第二十七話「大宮・曇天その2」
埼玉県大宮駅。県民にとっての東京である。馬鹿にするな大マジだ。
ここに足を運べば服だってオシャレなものが買える(あんまり興味ないから分かんないけど)し、様々な趣味に対応した専門店もこの大宮駅周辺を探せばだいたいある。プチ歓楽街である南銀座通り、通称南銀に行けば東京の歌舞伎町のようなちょっと怖いところを体験できる。食う買う遊ぶが揃う町なのだ。
登山用品も例外ではなくここには数軒の登山用品店があり、それぞれ売っているものが違ったりする。 ウェアを中心に展開されていたり、良質低価格なアウトドアブランドの直営店、割と何でも揃う店があり、となりのさいたま新都心まで足を伸ばしてモール内のスポーツ用品店まで行けば一通り揃ってしまうのだ。
東京まで行く必要は?無いと思います。
「とりあえずテントから見てこうか」
会長の後に続いて良質低価格なアウトドアブランドの直営店へ。このブランドは他のブランドに比べて低価格であるために気づいたらこのブランド一色になってしまうことが多々ある。俺ももう少しでコンプリートしそうな勢いだった。
テントコーナーに並べられたペットボトルくらいの大きさの袋。こうやって売られているのか。というか
「ちっさいな」
「そうなのよ。だって大きかったらザック入んないじゃない」
「そりゃそうなんだけどさ」
持ち上げてみるとやはりとても軽い。こんなペットボトルくらいの大きさが人が入る空間になるのか。
「テントってさ、山岳用とキャンプ用に分けられてんのよ。山岳用は丈夫で出来るだけ軽く作られてる代わりに居住性が乏しいんだよね。キャンプ用はそこまで求める必要もないし居住性に富んだものになるわけ」
「なるほどねぇ。で、何選べばいいのさ」
「まぁ究極的に言えばとりあえずダブルウォールの使う人数プラス一人分って考えればいいよ」
「……会長、解説をお願いします」
「おうけい」
会長はメガネクイッの後に解説を始める。店員さんに聞くのが一番かなとは思ったが時すでに遅かった。
「まず山岳用のテントにはシングルウォールとダブルウォールってのがあるのさ。言葉そのままに居住となる壁が一個なのか二個なのかって話。シングルウォールはもちろんダブルウォールより軽量だね」
「でもダブルウォールを買えと」
「うん。ダブルウォールのが少し重いんだけど、基本的にレインフライっていって結露や雨水からテント本体を守ってくれるものがついてるからね。突然の雨に見舞われても安定した快適さを得られるのはこっち」
「なるほど。でも人数プラス一人分ってのは?一人用って書いてんだから別にこれでも……」
「荷物置いたりするスペース含めると狭いのよ。だからソロでも二人分は見とかないとね」
「何人ぶん買えばいいんだ?」
「まぁ二人分でいいんじゃないかな。桐生が同じの持ってたし」
「……でも吉岡も一緒だろ?二人分に三人ってそれこそ狭くなるんじゃないか?」
「……それもそうだね。果たして誰が生贄になるのか」
「聞こえ悪いなおい」
とりあえず桐生と同じモデルを購入する。このモデルのテントはレインフライが別売りだが、色にバリエーションがあるので同じモデルでも区別がつくというのが利点だ。
「あとはテントの劣化を防ぐためのグラウンドシートと、寝る場所に敷くマットも買うべきだね。大雑把にこちらが山岳テント一式にございます」
「じゃあ次はシュラフだね。こっちこっち」
並べられたカラフルなペットボトルサイズの袋。今度こそ選ぶのが難しいのだろう。
「……いっぱいあるな」
「でしょ。でもいつどこで使用するのか決まってたら選ぶのは簡単だよ。このメーカーはかなり親切丁寧に耐久温度ごとに商品が分かれてるけど、基本的に3シーズン用か冬山用って感じだね。あとはサイズだとか、自分が寒さに耐性あるかって感じ。女の子は寒いの苦手だったりするしグレードが上がったりするけど、高山はこの3シーズン用で十分じゃないかな」
冬の朝に起きられないタイプの人間なのだが果たして大丈夫だろうか。寝れればいいのか。なら大丈夫か。
「あとはこのシュラフにもカバーをつける必要も出てくるだろうけど、今回はいいんじゃないかな。思いっきり天気が荒れないことを祈るのみ」
ゲリラ豪雨が相次ぐ中では儚い祈りのように思う。
それからテントに下げる用のランタンもカゴに入れる。これで大体諭吉七人。もうすでに財布が絶命した。
「あとはテント泊用のザックだね」
「まだ買うのか……」
「だってこれ入れてさらに色々詰めなきゃなんだよ。いつものザックじゃこれでお終いになっちゃうよ」
確かにそうなのだが……。今回ばかりは試着もせずに型落ちして安くなった大型ザックを購入する。実は今背負っているザックと同じブランドに手を伸ばしたかったのだが届きそうにもなかったのだ。
用品店を出た頃にはいつか登山用品を一通り揃えた時と同じ俺がいた。いや、それよりショックが大きい。一通り揃えてテント泊にステップアップしただけだ。基本用品は揃っているんだ。なのに……何故……。
「いい時間だしご飯食べようぜぇ」
「安いとこで頼んます」
「分かってるさ。なんなら割り勘で勘弁してあげるよ」
それは勘弁してあげるとは言わない。
ともかく駅近くのどこにでもあるファミレスへと足を運ぶ。
平日でも賑わうランチタイム。中には休憩時間中にここへ食事に来て時間に追われながらハンバーグを食べる人もいるに違いない。
対して俺らはあくまでのんびりとオムライスを口に運ぶ。会長はハンバーグとチキンとサイコロステーキが乗った鉄板からちまちま肉を口に中に入れている。いっぱい食うなぁ。
「で、どこの山行くか決めたん?」
「まぁ候補はあるよ。木曽駒ケ岳に蝶ヶ岳、燕岳とか……でも最近赤岳気になってんだよ……」
「赤岳ですか」
「そう。八ヶ岳連峰最高峰の山でね、険しい岩場とかあるから初心者には向かないけど……まぁ難所って難所もないしね。テント場と小屋も近いし、テント泊って意味なら初心者向きなんじゃないかな」
「まぁいいんじゃないか。吉岡が心配だけど」
「日帰りなら心配だったんだけど、テント泊で十分休息は取れるから体力的には問題ないと思うよ。疲れなんか吹っ飛ぶくらいの景色が見れるわけだし」
「ほんならそこ行こうよ。行きたいって気持ちがあるなら行かなきゃ」
「おっ、いいこと言うねぇ。じゃ、桐生にも言っておこうかな」
彼女の名前が会長の口から出た時、俺はたまらず聞き出していた。無意識下のことだったのかもしれない。
「そういや、桐生って彼氏いたりするのか?」
「と、唐突にすごいこと聞くねぇ。どしたん急に?」
当然の反応だ。会話の流れもクソもない。聞きたい気持ちだけが先行していた俺はどうにか自然な言い訳を掬いあげた。
「いや、この前の妙義も二人だったしさ。なんか彼氏いたらその人に悪いじゃん。なんとなく気になったけど本人に聞きだせるわけないだろ?」
「そりゃそうだけどさ。でもいるわけないじゃん。男の影なんてこれっぽっちも……まさか心当たりがある?」
「いや……無いな」
「でしょ?」
脳内を駆け巡る夕暮れの光景。認めたくなくて必要もない嘘が飛び出る。
「え、何、高山桐生のこと狙ってる?」
「んなわけないだろ。あいつのことはよく知ってるつもりだよ」
「ふーん」ずぞぞぞぞ。ストローの底から音を鳴らしながら会長の瞳が大きく開く「怪しいな。二人で山行ってそれでその質問ってのはどーも怪しい」
「いや、理屈は通ってるだろ?ただ厄介ごとに巻き込まれたくないだけだって」
「ま、いいや。仮に高山が桐生のこと好きでも私は応援しないから。桐生を彼女にしたけりゃまず私を倒してからにしな」
「勝手に立ち塞がられても」
「恋のライバルだね高山。いや、私はもうラスボス級だな。ちゅーしたことあるし」
さらっととんでもないことを言ってのけたがここはあえてスルーするに限る。突っ走るのは俺も会長も同じか。
結局桐生の彼氏については雲散霧消しかけたままだ。近いうちにその姿を見ればまた嫌になるくらいには蒸し返すのだろう。
忘れたい。もうこれで終わりだと分かっているのなら忘れ去ってしまいたい。
ただ、まだ終わったわけじゃないから忘れるわけにはいかない。理想を掴む時はいつだって絶望の中にいる。今は苦汁を舐めよう。
結局晴れ間のないままに薄暗くなった地元の駅で会長と別れ、より一層寂しさが募って重くなった背中とともに帰宅した。手にぶら下げたテント泊用のザックの方がずっと軽かったろうに。
こんばんは。全身モンベルおじさんです。
ブランド名とか商品名とかって出すの躊躇うなぁ。別に貶すわけじゃないからいいんだろうけどさぁ。
せめてあとがきで言わせてください。ステラリッジ最高!他人と被りやすい以外のデメリットねぇ!!




