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エダ

「エダ。こんな事になって、本当にすまない」

「あはははは……」


 向かいのソファに座った男性が、私に頭を下げています。

 なんやかやで、崖っぷちから滑り落ちている最中の26才にして今、9度目の婚約解消を申し出られたところです。

 もはや乾いた笑いしかでません。


「お話は分かりました。父には、そちらから伝えて下さい」

 私の落ち着いた態度に、ホッとしたようです。


 それから間も無く元婚約者になるであろうウズラ様を(一応)見送り、一人部屋へと戻りました。


「はあああぁぁぁぁ」

 思わず深〜い溜め息をついてしまいましたが、これも仕方がないのです。本当に今回で最後だったのですから。


 最初の婚約が駄目になったのは、相手の事業の失敗が原因でした。こちらに非があった訳でもないので、次の婚約もスムーズに決まり、付き合い始めた一月後に子供が出来たという女の人が乗り込んで来ました。

 当然、破棄です。


 とんだ浮気野郎と結婚しなくて済んで清々しましたが、次の方は慎重に選ぼうという事になりました。

 そうして吟味した青年は、やはり他の人から見ても魅力的だったようで、私の居ないところで彼は有る事無い事吹き込まれていたようです。

 初めのうちは聞き流していても、ずっと囁かれ続けていれば疑いが出てくるものです。こちらとは知り合ったばかりで、まだ信用も無かった事でしょう。

 やんわりとお断りされました。


 流石に破談も三度目となると焦ってきます。周りからの評価も落ちて行くのは必然です。私は悪くなくとも、です。

 次の相手が見つかるのか……。

 不安は杞憂に終わりました。


 私は結構美人らしく、需要があったのです。良かった、良かった。


 しかしその後も破談が続きました。

 需要はあったものの、条件の良い方ほど早く売れて行くものです。少々問題のある方が続きます。今となっては、私も立派な不良債権ですね、あはは……。


 借金を抱えていたり、昔の恋人や幼馴染みと真実の愛に目覚めたり。事故死の方もいらっしゃいましたが、これはどうしようもありません。良い方だったので、とても残念でした。


 ウズラ様と出会ったのは、崖から足を滑らせ中の25歳の時です。

 結構美人とはいえ、破談ばかりの嫁き遅れです。もう後妻か好色家か、この二つの話しか来なくなり、他国に行くか一人で身を立てるか真剣に考え始めていました。


 出来ることから始めようと、まずは自分にも勤まりそうな仕事があるか調べる為に、城下町を散策してみました。

 カラッとした晴天の日に、賑やかな通りを歩いていると気分も上がります。

 当初の目的を半ば忘れ、ウィンドーショッピングを楽しんだ後、パーラーでケーキを…………


「ケーキをお願い。紅茶もね」


 メイドに指示を出します。

 あのケーキは美味しかった。今、傷付いたこの心を癒すにはケーキが必要です。

 最近は婚礼衣装を美しく着こなす為に、甘い物を控えていました。


 今日食わずしていつ食うのか!


 そんな心持ちでソワソワしながらケー、メイドを待ちます。


 ドアがノックされ、入室の許可を出します。

 澄まし顔でセットされるの見守りますが……ほああああ! ツヤツヤ苺をブルーベリーが引き立てています。クリームもとろ〜りとタップリ掛かっていますね。よろしくてよ!


 うんうん。お気に入りのティーセットに大事にしているカトラリーですね。分かってらっしゃる。良い仕事ぶりです。父に伝えておきましょう。


 用意されたフォークは、優美なフォルムに煌めく蒼い石が嵌め込まれた物で、ウズラ様に出会った時に買ったものです。

 そう、あの時は…………再び思いを馳せながらフォークを手に取ると尻餅をつきました。


 ????? え? なに?何故椅子に座っていて落ちるの? 恥ずかしい。私、粗忽者過ぎる!!


 混乱して固まっている私に声を掛けてくる人がいました。

「おお、勇者様——? 女性とは珍しい。ビーンズ国へようこそ」


 育ちが良さそうで、金持ちそうなキラキラ衣装を着た男性が私に手を差し伸べました。

 手をとって良いか分からず、フォークを握ったまま顔を見ていると、男性が私の持つそれに目を留めました。


「これが伝説の武器ですね!」

 は?

「素晴らしい! 私と結婚してください!!」

 ……ご病気でしょうか。


 展開について行けない私を余所に、結婚するならこれの所有者は私ですねと訳の分からないことを言って、手からフォークを取ろうとしました。


 これには私も反射的に抵抗します。人の物を取ろうとするような奴に私のお気に入りを渡すわけにはいきません!


 掴んできた手を振り払うと、男性はブンッと飛んでいきました。

 ——人間は、空を飛べたのでしょうか…………。


「王子!」

「大丈夫ですか」

「なんという力だ」


 あ、周りにも人が居たようです。少し冷静になって辺りを見渡せば、自分が祭壇のような場所にいるのが分かりました。


 なかなか起き上がらない鳥人男性は王子と呼ばれていますが、私のいた国の王族ではありません。ここはどこなんでしょうか。そして彼は生きているのでしょうか。私、何かの罪に問われないですよね。勝手に飛んだので大丈夫だとは思いますが。


 推定王子様は介抱されて意識を取り戻したようです。生きてて良かった。

 頭を振って立ち上がった彼は、怒り顔でこちらに向かって来ました。え? 何かする気ですか? 決して私がしたのではありませんが、また飛ばしちゃいますよ。


 警戒する私に、ビシッと指が突きつけられます。


「お前との婚約は破棄だ!!」


 まさかの10度目の破談に、思わず手にしたフォークを投げると彼の額に突き刺さりました。


 はあああ?! 何故刺さる!!

 ちょっと脅かして口を閉じてもらおうとしただけなのに。

 言い訳不可能です。王子と共に私の人生も終了です! 結婚もしてないのにこんな奴と人生を共にするなんて!!!


 周囲が騒然としていますが、私は抜いて良いかどうかも分からず、近付いてフォークを掴んだものの動けずにいると、誰かが乱暴に腕と肩に手を掛けました。

 ああ、捕らえられるんだな……そう諦めかけた時、目の前に異変が起こりました。

 王子の額から黒い靄が出ているのです。靄はドンドンと広がっていきます。


 この国の人は飛べるだけでなく、体から血ではなく靄が出るのです! 見た目は同じ人間の様なのに、衝撃です。

 とても仲良くやっていける自信はありません。捕まるところなので当たり前ですが。


 ところが、それを見た周囲の人間(らしき人達)も驚愕を露わにしているのです。

 皆が口々に「王子を助けろ」だの「呪いだ」「神の怒りだ」だの騒ぎ立てています。何処からか「魔王だ」という声が聞こえて来ました。

 何故かその声が鮮明に耳に届きました。


 敵の敵は味方。こいつをヤってしまえば誤魔化せるかも!


 明らかに異常な様子の靄人間は、この場の混乱の原因。絶対的悪。立ち向かう姿を見せる事で、私の些細な失態、王子にちょっぴりジャンプしてもらった責任も上乗せ出来るのでは。


 天啓を得た気分です。

 どうみてもあちらが悪者ですが、味方のいない私が原因にされるかもしれません。

 悪でいてもらうには余計な事を喋られては困ります。

 か弱い女性である私でも、牽制くらいは出来るはず。後はこの国の男性陣にお任せしましょう!! 美味しいとこ取り大作戦!


 先ずは唯一の武器、王子に突き刺したままのフォークを引き抜きました。

 そのまま弾みをつけて脳天へ!


 と思ったら、勢いよくジャンプし過ぎたようで、天井にぶち当たりました。痛いです。

 頭を押さえたまま落下して、真下にいた王子に頭突き。また痛みが増します。私、令嬢なんですけど。


 気が遠くなりましたが、私も命がかかっているので気合いで前を向くと、王子が若干床にめり込んでいるようです。白目になって今度は口からも靄が出ています。


 嫌だ。本当に人間じゃないようです。

 不気味ですが、この状態なら私にもヤれそうです。


 腰だめにフォークを構え、突撃します。

 パンっと言う音と共に、王子の皮が弾けました。


 いぃーやああああああああああああアアーーー!!!!!


 何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ!?!?


 パニックです。


 全く状況が理解出来ないまま、私はケーキを前にしておりました。


 え?


 手にはお気に入りのフォーク。

 見回せばメイドが目を見開いたような気もしましたが、今は普通の表情です。


 メイドにフォークを新しいものに替えてもらい、持っていた一本は処分するよう言いました。

 数が合わなくなりますが仕方ありません。


 先程とは別の、しかし同じ蒼い石のついたフォークでケーキをいただきます。


 美味しい。


 もう一度メイドを呼びます。


「悪いけど、さっきのフォークはやはり取っておいてちょうだい」


 ご縁のなかった人達の中でも、特にタチの悪かった方、そして私をダシに真実の愛に目覚めた方達を、あれで突っついて見ようと思います。


 フォークですもの。

 きっと少し突くくらい問題ないはずです。


 でもそれは明日にして。


 今はこの美味しいケーキを堪能するとしましょう。




王子の状態については三話目で触れます。

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