その鼻っ面、叩き折ってやる
次の日も、俺とラキアは城の裏の森で修行をしていた。いつもと違うところは、俺たちに加えて魔王が手伝いに来ている事だ。
魔王は流石実力者なだけあり、ラキアに対しての共鳴の指導もわかりやすかった。そんな教育のかいあってか、ラキアは今までの伸び悩みが嘘のように、力を身につけていった。
「見て見て、カツヒト! 私、5つも共鳴できるようになったよ! たった一日で!」
「おお、すげぇな! ……共鳴したかどうかって、傍から見てわかるのか?」
「共鳴させようとすれば、マナの繋がりが見えるようにはなるけど……そっかぁ、カツヒトには見えないよね……」
「ま、まあ、俺は明明後日の武闘大会が終わってからだな。それまでは、魔王から指導を受け続けろ」
「わかったよ、カツヒト。ありがとう!」
ラキアはそう言って尻尾をブンブンと振る。俺がラキアのそんな様子に笑っていると、突然魔王が「おい」と話しかけてきた。
「カツヒト、何を笑っている?」
「え? いや、あんたの娘はかわいいなーって」
「ふはははは、我が娘のかわいさにやはり貴様もあてられたようだな。かわいいだろう、かわいいだろう」
「ああ、かわいいかわいい」
「ちょっと、お父さん! カツヒト! あんまりそういうの言わないでよ!」
ラキアは顔を真っ赤にして尻尾を激しく振っていた。俺と魔王は、そんなラキアを見て2人一緒に「かわいい」と言った。
ラキアは怒って俺に殴りかかってきた。あまり痛くしないような殴り方に、俺は思わず笑ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
その後、魔王は仕事があるからと執務室に戻り、俺とラキアは市場へと来ていた。
露店が立ち並び、活気に満ちている。魔族のおっさんやおばさん方が大きな声を上げ、手を叩きながら、客を1人でも引き込もうと必死になっている。
俺たちがここに来たのは、弁当屋に寄るためだ。それと、ラキアが文房具を買いたいと言っていたためその店にも寄ることにした。毎日使っているノートが切れてしまったのだという。
俺達が歩いていると、市場の向こうから見覚えのある姿が近づいてきていた。
ユキアスとエリーナだ。あのクソナルシスト教師(笑)と生臭生意気ちんちくりんに出会ってしまえば、確実に面倒なことなる。俺はラキアの手を引いて、「行くぞ」と進行方向を変えた。
しかし、その途端に「あらあらー! ラキアさんじゃないですのー!」と声が聞こえた。やべぇ、こっちに来るぞ。
「あらあらあら、人間なんかと手を繋いじゃって、あなた達ってそういう関係ですの?」
「なわけねーだろ、はっ倒すぞクソガキ。わざわざ絡んでくるんじゃねぇ」
「あらあら、わたくしをクソガキですって? お父様ー! こっちへ来てくださいませ!」
エリーナがユキアスを呼ぶ。と、ユキアスはこっちへ向かってきて、俺たちの姿を視界に入れると「はぁ」とわかりやすくため息をついた。
「なんだよ?」
「いえ、またあなたのような頭の悪い人間と会ってしまうとは、今日は最悪の日だと思っただけですよ。それにしても、以前注意したのに直ってないのですね。人の娘をクソガキなどと呼ぶとは」
「うっせぇ」
俺は大きく舌打ちをした。こいつの顔は見るだけで反吐が出る、俺はラキアの手を引きさっさと目的を達成してしまおうと考えた。
しかし、ユキアスが、ラキアに話しかけてきた。
「ラキアさん。――その後の様子はどうですかね?」
ラキアは尋ねられた途端、心臓を掴まれたように跳ね、そしておどおどと目を泳がせた。
やがて、ラキアは「きょ、共鳴を……5つまでなら、できるようになりました」と言うと、ユキアスは大きく嘆息した。
「あのですね、ラキアさん。なぜあなたはそうも力がないのですか?」
俺は反射的に「黙れよ」と言う。ユキアスは「今は私とラキアさんの話です」と、俺を蚊帳の外へ追いやった。
「ラキアさん? ずっと気になっていたのですが、あなたは本当に努力しているのですか?」
「し、してます! ま、毎日勉強してます、マナの扱いだって何とかしようとしてます!」
「――それで、たかだか共鳴5つ、と。あなたの言う頑張りとは、ほんのちょっと何かをすればそれが努力だとか、そんなレベルではありませんか?」
俺は反射的に「おい!」と怒鳴った。市場の人々が俺を見てくる、そんな視線が気にならないほどに俺は頭に血が上っていた。しかしユキアスは、俺の怒声を無視した。
「ラキアさん。努力は私たちを裏切りません。となると、あなたが結果を出せないのは、『努力が足りないから』に他なりません。いいですか、たかたが5つ共鳴できたところで何になるのです? エリーナはもう、15は共鳴状態に持っていけるのですよ? 私のように、100とまでは言いませんが、もっと頑張らないといけないのではありませんか?」
「はい、はい……そのとおり、です」
「わかっているのなら、なぜこんな所で遊んでいるのです? なぜあなたはそうも怠け者なのです? ほら、さっさと家に帰って勉強なさい。さあ、さあ」
瞬間。俺はユキアスの頬を叩いていた。
「黙れって言ってんだよ、聞こえねぇのか?」
市場がざわざわとし始める、俺はユキアスを殺しかねない勢いで睨みつけていた。ユキアスは、叩かれ赤くなった頬をそのままに、俺の方をじっと睨みつけた。
「はぁ、結局暴力に訴えるのですね。やはりあなたは、大馬鹿者です」
「そーだな。殴んのはよくねーよな。でもよ、てめえが言ってる言葉はそんだけのことに値するって自覚、しっかり持てよ」
「言葉で反論出来ないから暴力に訴える人間の見苦しい言い訳ですね。あなたがどれだけ低俗か、今の出来事ではっきりしました」
「ああ、じゃあそれでいいよ。だが、1つ、言わせてもらう」
俺は、ユキアスに人差し指を突きつけた。
「ラキアに対して言った、全部の言葉――訂正しやがれ」
「はっ! 私は正しいことを言っただけですよ?」
「正しくねーから訂正しろって言ってんだよ。相手より上の立場に立つことしか考えてねークソナルシスト野郎が」
ユキアスは「ふむ……」と呟いた。眉間にしわがよっている、しきりに顎を撫でている。イライラしているようだ、しかしそれでもこいつは何か、冷静さを保とうとしているような雰囲気があった。
「――まあ、反論はもうしませんよ。あなたがどれほど低俗がわかった時点で、相手にするのは無駄。ならば、もう無視をするしか……」
「逃げるってわけか」
俺はそう言って「はっ!」と笑った。ユキアスの眉間が明らかにピクリと動いた。間違いない、今俺はこいつの逆鱗に触れた。
「だって、そうだろ? 俺と真っ向から勝負したところで勝てねーからそうやって逃げるんだろ? なあ、何か言い返せよ?」
「訂正しなさい。いくら私でも、あなたのような者に舐められるのは腹が立ちます」
「ほう? てめぇの発言は訂正しねー癖に、俺の発言は訂正させるのか? どんだけ都合がいいんだよおめーは!」
俺がドンとユキアスの胸を押すと、ユキアスは不意をつかれたようによろめき、尻餅をついた。「くっ……」と屈辱に歪んだような顔をすると、ユキアスは立ち上がり、そして、
「……明日、私と決闘なさい」
俺に妙な話を持ちかけた。
「私があなたをどれだけ取るに足らないものと考えているか――それをわからせてあげましょう。私が勝ったら、あなたは土下座して私に詫び、そして発言を訂正なさい」
「――わかったよ。じゃあ俺が勝ったら、お前はラキアへの発言を訂正するんだぞ?」
「いいでしょう。約束します。場所は、そうですね――今度の武闘大会のテストも兼ねて、学校に用意してある闘技場でどうでしょうか?」
「わーったよ。……てめぇのその鼻っ面、叩きおってやる」
「威勢がいいですね。良いでしょう、ではまた明日。ふふふ、楽しみですね――」
ユキアスは一度笑うと、そのままエリーナを連れて俺たちの前から去っていった。
不快だ。俺は苛立ちに髪をかき上げる。市場の人々は困惑しながらも、やがて何事も無かったかのようにまた喧騒を生み出していく。と、ラキアが突然、俺の服を引っ張った。
「悪いことは言わない、カツヒト。今すぐにでも謝って、勝負の約束を取り下げてこい」
「ああ? なんでだよ? お前の問題なんだぞ?」
「どう考えても勝てないからだよ! 大勢の前で、恥かかされて、笑われるのがオチだ! 私の事は大丈夫だから! 慣れてるし、バカにされるのも、ああやって否定されるのも……」
ラキアの目は潤んでいた。その目が誰のために向けられているか、それを想像するのは簡単だった。
そう、俺のためだ。こいつは俺を本気で心配しているからこそ、こうして泣きそうな顔になっているんだ。
「――心配すんな、ラキア」
俺は、ラキアの頭に手を置いた。
「俺は、絶対にあいつをぶん殴ってやるからよ。そんで、お前を否定した全てを訂正させる。だいたい、俺のがお前より、バカにされるのは慣れている。大丈夫、俺は絶対やってみせるから」
俺はラキアの頭を撫でた。
正直なことを言えば、自信なんてなかった。だが、そんな事でラキアをバカにされたことを、見過ごせるわけがなかった。
勝負は明日。俺はその日、あいつの鼻っ面を叩き折るため、ずっと共鳴やマナを増やす練習をしていた。




