召喚士
この国は今、未曾有の災害に見舞われている。
日照りと長雨。拡がりつつある疫病。急激な魔物の増加——この事象から全ての魔を統率するモノ『魔王』が出現したのではないかと言われている。そして——
「勇者を召喚しよう」
真顔で阿呆な事を宣う弟王子のトラ殿下だ。
三月前まではまともだったのに、王宮で採用した平民の少女に出会ってから言動に異常が見られる様になった。
本日も絶好調で口を滑らせている。
グッとため息を堪え、召喚士として殿下に問いただす。
「殿下にお尋ね致しますが、勇者とはどういった者でしょうか」
「勇者は勇者だろう?」
鼻で笑われた。バカ王子に。落ち着くんだ私。
「殿下は勇者をご覧になられた事がありますか? 私はありません。どんな存在なのか理解出来ていないものを召喚する事は出来ません」
例えば「花」を召喚しようとする。姿形、名前が分かればこれは出来る。
しかし「勇者」とはなんだ。
勇気のある者か。そんなやつは山程いる。勇者を名乗るやつならいるかもしれないが、自称勇者がなんの役に立つ。
「具体的な条件がなければ、召喚は出来ません」
そういうと殿下は「よかろう」と頷き、自分の思う条件を挙げ始めた。
・勇気があること
・体力のある二十代であること
・数多の試練を経ていること
・伝説の武器を手にしていること
バカっぽい条件だ。
だが一応は検討してみる。
勇気は、勇者なんだからもうしょうがないとしよう。二十代、これも体力と技能・精神面のバランスを考えれば妥当と言える。
だが数多ってなんだ。曖昧にも程がある。
伝説の武器に至っては、剣なのか槍なのかそれとも他の何かなのか、私にはとんと見当がつかない。そんな伝説、聞いたことが無いからな。
これは失敗を前提に、被害が最小限で済むように根回ししておこう……。
殿下とその側近達、選考基準が謎に包まれた有識者との話し合いにより「数多」は二十代でこれだけ苦労していれば十分だろうと9回に。「伝説の武器」は、神話に登場する三叉槍を指定した。
ここまでも大分いい加減な指定だが、一番困ったのは相手を呼び寄せる為に必要な媒体だ。花なら生育に向いた土壌。ペットなら飼い主やお気に入りのおもちゃなど。
実は召喚依頼の一位は行方不明のペットで、次点は徘徊老人だ。
物語でしか見たことのない勇者の好むものなどわかる筈もない。
しかし何かを用意しなければならず、酒・肉・女・金などの意見が出たが、そんなものに釣られる勇者は嫌だという私の反対に皆納得し、無事却下された。先の見えない事態への対応に追われるなか行われた実のない会議に、皆疲れていたのだと思う。
有識者として参加していた大神官が一つの案を出した。
「聖石を使用してはどうですかな」
聖石というのは、神がその身を飾る為に利用すると言われている蒼い鉱石だ。普段は大神殿の奥に祀られている。
「勇者と関係があるのか?」
だから、そんなの分かるわけないんですよ!
暴言が飛び出しそうになる私とは違い、大神官は冷静だった。
「勿論分かりません。しかし、神事に使われる聖石に引かれるものならば『神に選ばれた』とすることも可能です」
なんかぶっちゃけだした。
大神官……貴方、金儲けする気ですね……。
勇者を人が選んだのではなく神に選ばれたとすることで信仰心を高め、神殿への喜捨を増やそうという魂胆ですね。
全面的に支持します。
今は資源も資金も人手も何もかもが足りない。
自力で出来ることをしようとするその姿勢。感服致しました!!
…………私もまた、疲れていたのだ…………。
テキトーながらも話を詰め、何とか体裁を整え迎えた召喚当日。
他国の人だったら言葉通じなくない? という誰かの発言を受け、急遽『結果的に翻訳できる』という原理のよく分からない術を使う術師を呼び出すことになった。手配に丸一日かかるらしい。
もっと早く言え! いや、何故今迄気付かなかったんだ……疲れていたからだな!
翌日術師も到着。後は召喚するだけだ。
漸くここまで来た。
話が面倒になるのをわかっていながら全てに殿下を関わらせ、責任の所在は明確にしてある。殿下一択だ。
祭壇の奥には、人の頭ほどある聖石が置かれている。初めて見た。深い蒼が美しい。
石を基点に、召喚条件を組み込んだ術を編む。
祭壇の周りに集まった人々に目をやる。
不測の事態に備えた結界に兵士、よく分からない重要な翻訳術師、大神官に政務官、それからなんか偉そうな人達と一番重要な責任者の王子とその側近達。
大神官が私を見て頷く。
よし、召喚だ。
後半シリアス風味になりそうなので、一旦ここで切ります。




