魔王の教育、あるいは愛ゆえの過ち
1日修行特権を行使してから既に8時間は経過した頃。俺はラキアと共に森で特訓をしていたわけだが、ラキアも俺も、何1つとして前進していなかった。
「ぬわああああ! 共鳴って難しいなおい!」
「んむむぅ、本当にそれだよ! 未だに共鳴させられる数が『3』から変わらないよ! これ、まずいんじゃないかな、まずいんじゃないかな?」
「くわあぁ、せめて教えてくれる人がいたらなぁ! 俺には何もできないし、コツとか知らせてくれる奴が1人いたらそれだけで……」
俺はたまたま横を向いた。そしたら、木の影に何者かが隠れているのをたまたま発見した。
そこにいるのは、間違いない。魔王様だ。禍々しいオーラを出しながら、俺たちをじっと見ている。怖い怖い。
「カツヒト、どうしたんだ? 横なんかじっと見て」
「あ、あっはっはー! なんでもないよ!」
俺はそう言いつつ横を見る。魔王のやつ、なんかホッとしてやがる。これあれだな、『バレたと思ったけど実際そうでもなさそうだなら安心した』って感じだな。いや、バカかよバレてるよ。
「ちょ、ちょっと俺トイレな、ラキア!」
「うん。行ってらっしゃい」
俺はラキアに手を振ると、一目散に木の影に向かって走った。瞬間、魔王はギョッとした顔つきになって、木の影から飛び出しそれはもう恐ろしいほどの速さで逃げていく。追いつけるわけねーだろ。
だが、しかし。魔王に追いつけなくとも、問題は無い。ようは「あいつと話ができればそれで十分」なわけだ。俺は突っ走って、突っ走って、城の中に向かった。
城へ入った後は、魔王がいそうな「執務室」へ向かう。
やはりというか、案の定魔王は大きな机の前に座っていた。俺は魔王に「よっ」と声をかけると、魔王は「うむ」と返事をしてくれた。
「何だ、カツヒトよ」
「あのさ、魔王さん。あんた、なんで俺らの方見ていたの?」
単刀直入に聞く。魔王は「むむぅ」と1度唸ると、頭を抱えた後、観念したように正直に話し始めた。
「手をかそうか迷っていたのだ」
「え、迷うところか? 貸してくれよ、手」
「ならぬ。我は魔王! 我が手を貸すのは、言ってしまえば反則なのだ。絶大な力、そして勇者を凌駕する知恵。全ての揃った我が、娘に施しをするなど、あいつのためにならぬ」
「いやいや、おかしいだろ! 普通、娘に手を貸すのが父親ってもんだろうが!」
「ならぬのだ、カツヒトよ。
よいか? 手を貸すのは容易い。しかし、だ。我は、ラキアには自身で強さを手繰り寄せて欲しいのだ。別に誰かが協力するのは構わん、だが魔王である我が協力するのは、平等ではないのだ。環境により有利に立ち、それで次代の魔王にでもなってみろ。不平不満が溢れかえるぞ。ああ、所詮は血筋によるものなのか、と」
俺はそれを聞いてグッと黙り込んだ。納得したのではない、魔王の言葉があまりに突飛で、それに驚いてしまった。
「……現在、魔王は血筋ではなく実力でのし上がる形で次代が決まる仕組みになっている。我はそれに対して不満はない、むしろ肯定している。結局、力のある者が上に立つべきなのだからな。
しかし、魔王の教育を娘にほどこすとなると、周りのチャンスが潰れてしまう。それは、あってはならぬ。平等とは、すなわち、誰にでもチャンスがあることなのだからな」
納得いかなかった。血筋が云々ではない、娘に教育を施すのは間違っているという発言にだ。
確かに、魔王が娘に教育を施すのは反則かもしれない。だが、それで周りのチャンスが潰れるかというと、そうではないと思った。結局それは、そいつの才能や環境次第であって、魔王の教育とは無関係の所にあると思ったからだ。
だからこそ、俺は。
「なあ、魔王さんよ」
「なんだ?」
「あんた、おかしいだろ。娘に教育をほどこしたところで、周りのチャンスは潰れない」
「……むむぅ、それは……言われてみるとその通りだが」
「大体がだな。環境を利用するのは努力の一つの形だ。魔王の娘、その地位を利用して一体何が悪いってんだ? それで実力が付いて、次の魔王になるのなら――それは、当たり前なんじゃねーのか?」
魔王は「むぅ」と唸り、頭を抱えた。
この魔王は、あまりに不器用だ。娘への愛が、間違った教育を生んでいる。俺はそれを実感して、最後にこう言った。
「なぁ、魔王さんよ。あんたはな……魔王である前に、父親だろ?
ラキアはきっと、今もあんたのこと待ってるよ。言ってたろ? 『何もしないのなら帰れ』って。つまり『何かしてくれるのなら一緒にいてほしい』ってことなんだよ。
ラキアに必要なのは、俺じゃない。他ならぬあんたなんだよ。だから、あいつの頑張りを見て、あいつの頭を撫でてほしい」
「……」
「言いたいことはそれだけだ。俺はもう、ラキアの所に戻るよ。……どうか、あいつと向き合ってほしい。魔王としてではなく、父親として」
そして俺は、執務室を出た。
何も言わず、廊下を歩く。しばらく歩いて城を出て、後ろの森に行って、ラキアが共鳴の練習をしている現場にまで戻り、そして俺は笑った。
「すまねぇラキア、遅れたぜ。これがもうすっげぇ極太でよ」
「そんな話聞きたくないよ! ま、まあでも大分急いでたみたいだし、仕方ないといえば仕方ないな、うん。さあ、練習に付き合えカツヒト! 私はまだまだ満足していないぞ!」
「おうよ、付き合ってやるぜプリンセス!」
「キモい。その言い方はやめて」
「いいじゃねーか、事実なんだし!」
俺はそう言ってラキアの頭を撫でた。ラキアは俺のことを、不思議そうに見つめていた。




