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翌日、タチアナはリカルド様と約束した中庭のベンチへ向かっていた。
大事に抱えているバスケットの中にはリカルド様の好きな物を沢山詰め込んである。
リカルド様…
リカルドの顔を見つけたタチアナは顔を輝かせてすぐにその名前を呼ぼうとしたが、急にしゃがみ込んでその辺の植え込みに身を隠した。
ヒロインがいる…
ヒロインの名前は前の世界では固定されていないが、今はエリカと言う名前で存在している。
その人が何故リカルド様と?
はっきり言ってリカルド様は攻略対象ではない。
どこからどう見てもモブである私たちは安全だと心の底から安心していた。
でも、攻略するのはヒロインであって、モブが勝手に好意を寄せても構わないのだ。
しかも、ここが本当に誰かがプレイしているゲームの中だとは限らない。
私が存在している時点でイレギュラーなのだから、ヒロインとモブが付き合ったとしてもおかしくはない。
平民とは思えない透き通る白い肌に真っ直ぐに人を見つめる大きな瞳、表情が豊かで誰もが守りたくなるような少女。
リカルド様にも貴族のご令嬢が見せないような満面の笑みを浮かべている。
その真っ直ぐな好意が男性の方々を惹きつけているのだ。
私…あんな風にリカルド様の前で笑えていたかしら。
リカルド様が心惹かれても仕方ない。
私はあんなに可愛くはなれない…
タチアナがリカルドとエリカの二人から背を向けて考え込んでいると、ガサッという音と共にタチアナは太陽の光の下へと露わにされた。
「リカルド様…これは、違うんです!邪魔しないようにと…」
タチアナを植え込みの中から見つけ出したのは、何を隠そうリカルドだった。
「そろそろ来ないかなって思っていたんだ。ちょうど良いから紹介しよう。」
タチアナは気まずいと思いながらも、変わらず優しい笑顔のリカルドがわざわざ見つけに来てくれたことが嬉しかった。
本当なら無視して二人の時間を楽しむ手もあるのにだ。
婚約者を持つ男性は大体そうしてエリカに構っている。
でも、リカルド様は誠実な方だから…
「…お話の途中にすみません。」
エリカに向かってタチアナが頭を下げた。
通常ならば貴族は身分の下の者、特に平民なんかに頭を下げたりしないのだが、ここは学校である。
流石に上の方には気を使うが、タチアナは学校の中では皆等しく勉学に励む者同士だと思っているので、躊躇いはなかった。
「いえ、大丈夫ですわ。こちらこそリカルド様をお借りしてすみません。」
そう言ってエリカはタチアナに向かっても満面の笑みを浮かべた。
なんだろう…
エリカの言葉や態度に違和感を感じてしまう部分がある。
「こちら私の婚約者のタチアナ・ベルルーシ嬢です。そしてあちらが友人のエリカ・シエンタ嬢です。」
リカルドがタチアナの腰に手を当てて紹介する。
タチアナはぼーっとしていたのでビクッと肩を震わせると慌てて挨拶をした。
「リカルド様にご紹介頂きましたタチアナ・ベルルーシと申します。以後お見知り置きを。」
「こちらこそ、よろしくお願いします、タチアナ様。タチアナ様の婚約者であるリカルド様にはとてもお世話になっておりますのよ。」
エリカの笑顔がタチアナに突き刺さる。
こんなにも面白く思わないのは私の性格が悪いからだろうか。
きっと、自分は逃げてしまったけれど、エリカ様の悪口をおっしゃっていた方たちと心の中にそう違いはないのかも知れない。
「それじゃあ、私たちは一緒に昼食を取る約束をしていたので…」
リカルドの言葉にタチアナがホッと胸を撫で下ろした。
これ以上一緒に居たら心が真っ黒になってしまうわ…
「よかったら、ご一緒しても?」
エリカの言葉に、タチアナは固まってしまった。
せっかくのリカルド様と二人で昼食なのに…
「エリカ様は誰かお待たせなのではないですか?」
リカルドは言葉を返す。
そうよね、あれだけ人気者のエリカ様なら先約があるはず!
「でも…私、女の子の友達が少ないから…できたらタチアナ様とお友達になれたらな、って…」
タチアナは自分の心に負けないように、精一杯笑う。
「…ちょうど…張り切り過ぎまして…いっぱい作り過ぎたところだったのです。」
うまく笑えているかしら、私。
タチアナは振り絞るようにそう言った。
「まぁ!タチアナ様の手作り!?食べてみたいです!」
エリカ様の笑顔は私と違ってまっさらな笑顔だわ。
タチアナは自分の胸に潜む黒い感情の奥底でチクリと痛みを感じた。
「それならばなおのこと他の方にお譲りすることはできません。折角婚約者であるタチアナ嬢が作ってくれたのだから、余すところなく食べなくては。すまないね、シエンタ嬢。今度私が主催致しますので、その時ご招待します。」
リカルドがタチアナの肩を抱いて話す。
「…ふふふ…仲がよろしいのですね。次の機会を楽しみにしておりますわ。リカルド様ったら、私がタチアナ様と仲良くなっても妬かないでくださいね。」
嬉しい言葉たちが並ぶ中でまた少しだけ気になる言葉はあったが、タチアナはなんとかやり過ごすことができたことに安心した。