第1話その2
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オレスト~俺の戦略はこんなに素晴らしいのにどうして誰もわかってくれないんだ~
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ようやくたどり着いた屋上の扉の前で、マリエは乱れた呼吸を整えていた。
(さすがに階段の駆けあがりはきついですわね・・)
息が整えつつ、マリエは周囲に気を配りながら屋上を覗う。
薄く開いたドアの隙間から三人の人影が見える。
「お前が連れてきた奴だ。信用しよう」
一番背の高い一人がそう言うと、マリエはびくっと肩を震わせた。
(こ、この声は・・!)
よく見ようと、マリエはドアをもう少しだけ開ける。
三つの人影が見えるが、マリエの目はただ一人、声の主であるタイガにのみ注がれている。
(あああ)
言葉にならない声を必死で抑えながら、マリエは神に感謝するように両手を合わせる。
(タイガ様、今日も素敵すぎますわ・・)
中学一年生の時に出会って以降、マリエはずっとこの飛澤タイガに想いを寄せ続けている。
それから彼のストーキングが彼女の日課となり、名門お嬢様校の内部進学を蹴ってこの高校に通うくらいには、マリエは彼に「お熱」なのだ。
(練習もなさらずに・・何か大事な御用事なのかしら?)
うるさく鳴り響く心臓を落ち着かせながら、マリエは三人の話に耳をすます。
「今年から俺が部長を務める縄跳び部のことでな」
深刻そうな顔でタイガは切り出した。
「去年の秋、部活への所属が義務化されてからは部員も増えたが、俺以外は全くもってやる気のない幽霊部員だ。
他の部活には空きがないという理由で仕方なくうちに所属している」
ああ、と秋までは帰宅部だったリュウが応じる。
彼も友人が所属する放送部に潜り込ませてもらったクチだ。
「だからやる気のある新入生がいないものかと期待していたんだが・・」
「新入生の勧誘もうまくいってないと」
無言で頷き、タイガは校庭のしいの木に目をやった。
「休み時間と放課後には練習も兼ねて校庭で技を披露している。
それなりに見物人もいるし、二重跳び程度でも盛り上がってくれるから、決して印象が悪いわけではないんだが・・」
ふむふむ、と腕を組むリュウに、それとね、とアスナが付け足す。
「この前の定例会で生徒会がいってたんだけど、これからは部活の活動の度合いで廃部にするかどうかを決めるそうなの」
「なんじゃそりゃ?」
初めて聞く情報に間抜けな返答がリュウの口を突いて出る。
「元は確か、新聞部だったかの部長が『グラブ所属の義務化は帰宅部を幽霊部員に変えただけ』と発言したからなんだが・・」
実際、放送部の幽霊部員と化したリュウは確かにそうだな、と頷きながらも不満げに零す。
「それがどうやったらそんな恐怖政治みたいになるんだよ」
「たぶんだけどね、各部長に危機感を持たせようって、そう言うことなんじゃないかなって、私は思ってる」
「んな馬鹿みたいな」
「私もそう思うわ。
うちってそんなこと言う学校だっけ、ってちょっと残念な気分・・。
でも、生徒に人気があって活発に活動する部活だけが生き残る、とても『いい』やり方なのは確かよ」
そう言うもんかな、と口をとがらせつつも、リュウはタイガを見上げて肩をすくめる。
「ってことはお前も人数集めだけじゃダメになったってことか」
「そう言うことだ」
「部長も大変だね~」
他人事のように労うリュウをタイガは数秒、無言で見据える。
しんと静まり返った屋上に昼練を始めたトランペットの音が響き、居心地が悪そうなリュウはタイガにちらりと目線を送る。
タイガは深く息を吐き、吸い込んで、口を開いた。
「だから頼む。
新入生の勧誘期間が終わるまでにやる気のある新入生を紹介してくれ」
「・・・でも、オレには何のメリットもねーよなー・・・」
「頼む」
タイガは頭を下げて食い下がる。
「この通りだ」
頭を下げられて戸惑うリュウに、これが最後の頼みだと、タイガは縋るような思いで言葉を絞り出す。
「解決してくれるのなら、なんでもする!」
バン!と何かが吹き飛ぶ音が屋上に響いた。
「なんでもですって?!」
爆音と叫び声に三人が振り返ると、屋上の入り口ではマリエが鬼のような形相でタイガを凝視しており、横には彼女に蹴破られたドアだったものが転がっていた。
「今、なんでもするといったわよね?!」
掴みかかるようにして問い詰めるマリエを、タイガは目を丸くしながらなすがままにしている。
「あ、ああ、言った。言ったが・・?」
「あなた、もしかして一年生の『ご令嬢』?!」
驚きを隠しきれないままにアスナが声を上げる。
その声にハッと我に返ったマリエは、ゴホンと咳ばらいをしてすました様子で口を開いた。
「ええ、私は鷹座コーポレーション社長の一人娘、一年C組、鷹座マリエですわ。
初めまして」
実はマリエはアスナのことも知っているのだが、それを言うとタイガへのストーキングがばれかねないので初対面を装う。
「たまたまあなた方のお話が聞こえましたの。
それで、ここは社長令嬢である私がこの圧倒的財力でもって問題を解決して差し上げようかと思いまして」
ノブレスオブリージュとも言いますし?と自信満々に言いきるマリエに、アスナは疑問をぶつける。
「それと『なんでもする』とはどういう関け」
「それはどうでもよくなくって?!」
「べ、別にいいけど・・」
噛みつくような勢いに気おされてアスナは思わず一歩下がる。
そのまま、どうしよう、とタイガを見上げ、彼もそんなアスナを困ったように見下ろす。
その隣で一連の乱入騒ぎにただただ唖然としていたリュウは、途切れた会話にハッと我に返るとタイガとアスナを振り返って言った。
「なんか、すっごいやる気のあるお嬢さんもいるみたいだし、オレは帰るぞぉ」
じゃ、と言ってそそくさと立ち去ろうとするリュウをアスナは引き留めようとするが、そうはさせるかとマリエがアスナの前に立ちふさがる。
「あの方の言う通り、ここはこのマリエにお任せくださいませ」
「でも・・」
「ご安心ください!」
不安げな二人にマリエは胸を張る。
「お金で解決できないことはないんですの!」
凛と響いたマリエの声に、扉へと向いていたリュウの足が止まった。
聞き捨てならない言葉に、考えるよりも先に口が動く。
「それ・・・本気で言ってんのか?」
すっと振り向いた視線がマリエを捉える。
感情の読めない低い声が屋上に響き、マリエの肩が跳ねる。
「な、何か間違っているかしら?」
少し震えた声でマリエが問い返すと、リュウは口角を釣り上げた。
「ああ、間違っている。間違っているとも、大間違いだ!」
好戦的な笑みでそう言い放つと、彼はタイガに向き直った。
「飛澤、委員長、その頼み、オレが引き受けてやるよ」
「ほ、本当か?」
「おう!それとそこのお嬢!
どんだけ金持ちなのかは知らないけどな、このオレの素晴らしい戦略でその腐った脳みそ叩き直してやるから覚悟しやがれ!」
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「で、お嬢様にお見舞いする素晴らしい戦略のために僕の知恵を借りたいって?」
からかうような笑みを浮かべながら、栄タツノリはリュウを見下ろした。
放課後の放送室は静かで、開け放たれた窓からは初夏の風とともに運動部の掛け声が吹き込んでいる。
「そういうこと。天才幼馴染様の知恵でも借りようと思ってよ」
「リュウ」
言葉を途中で遮って、タツノリは鞄から一冊の本を取り出す。
「何度でも言うけど、僕は天才じゃないよ」
穏やかな顔に似つかわしくない強い語調で言い切り、彼はページをめくる。
「・・オレは嫌いだよ、自分を卑下する奴」
「卑下じゃないよ。
ただ、本当に天才と呼ばれるべき人を知ってるってだけ」
リュウは面白くなさそうな顔をしたが、タツノリはパラパラとめくられていくページに目を落としたまま気にする様子もない。
しばらく沈黙が続いたあと、探していたページを見つけるとタツノリ思いついたように口を開いた。
「小さく砕いて、一つずつ解決すれば、解決できない問題はない」
どこか懐かしい言葉にリュウはタツノリに目を向ける。
そこへ一際大きく風が吹き、膨らんだカーテンがリュウの視界からタツノリを隠した。
ほんの一瞬、カーテンに反射した白い光がリュウの脳裏から記憶を引き出す。
(・・あぁ、そうか、あの時の)
自分も忘れっぽくなったもんだと、リュウは揺れるカーテンを目で追いながら口を尖らせる。
どうせこのカーテンの向こうではあの嫌味っぽい笑みを浮かべているのだろうと思うと、タツノリに言われるまで忘れていた事実が無性に腹立たしい。
「・・それがどうしたんだよ」
「言葉の通り、コレを使えばいいんじゃない?」
タツノリがトントン、とページを叩くと、リュウは不機嫌そうな顔のまま彼の手元を覗き込む。
「っていうか、リュウなら使ったことあるでしょ?」
「・・・いや?初見だわ」
「え?なんで?」
「逆になんで知ってると思ってんだよ」
珍しく困惑した様子のタツノリの手から本を取り、リュウはページに目を走らせた。
何も言わずにページをめくり続けるリュウを、タツノリも何も言わずに眺めている。
タツノリが示した十数ページのその章を何度かペラペラと行き来し、リュウの手が止まった。
「どう?」
タツノリが呼びかけると、リュウは丸く見開いた目で彼を見上げた。
「・・使える!」
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新歓期間も終わりに近づき学校中が盛り上がるなか、壁に貼られたチラシをはがす人物がいた。
階段や廊下を周りながらとぼとぼと歩く背中に、見かねたアスナが声を掛ける。
「マリエちゃん」
呼ばれたマリエはピクリと肩を震わせ一瞬手を止めたが、すぐに何事もなかったかのようにチラシ剥がしを続ける。
左腕に抱えられた無数の紙切れが剥がされてもなお縄跳び部への入部をうたうのが、アスナには気の毒で仕方がない。
「チラシ剥がしちゃうの?」
問いかけに応える代わりに、マリエは一枚また一枚とチラシをはぎ取っていく。
アスナはそんな彼女の背中を、話しかけることも立ち去ることもせずただただ見ている。
手の届く範囲のチラシを剥がしきってしまったマリエは、行き場のなくなった右手を下ろして立ちつくした。
「私、タイガ様のお役に立てませんでしたわ」
アスナに背を向けたまま、マリエは気丈に前を見据えて言う。
「一昨日、タイガ様に数人の新入生を紹介しましたの」
屋上での話があったその日の放課後のうちに、マリエはまだ入部先を決めていない新入生たちを全員集めて「縄跳び同好会で精力的に活動すれば報酬を出す」と宣言したのだ。
社長令嬢としての彼女の知名度と信頼は絶大で、多くの応募の中から選りすぐりの生徒たちをタイガに紹介したのが、先週の土曜日の事だ。
「タイガ様、その時はすごく喜んでくださって、マリエ、本当に本当に、嬉しくて」
今朝、タイガが下駄箱でマリエの登校を待っているのに気づいた時には、夢を見ているのではとすら思った。
昨日の夜、眠れずにに考えたお願い事を、もう一度心の中で復唱してタイガの前に立つ。
だが、マリエを見つけたタイガは深く頭を下げて謝罪したのだ。
『鷹座さんがこのためにいろいろと準備してくれたのはわかっている。
だが、金欲しさに入部する後輩とは、俺は一緒に活動できない』
すまないと言った低く重い声とピンと伸びた背筋を思い出し、マリエは思わず笑いそうになる。
そんな真っすぐな人だから、マリエは彼の事を好きになってしまったのだ。
だからマリエは、手製のチラシを剥がさなければいけない。
「それでも、マリエは、」
「大丈夫よ」
マリエの腕がふと軽くなる。
いつの間にか下がっていた視線を上げると、マリエが抱えていたチラシの束を手にしたアスナと目が合った。
「あいつはそんなことで誰かを嫌いになるようなちっちゃい人間じゃないから」
その言葉に、マリエは思わず唇を噛む。
忘れていた感情が彼女に戻ってくる。
(それくらいのこと、あなたなんかに言われなくたって)
マリエの勝気な表情にアスナは安心して笑う。
そこへ突然、スピーカーから聞いたことのある声が降ってきた。
『あ、あ、マイクテス、マイクテス。
皆さん、昼休みはいかがお過ごしでしょーか』
明らかに放送に慣れていないリュウの声が校内に響き、二人は反射的にスピーカーを見上げる。
『放送部、お昼の突撃ジャック放送ですよー』
皆が怪訝な顔で上を見上げる中、気の抜けるような言葉にマリエとアスナは思わず互いに顔を見合わせてしまう。
『内容は簡潔!
目立ちたい奴。カッコよくモテたい奴。
えーと、あとは、ワイチューブみたいな動画の世界に飛び込みたい奴!
そんな奴らは今日の放課後、しいの木前に来い!
このオレ、二年B組金城土リュウがその夢をドーンと叶えてやる!』
音量調整のされていない高笑いが廊下に反響する中、血相を変えた教員が二人、階段を駆けあがっていく。
その騒ぎを遠目に見ながら、マリエとアスナは呆けたように呟いた。
「しいの木前って」
「縄跳び部の練習場所ですわ」
唖然とした二人を見下ろすスピーカーの向こう。
その更に向こう側のマイクの前で、今頃下は大騒ぎかな?と無邪気に笑いながら、リュウは放送終了ボタンに指を添える。
「それでは皆さん、ごーきげーんよー」
ゆっくりとボタンを押し込むと彼はくるりと振り向き、呆れたように笑うタツノリに向かって親指を立てて見せた。