしか帰れてないからな。泊まり込みも週に3回はあった」


「なに?! 貴方はそんなに帰っていたのか! 私は二週間に一度でしたぞ」

「大神官様は神殿に住んでるんだから、毎日帰ってるようなもんでしょーが」


「愚かな……。大隊長、貴方が嫁と絆を深めている間、私は帝国領で布教と救済の為走り回っおったのです! 神殿に住むということは、職場に寝泊まりしているに近いのですぞ。偶に帰れば、呼び出し呼び出しでとても落ち着いている暇などなかったのです! 私だって本音では結婚して嫁を取り——」


「あやつは聖職者なんだろう? 俗物だな。はははははは」

 大神官が魔王の酒の肴になっている。


 お口が滑らかになっている彼の人を止めた方が良いか……。

 だがそれはしなかった。


 私は家族に飢える大神官を慰めることが出来る。

 何せ久々家に帰ったら、妻と子に逃げられていたのだ。


 ガランとした部屋のテーブルの上に一枚の紙が置かれていて、離婚が成立した旨が書かれていた。

 唖然とし、近所に聞き込みをした結果、戦時中に何かと助けてくれていた男と出て行った事を知った。


「あんたちっとも帰ってこないからさ。戦争のドサクサで簡単に離婚が成立したようだよ。あっちも幸せそうだったし、あんたも死んだ事にされなくて良かったじゃないか!」


 良くないよね。


 丸く収まったと言わんばかりのご近所さんに言い知れぬ虚無感を味わった。


 これを話せば、大神官も職務を思い出してくれるだろうが、まだそこまで寛大な気持ちにはなれない。


 暖炉の火を見つめながらグラスを傾ける。


 二人の言い争いに魔王が時折茶々を入れる。

 発端だった術師が、輪から外れてこちらに来た。


「いや参りました。少し愚痴を聞いて貰おうとしただけだったのですが」

「大分鬱憤が溜まっていたようですね」


 改めて乾杯する。


 暫く雑談をしていると、ふいに術師が何かを思い出した。

「あ、そうだ。あれ、気付いてました?」

「何をです?」


「召喚された裁定者ですよ。あの人、勇者ですよ」

「裁定者でしょ?」

「同じ人でしたよ」

「そうなの?」


 そう言えばどちらも美人だったかな?


「間も空いてたし、あんな短い時間だったのに良く分かったね」

 相当な女好きなんだろうか。


「以前に掛けた翻訳術がまだ生きてたんですよ。自分の術の波動で分かります」

「へえ。……ねえ、その術ってどういう原理なの?」


「実は正しく翻訳されているかは分からないんですよ」

 え? 物凄い問題発言じゃないか?


「感情の動きに伴って分泌される成分と、目や筋肉のちょっとした挙動に、対象者が持った印象とか思考も反映されているようなんですけど、まだ検証が足りなくて。あ、でも今のところ大体合ってるっぽいです」


 なんか偶々出来ただけで、正直原理は良く分かりません! と胸を張る術師に不安を覚える。

 まあ問題は出てないようだしいいか。

 後で大神官に話しを通して、こっちに被害が及ばないようにしておこう。


 もう少し気兼ねなく飲めると思っていたのだが、面倒事が増えそうな予感がする。


 こんな時、暖かく迎えてくれる家族がいてくれれば、私の心はどれほど慰められただろうか。





 召喚してみようかな…………。










遅くなった上、これは明るい話ではない気がします。申し訳ございません。


次話で完結予定です。




〜大神官と魔王〜


「何故この人を寄生先に?」


「人の区別などつかん」


「いきなり脱ぎ出したのは?」


「あのメスが求愛ダンスを踊っただろう。今はこのオスの大部分を我が物とし、人間の美醜は把握した。応えるのが適当であると判断した」


「そうであったか……。しかしまだ貴方は一人の人間を知っただけで、人間の価値観や文化習慣を知ったとは言えない」


「む? 確かに」


「ですので女性と近しく接する事になったのならば、まず私に紹介してみるのが良いでしょう」


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