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低俗のほざき

「ぬわー! やっぱりここまでが限界だよォ!」


 ラキアはそう叫んで頭を抱えていた。ラキアの周囲には、葉っぱやら石やらガラクタやらが置いてあり、おそらくは共鳴の練習に使っていたであろうことが伺えた。


「うーん、共鳴の感覚はわかんねーけど……あんまり芳しくねぇみたいだな」

「むぐぐ。こんなんじゃあまともに戦えないよ。切り札は一度使うともうろくな魔術が使えなくなる奴だし……」

「切り札?」


 そんなものがあるのか。俺はラキアに深く追求した。


「うん、私が使える魔術で一番強いの。自分のマナを体に込めて、闇と炎の属性を合成して殴る。これだけ」

「めっちゃシンプルだな。して、威力の程は?」

「ふふん、言っちゃあなんだけどサイキョーよ! 伊達にマナ量だけ高いわけじゃないからね、当たったら私のクラスでは敵なしよ! まあチャージに時間がかかるから当たる以前の問題なんだけどね」

「ダメじゃねーか! 完全にロマン技!」

「むむぅ、そんなに言うのならカツヒトの切り札見せてよ! どうせ無いんでしょ? だってマナの量も少ないし、共鳴もできないんだもんねー!」


 こいつ、本当にむしゃくしゃする奴だな。

 いいぜ、見せてやるよ。俺がついさっき考えた、炎と水属性を混ぜることによる水蒸気爆発を!


 俺は自分の中でマナを操作した。自分の体内のマナはどうやら操作が容易いらしく、俺は習ってもいないそれを簡単にできたことに少し驚いた。


 俺は笑う。さあ、見やがれラキア! これが現代知識と魔術を組み合わせた最強の技だ!


 俺が「はあぁ!」と叫んだ直後。とてつもない量の水蒸気が俺の体から放たれた。主に下半身から。


 辺りが濃霧で包まれる。俺はその中で、何も言わず呆然と立っていた。


「カツヒトー、これがお前の切り札ー? なんか、痛くも痒くもないんだけど?」


 霧の向こうからラキアの声が聞こえる。俺は思い通り行かず腹が立ったので強がることにした。


「そ、そうだ! これが俺の切り札だ! こうして敵を撹乱かくらんして、俺を見失ったところをやるんだよ!」

「なんか、地味だね」

「うるせぇ!」


 俺が叫ぶと、直後、霧が何者かによって払われた。


 視界が晴れる。そして俺達が見たのは、堂々とたたずむ魔王の姿だった。


「城の裏で霧が激しくなったかと思えば、カツヒト、貴様の仕業だったのか……」


 魔王の威圧感がヒシヒシと伝わってくる。魔王は「このお茶目さんめ♡」と笑いながら言ってくるが、それが俺には俺を殺す前の冷笑なジョークにしか思えない。


「しかし、ラキア。お前もカツヒトと共にいるとは、やはりカツヒトとの相性が良かったのか?」

「んなわけないだろクソジジイ! 私が人間なんかと相性が合うなんて、そんなわけないだろ!」


 俺はあまりの物言いにちょっとショックを受けた。と、ラキアがオロオロとしだして、「いや、その、これは、あれ、その、なんだ、その」としきりに呟いていた。かわいいなおい。


「もう! とにかく、私は忙しいの! 何も教えてくれないのなら、あっち行ってよ!」

「……むむぅ。我との京楽は楽しめぬか。昔はよくおもちゃで遊んでやったのに……」

「うるさい! 何もしてくれないなら、さっさと帰ってよ!」


 ラキアに言われて、魔王は「ふむむぅ」と空気を震わす唸り声をあげながらどこかへ消えてしまった。


 しかし、俺はその背中に何か違和感を覚えた。それはまるで、強い後悔を抱いているかのような。


「カツヒト! 続きするよ!」


 俺はラキアに促され、「ああ」と声を出す。しかし、ラキアも何か、言いたいことがあるような、そんな表情をしていた。


◇ ◇ ◇ ◇


 その後、自分の部屋に戻り、夜になり眠った後。俺はまどろみの中、過去の記憶を思い出していた。


 あの日は確か、大学受験に失敗した日だ。センター試験でおそらく2割の点数も取れず、泣きながら自室の机に突っ伏していた日。


『カツヒト……?』


 俺は、母ちゃんに名前を呼ばれた。


『だ、大丈夫よカツヒト! あなたにはまだ可能性があるわ! だから、ここで諦めちゃダメ。だって、あなたの名前は……』

『うるせーんだよクソババア!』


 わかっている。この発言がどれだけクソかって事を。でも俺は、その日、どうしても誰にも構って欲しくなくて、その一線を超えてきた母ちゃんは、ただひたすらにムカついて。


『何が可能性があるだよ! そういうのは、普通の人間にだけ与えられた特権なんだよ!

 何をしてもうまくいかない、何をしても実らない! そんな普通より下のレベルの人間には――そんなもの、与えられないんだよ』


 そうだ。俺は最低だ。この後に言うセリフを、俺は止めようと足掻く。しかし夢の中、俺にはそんなことできない。それに、できたところで、なんになる。


『――お前がもっとうまく俺を産めば良かったんだ。そしたら事故なんか起きないで、俺は普通に生きられたんだ』


 クズなんてものじゃない。あの時見た母ちゃんの顔を、俺は今でも覚えている。そして彼女が言った言葉も。


『ごめんね――』


 それだけだった。それだけを言い残して、母ちゃんは部屋から出ていった。


 後味の悪い後悔。それだけが、今でも胸を埋めつくしている。もしやり直せるのなら、俺はもう、あんな事を言わないだろう。だが、そんな夢想が、なんになるんだ。



 俺はベッドの上で目を覚まして、両手で顔をおおっていた。


「クソが……こんな昔のこと、思い出させるんじゃねーよ」


 不機嫌さをごまかすため、頭をかく。全く意味が無い気がした。


 寝癖だらけの髪をかきながら、部屋の外へ出る。と、ラキアがドアの横に座り込んでいた。


「遅いぞ、カツヒト!」

「……んあ? なんだよラキア、もう起きたのか?」

「そうだよ! 今日は学校が休みだ、ラキア様は1日修行特権を行使したい! もちろん、お前も一緒だ!」

「ラキア様、お願いだから優しくしてください。1日修行なんて、体が持ちませんわ」

「むむぅ、軟弱者め! 軍にでも入って鍛えなおせ! ラキアポイントマイナス――」

「オーケー、冗談だレディ。だがな、朝飯はしっかりいただくぞ。歯を磨いて、身だしなみを整えてから出発だ。それでいいな?」

「いいよ! それはそうとして、カツヒト! ラキア様はお願いがあるぞ!」

「なんだよ?」


 俺が尋ねた瞬間、ラキアは急にもじもじとし始めた。なんだ、何が恥ずかしいんだ?


「ナデナデして!」


 そう言って角の見える頭を俺に突き出す。俺はその黒い紫髪を、わしゃわしゃと撫でた。


◇ ◇ ◇ ◇


 俺はラキアと共に町へ出ていた。修行前にひとまず昼飯を買っておこうという話になり、今はラキアの好きな弁当屋へと向かっている最中だ。


「なあ、ラキア。なんで城の中で昼飯を食おうとか思わねーの? 朝飯だって、結構遅めに食ってたじゃねーか」

「クソジジイと会いたくないからだよ。あいつ、たぶん私のこと好きじゃないんだよ。だから私とあまり関わろうとしないんだ」


 俺はその言葉を否定したかったが、思わず黙り込んでしまった。


 納得したわけじゃない。むしろ、反論なんていくらでもある。魔王がラキアのことをどれだけ溺愛しているかは、あの様子を見る限り想像に難くない。

 ただ、この問題はあまりに根が深いように思えて。俺は何も言うわけにはいかなかった。


「おいカツヒト、何を黙り込んでいる? 弁当屋まで暇なんだから、私の暇つぶしに付き合わせてやらんこともないぞ?」

「おお、付き合えって言う割には偉そうだな。いや、黙って歩けばいいじゃねーか。結構いいんだぜ、そういう生き方も」

「むむぅ、つまんなーい! 何か面白いはなししてよ、はなししてよ!」


 そう言ってラキアは地団駄を踏み始めた。やめろ、万年ぼっちの俺にユーモアセンスを求めるんじゃない。そんなものあったらとっくにリア充の仲間入りだ。


 そうしていると、突然「あらあら、ラキアさんじゃないですか!」と、後ろから聞き覚えのある声がした。この声は、あいつだな……。


「まあまあまあまあ、見事に人間なんかと楽しそうに歩いておりますわ!」


 ラキアがその声に不快感を露わにして、後ろを振り返る。


「エリーナ! なんだよ、悪いかよ! 私はカツヒトと修行をするんだ、邪魔しないでよ!」


 俺もつられて振り返るが、エリーナの後ろには結構な数の子供がいた。全員魔族で、姿は全員個性があった。雰囲気からしてエリーナの友達なのだろう。


「いえいえ、わたくしあなたたち仲良し低俗グループの邪魔をする気なんて毛頭ありませんわ! そんなことをすれば低俗が移ってしまいますモノ!」

「ムッキー! 私は低俗じゃないって言ってるじゃないか!」

「あらあら、小鳥がさえずってますわ。それにしても、ラキアさん、あなた面白いこと言いましたわね?」

「な、なんだよ?」


 エリーナがくすりと笑う。俺はこれから言うことがなんとなく予見できてしまい、小さく舌打ちをする。


「あなた、人間なんかと修行してますの?」


 ほら見やがれ、どうせそんなことだろうと思ったよ。ラキアが「なんだよ、おかしくないだろ!」と言い返すと、エリーナはさらに声高に笑い、


「バッカじゃないですの? 才能がない上になんともまあ無駄な努力をしようとするのですわね! おおかた次の武闘大会に向けて頑張ってるのでしょうけど――どうせ、1回戦負けになりますわ!」

「そんなのわかんないだろ! 私は何を言われても頑張るよ、そして絶対に1回戦を勝ち抜く!」

「まあ、それこそが無駄な努力だと気づいてないのですわね! いいでしょう、情報に遅れをとっているあなたに、とっておきのお話をしましょう――」


 なんだよ、一体。エリーナは一瞬言葉を溜めたかと思うと、次に大声で笑いながら言った。


「あなたの1回戦の相手は――わたくしですわ!」


 ラキアが「えっ」と呟いた。声から感じられたのは、驚きじゃない。絶望だ。


「クラスで2番目の成績を残すわたくしと、最底辺を行き来するあなた。比べるまでもなく、わたくしの勝ちですわ。ボロ負けする前に棄権するなりサボるなりして、逃げ出した方がいいのではありませんこと?」

「ふ、ふざけるな! 私は絶対参加する! たとえ相手がお前だったとしても、そんなのは関係ない! 絶対に、1回戦を勝つんだ!」

「ああ、かわいそうに。あの子は自分がいかに力がないかを自覚しておりませんのですわ。

 はっきり言わせてもらいますわ。あなたは何をしても無駄よ。さっさと諦めて、身の丈にあった目標を立てなさいな。具体的には――魔王様にずっと養ってもらうとかかしら?」


 そう言いエリーナは声高に笑った。


 ラキアは目に涙を浮かべて、今にもそれをこぼしそうになっている。俺はこいつのその感覚が、何故かよくわかった気がした。


 そうだ、頑張ってる。こいつは頑張っているんだ。その頑張りを、結果なんていう無慈悲なもので否定される――それは正しいことなのだと思う。結果のでない努力なんざ無意味だ、大いに同意する。


 だからと言って、それは理屈での話だ。俺は感情のおもむくまま、エリーナの笑い声にさらなる哄笑を被せてやった。


「バカはお前だよ、ちんちくりんの生臭いガキが」

「んなっ……! 生臭い!? ちんちくりん!?」

「いいか、てめーは大きな勘違いをしているぜ、エリーナ」


 エリーナが俺のことを睨んでくる。父親譲りでプライドが高い奴だ、ちょっと悪口を言ってやっただけでこの状態か。俺はニヤリと笑い、そしてラキアの頭に手を置いて、言った。


「こいつには才能がある。努力を結果に昇華させるに足る十分な才能が、な」

「ふふん? 何を言い出すかと思えば、ただの戯れ言ですか。所詮低俗な人間の言うこと、意に介するだけ無駄――」

「てめぇは理解してねぇようだけどよ。結果が出ない中、必死で物事をやり続けられるのは――相当な力なんだぜ?」


 俺は一度自虐的に笑った。そう、それこそがこいつの才能だ。何があっても折れない心。それがどれだけすごい事なのかを、俺はよく理解していた。


「あとはこいつのどうしようもねぇ要領の悪さがなんとかなりゃ、それは爆発的な成長を生む! その時はな、エリーナ。お前がこいつに笑われてる立場になるかもしれねーんだぜ?」


 エリーナはその一言にいたくご立腹したようだ。顔を真っ赤にさせて、血管をこめかみに浮き上がらせていた。


「……ふ、ふふ。いいでしょう。次の武闘大会、覚悟しておきなさい。その自信満々の鼻っ面を、消し飛ばしてさしあげましょう。ラキアさんの敗北と共に……!」

「言ってろ。俺はラキアの勝ちに賭けるぜ」


 俺が啖呵をきった瞬間。エリーナは、「行きますわよ、皆様!」と俺たちに背を向け去ってしまった。


 人混みの中に紛れるエリーナたち。それをしばらく見つめた後、俺はラキアの頭を撫でた。


「おら、さっさと弁当買いに行くぞ」

「カツヒト……」

「なんだ、一体」

「ありがとう。私、ちょっと自信持てたよ」


 ラキアは目に涙を浮かべたままだったが、表情は一転して明るいものに変わっていた。

 ――誰かが認めてくれるだけで、それは確かな力になる。無能の権化だった俺には、その気持ちが痛いほどにわかる。


 だから俺は、こいつの笑顔を信じることにした。間違いない、こいつは折れない。サポートさえしっかりすれば、どこまでも頑張るし、成長していけるんだ。俺はもう1度、ラキアの頭をポンポンすると、弁当屋へと歩き始めた。

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