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武闘大会

 俺は独り、与えられた部屋に篭っていた。


 ベッドの上に座り込み、ただ下を見つめるだけ。部屋を暗くして、明かりが一切入ってこないようカーテンも締め切った。


 結局、俺はクズのままだ。ラキアや魔王に会わせる顔がない。部屋と共に気分まで暗くして、この世から消えてしまいたい気持ちを抱えた俺は、ずっと、ずっと、その場に座り込むだけだった。


 と、突然。部屋のドアが、ノックされた。


「カツヒト、いるの?」


 ラキアの声だ。俺は、何も答えなかった。


 と、直後。ラキアは扉を開けて、俺の部屋に入ってきた。


「鍵、閉めたはずなんだが」

「この城は私の家だぞ? マスターキー位持ってるよ」


 ラキアはそう言いながら、鍵の付いたリングをくるくると回した。

 余計なお節介だ。俺はラキアから、目をそらした。


「ねぇ、カツヒト。今日、武闘大会だよ。私、絶対エリーナに勝ってみせるから。だから、カツヒトも応援に来てよ」

「……無理だよ。俺にお前を応援する資格なんてない。そもそも、お前を慰める資格さえ無かったんだ。結局何も生み出さず、結局何もしてこなかったクズ。そんな俺が、お前に期待してたのは、俺の代わりに結果を収めてくれっていうただの自己投影だったんだ。

 俺はお前を利用しようとしていた。それだけで、俺がしてきたことを否定するには十分だ」

「――カツヒト」


 ラキアは、ショックを受けているのだろうか。まあ、受けて当然だ。クズと言われるのなら甘んじて受け入れる。俺はラキアに目を向けることが出来なかった。


 と、ラキアは。


「そんなの、どうだっていいよ」


 笑いながらそう言った。


「私は、カツヒトの事が大好きだよ。だから、応援に来てほしいんだ。私、頑張るから。だから――」

「嫌なんだよ、お前を応援するのが。これ以上、俺に惨めな思いをさせないでくれ」


 俺が言い放つと。ラキアは、「そう、だね」と呟いて、部屋の出入口まで移動してしまった。


「ね、カツヒト」


 と、ラキアはまた俺に語りかけた。


「私の部屋にある、ノート。……よかったら、見ておいてよ。私はもう、行かなきゃいけないから……」


 ラキアは「絶対だよ!」と付け加えると、そのまま部屋をあとにしてしまった。


 残ったのは静寂のみ。部屋の戸を閉めに行く気力すらない、俺はただ呆然と、ベッドの上に座り込んでいた。


◇ ◇ ◇ ◇


 ファンファーレが鳴り響く。ラキアは闘技場のステージの上で、武闘大会開会式に出場していた。


 魔族の生徒達が列を作り並んでいる。ラキアはその列の最前線におり、威風堂々と背筋を伸ばし長い校長の話をしっかりと聞いていた。


 やがて、開会式が終わると、武闘大会が始まった。試合の方式はトーナメント性で、ラキアたち2年生の部は1年生の部が終わってから始まる形式となっていた。


「おーっほっほっほ! ラキアさん、昨日見ましたわよ! あの人間の無様な姿!」


 ラキアの隣からエリーナが語りかける。ラキアはムッとした表情をしたが、その声を無視して現在行われている試合をじっと見ていた。


「やっぱり、あの人間は低俗でしたわね。わたくしのお父様に手加減された上ボロボロに負け、挙句公衆の面前で土下座までさせられたのですわ。あれほど愉快なことはありませんでしたわ! それにしても、ラキアさん。あなたの友人であるあの人間はどこに行ったのかしら? あ、そうね、あんな事があったんじゃあおめおめと外に出ることもできませんですわねー! ああ、悲しいですわね。わたくしがラキアさんに快勝する姿を見せつけられないのは――」

「黙ってよ、エリーナ」


 ラキアは苛ついた様子でエリーナに語りかける。


「前から思ってたんだけど、あんたってうざい。そのうち友達失くすよ? ……それに、カツヒトは低俗じゃない」

「あら? ではなんですの?」

「カツヒトは……私の、大事な人だ」


 ラキアが言い放つと、エリーナはさらに高く哄笑した。


「あの人間が大事な人? やはり、低俗は低俗に惹かれ合うのですわね! おーっほっほっほ!」


 ――落ち着け。後でぶっ飛ばせばいいだけだ。ラキアは貧乏ゆすりをしながら、今行われている試合に集中した。


◇ ◇ ◇ ◇


 昔、小学生の頃か。俺は面倒くさい宿題に鉢合わせた。


『自分の名前の由来を聞いてきなさい』


 どうやら、クラスで発表するらしい。俺は自分の名前が嫌いだった。あまりに語感の悪い「カツヒト」という呼び名、それが頭の悪い物にしか思えなかったからだ。


 名前を変えられるのなら、絶対に変えてやる。そうとまで誓っていたはずだったのに、結局今も変えずにいる。


 なんでだったろうか。確か、あの時聞いた由来が、俺の中で何か、大きな何かを生み出したからだったはずだ。


 ――まあ、こんなことを考えているのは、とどのつまり現実逃避なんだがな。俺は暗い部屋の中で、呆然と天井を見ていた。


 開け放たれたドアから光が入ってくる。鬱陶しいが、今は何もしたくない。俺はやはり、ただベッドの上に座り込むことしかしていなかった。


◇ ◇ ◇ ◇


 1年生の部が終わり、今はステージの清掃をしている。ラキアは係りの者が、つい先程までの戦いの後処理をしているのを黙って見つめていた。


 次に戦うのは自分だ。ここでエリーナに勝たねば、自分はカツヒトに顔向けできない。尋常じゃないプレッシャー、そして緊迫感がラキアの胸を圧迫していた。


「ラキアさん? とうとう始まりますわね、あなたの敗北が」


 エリーナが話しかけてくる。ラキアは席を立ち、彼女から離れるように移動した。


 不安だ。練習に練習を重ね、今は共鳴も、目標だった7に届いている。しかし、エリーナはその倍は共鳴をさせることが出来るのだ。


 勝てる見込みは正直少ない。だからと言って、負けるわけにはいかない。不安はいつの間にかラキアの眉間にしわを寄せさせていた。お腹が痛む、口元が歪んでいく。


「ラキアよ」


 と、ラキアの後ろから声が聞こえた。振り返ると、そこには魔王がいる。ラキアは魔王の姿を見て、顔をほころばせた。


「大丈夫だよ、お父さん。私、しっかりやってくる」

「うむ。……普段通りが、一番だからな。良いか、ラキア。全力を尽くせ。勝利とは常に、全力で戦った者の手に渡る。我はそう、考えておる」

「それは、うん。そう信じておくよ」


 ラキアは笑った。父親の言葉が、自分の心を楽にさせてくれている。そんな実感が、確かにあった。


 ふと、ラキアはあたりを見回した。


 大会で負け、悔しそうに座り込む者。一方で気にしてなさそうな者。親や子供たちの騒がしい声、禍々しい空。特別なこととはいえ、様相は日常と変わらない。


 ただ、違うことがある。

 カツヒトは、いない。自分をずっと応援してくれた人間が、いまこの瞬間、この時は観客席に来ていない。


「――大丈夫。きっと、来るから」


 ラキアは笑った。自分を信じた人間を、必ず信じようと。

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