ラキア……!
俺は次第に、ラキアの事が心配になってきた。
1回戦はエリーナと戦うことになっている。それはつまり、実力が倍以上ある奴を相手にするということ。正直にいえば、勝てる見込みはないと思っていた。
あいつの頑張りも、所詮は無駄か。何度かその言葉が浮かんだが、俺は何度もそれを否定した。しかし、否定しても、否定しても、俺の中から不安は消えてくれなかった。
応援に駆けつけようか。しかし、そんな事をしてなんになる。どうせ無駄だ、自分はあいつの力にはなれない。
無駄ならば、やらない方がいい。どうせ失敗する、どうせ何も実らない。次第に俺は、その言葉を連呼していた。
『さて、名前はなんでしたっけ? ……そうそう、ムダさんでしたね。何ともまあらあなたらしい名前です』
ユキアスの言葉を思い出した。全く、その通りだ。この苗字は俺のためにあるようなものだ。ふっと笑うと、俺は、自分の名前の由来を思い出した。
『――カツヒト、っていう変な名前はね』
母ちゃんの言葉を思い出す。俺はゆっくりと、顔を上げた。
『どんなに無駄だって思える状況にも、諦めず、そして最後には勝ってくれる。そんな願いを乗せて付けた、大切な名前なの』
――無駄に打ち勝つ人、それが名前の由来だった。
名前の由来なんて、クソどうでもいいだろ。俺は一瞬、そう思ったのだが。昔、俺はこの由来を聞いた時、確かにこの名前を、好きになったんだ。
そうだった。俺がこの名前を変えようとさえ思わなくなったのは、母ちゃんが付けたこの意味が、好きだったからなんだ。俺は、それを思い出すと、ゆっくりと立ち上がり、扉の前に立った。
開け放たれた扉から、光が差し込んでいる。目が痛い、だがこの向こうに行けば、きっと俺はラキアの応援に行ってしまう。
それは、いい事なのか? 俺があいつの応援に駆けつける資格はあるのか?
結局の所自分を投影して、ラキアに俺の代わりを務めさせていた、そんなクズの俺が、ラキアの応援に行っていいのだろうか? 俺は扉の向こうへ行くのを、ためらった。
――そう言えば、ラキアが言っていた。
『私の部屋にある、ノート。……よかったら、見ておいてよ』
――部屋にある、ノート? それに一体、何が書いてあるんだ?
俺はドアから覗く廊下を見つめた。大丈夫だ、応援に行くわけじゃない。ちょっとラキアの部屋に入って、ノートを確認するだけだ。
俺はためらっていた足を、踏み出した。光が全身を照らす、頭がじんじんと痛くなった。
隣の部屋へと移り、俺はラキアの部屋の灯りを付けた。この世界の灯りは不思議な道具を使っており、スイッチのようなものを押すと簡単に光で部屋が満たされるようになっている。
俺はラキアの机に置いてある、一冊のノートを見つけた。
革で表紙の作られた、この世界らしいノートだ。俺は「ラキアポイント」と書かれたそれを開き、そしてページを最後の方までめくると、驚きのあまり瞠目した。
俺への、ラキアポイントに関しての記述が細かくなされていた。
『人間→ラキアポイントマイナス2。人間の時点で私は嫌いだ。それに、あいつ、態度が生意気だ。ムカついたから初対面なのにマイナス2ポイントにしてやった。ざまあみろ』
『人間→ラキアポイントマイナス5。揚げ物をおごってやったのに、借りは返すとか、生意気! そこはしっかり奢られてろよ! 私はあいつが悶々としている様を見て楽しみたかっただけなのに! しかもあいつ、揚げ物全部食べやがった! むむぅ!』
「なんだよ、このふざけた日記は……」
俺はページをめくる。
『人間→ラキアポイントプラス7。不本意だが、あいつは私に勉強を教えてくれた。人間相手だが、感謝の気持ちを忘れちゃいけないな。おかげで覚えられなかったところがわかったよ』
『カツヒト→ラキアポイントプラス20。私を慰めてくれた! でもその後私をからかったからマイナス25してやった! ……悪いことしたかな?』
『カツヒト→ラキアポイントマイナス3。私を褒める時、すっごく悪意があった! まあでも、あいつはああいう奴だ。叱ればきっと、直してくれるに違いない』
『カツヒト→ラキアポイントマイナス。でも、何ポイントマイナスにするかは言ってなかったし、今思うとマイナスにする必要はないな。だから、今回は許してあげる! ラキア様は心が広いからな!』
「ガキかよ、あいつ。こんなどうでもいいこと、真剣に書きやがって……」
俺は思わず吹き出した。ラキアはやっぱり、ラキアだ。まだ中学生くらいで、子供っぽくて、でも優しい面がしっかりある。
俺は次のページをめくった。そこには、今までとは比べ物にならない程の長文がつづられていた。
『カツヒト→ラキアポイント、一気に100! お父さんと私を仲直りさせてくれた! 本当に嬉しい! ずっとずっと確執のあった私たちを、もつれた糸を、カツヒトがほどいてくれた!
お父さんはお父さんで、私のことを考えてくれていた。その心が知れて嬉しいし、これからはお父さんが面倒を見てくれる! これも、突然やってきたカツヒトのおかげだ! 私はやっと、いろいろなことが報われた気さえするよ!
ありがとう、カツヒト。お前がいなかったら、たぶんずっと仲直りできなかったよ。今度、絶対にケーキを奢ってやる! いらないって言われても、口の中に突っ込んでやるんだから!』
「……ラキア……」
『次の武闘大会――絶対に活躍してみせる! カツヒト、見に来てほしいな。何があっても、私はカツヒトの事が大好きだから。応援されたら、それはきっと力になるよ』
――ラキア。俺はあいつの気持ちに触れ、やっと、自分がどれだけ愚かだったかを理解した。
無駄かどうか、それは確かに大切な指標だ。だが、そんな事を言っていたら何も行動出来ない。
大切なのは――無駄かどうかじゃない、とにかく動く事だ。それがたとえ徒労に終わっても、それが誰かを、俺を、一歩前に進ませてくれるのなら――。
俺はラキアのノートを閉じた。
「――行こう。何も出来ないけど、何もしてやれないけど……俺はあいつを、応援するべきだ!」
俺は部屋を飛び出し、闘技場へと駆け出した。距離はそこそこだ、果たして間に合うか?
いや、違う。間に合うかどうかじゃない。とにかく走ることだ。俺は一心不乱、全身全霊で駆け続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
「それでは、2年生の部、1回戦を開始します!」
ラキアはステージに立ち、首や肩を伸ばしていた。
ここが正念場だ。目の前であくびをしたり、観客席に手を振っているエリーナを、どうにかしてぶっ飛ばさなければ、一勝はありえない。
緊張を落ち着かせようと息を吐く。胃はまだ少し痛む、頭は不安で潰れそうだ。だがどうした、もうここに立った時点で、自分に逃げ場なんてない。
ラキアは手足を振り、力を抜いた。大丈夫、大丈夫。私はやれる。私はできる。
「それでは、1回戦――」
審判が大声を出した。エリーナはふふんと笑うように突っ立っていた。対してラキアは、構え、獲物を狩る肉食獣のように目をいからせた。
「はじめ!」
ラキアは瞬間、地面を蹴りエリーナとの距離を詰める。
ここが、私の努力の晴れ舞台だ。ラキアは思いを胸に、エリーナへと挑んでいった。




