1-8 巡回
リィンベルグ王国北部の大都市、リューリンゲンに到着した翌日。
これから俺たちは治安維持のために見回りを行う。
巡回のペアとなる貴族の子弟は俺と同じ子爵家の長男、16歳のコンラート・ハイデンである。
なんと彼はヒルダ姉さんの旦那であり、俺の義理の兄にあたる人物だ。
当の本人であるヒルダ姉さんは巡回に参加しない模様。
まあ巡回の間ずっと新婚カップルを見せつけられるのもどうかと思うしね。
「やあ、ヒルダとの結婚式依頼だね。義理の兄とか年齢とかそういうのは気にしないでいい、僕は君の指示に従うからよろしく頼むよ」
見回りは定められた巡回コースを交代で朝、昼、夕方、夜間の日替わりの当番時間で巡回する。我が隊の初日は朝の当番である。
「まあ巡回といってもメーニヒ領兵に町の案内をされながら観光コース巡りをするようなものだよ」
我が隊の副長を務めるコンラート義兄さんは既に何度か巡回を経験しているので慣れた様子である。
「観光巡りって……そんな適当な巡回で良んですか」
聞けば理由は簡単、治安がほとんど悪化していないからだ。
避難民のキャンプがあると言ってもそれは都市周辺の村民、都市の住民からすれば親戚や顔見知りも多いので邪険にする者は少ない。
加えて都市の住民と難民、どちらもこの状況が長期的なものでないことを理解していることが大きい。
一週間もすれば元の生活に戻れる。そう信じているから現状を我慢できるのだ。
「とはいえ巡回は必要なことだよ。こうして領主が対応していますよとアピールしなければ流石に住民に不安が広がるからね」
いきなり巡回なんて観光みたいなもんだと言うからちょっと驚いたがコンラート義兄さんもちゃんと考えあっての事のようだ。
16歳と俺より3つ年長なのに隊長である俺の指示にはちゃんと従うと言うところから人当たりも悪くない。もっとも剣や魔法は苦手なようだ。文官系か。
ちなみに今日の巡回の最中に発生した事件は迷子の難民の子供を姉のヒルダがなだめつつキャンプに送り届けた件と、難民同士の口論に対してまず物騒な魔法を使おうとするノーラを俺が止め、その隙にコンラート義兄さんが口論の仲裁をした2件のみである。
コンラート義兄さんの口論の仲裁の手際は見事だった。どうやら本当に文官系の素養があるらしい。
「僕の家は代々文官系の家系なんだよ」
聞けば本家の話ではあるが過去に財務大臣なども輩出しているそうな。
それより気になったのは難民の口論の原因だ。どうやら北部騎士団の不在が相当に領民の不評を買っているらしい。
戦争状態の南部を避けて騎士団不在の北部へ流れて来た賊が街道を荒らし村落の物流が滞った。
今回のオークの群れだって騎士団が駐留していれば早期に発見できたはずだと。
逆に領主であるメーニヒ候の評判は上昇している。
王命によっては北部を去ってしまう騎士団などに頼らず北部で独立すべきだという過激な意見が口論に発展したらしい。
「貴族にだって不満は広がっているよ。騎士団の代わりに対処しないといけないのは僕たち北部諸侯なんだからね。とはいえ独立は流石に飛躍しすぎだね」
「実際に南部が他国に侵略されているんです。北部だって多少の負担が掛かるのは仕方がないのでは?」
ごく当たり前の事を言っているつもりの俺だったがコンラート義兄さんの口から予想外の話が出てくる。
「北部にだけ負担が掛かっているのが問題なんだ。今回、西部と東部の騎士団は動いていない」
「えっ」
まじか。そりゃ不満が出るわ。
「西部は他国と国境を接してるから仕方ないけど東部騎士団を動かさない理由がわからないんだよね」
西部と国境を挟むアルベリオン共和国は大国家だ、当然備えは必要だろう。
一方の東部は大森林というモンスターや亜人の住む未開の領域と接している、だがそういう意味では北部だって魔族領と接しているので条件的には同等のはずだ。
「そんなわけで北部諸侯は中央に対して色々思うことがあるのさ」
ノーラの祖母のルジーヌも博識だがこういった現在進行形の政治情報には弱い。
コンラート義兄さんの話は北の最果てに住んでいて世情に疎い俺にとっては色々と勉強になる話であった。
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巡回二日目。
今日は夜間の巡回当番だ。集合のため詰所に向かうと何やら騒がしい。
先に詰所に到着していたコンラート義兄さんに声を掛ける。
「一体何があったのですか?」
「早馬の伝令が来たらしい。メーニヒ候の軍がオークに大勝。残敵の掃討のため本隊の帰還は三日後になるそうだ」
なるほど、メーニヒ候が無事オークを討伐したならばこの騒動もひとまず収まる。
領主の勝利を喜ぶと同時に、皆ようやく慣れない巡回から解放される目途が立ち安堵しているようだ。
とはいえメーニヒ候の本隊が帰還するまであと3日、その間の巡回は必要だ。
喜んだのもつかの間、今日も今日とて巡回に出発する。
既に夜間なのでメーニヒ候勝利の報は明日正式に発表されるとのこと。
発表されればお祭り騒ぎになるかも知れないので巡回する身としては非常に助かるが、箝口令が敷かれていわけではないので油断は禁物だ。
巡回コースが半分ほど終わったところで突然エアが立ち止まる。
「西門と北門が騒がしいです。どちらも多数の人間が動いていますね、戦闘の可能性もあるかと」
ララも俺の鞄から顔を出し耳をピクピクさせている。
「(確かに何か異常が起きているみたいだね)」
残念な事に巡回では偵察ドローンは使用していないので詳細が分からない。街中で人に見られずにドローンを射出、回収するのが難しかったのだ。
「どうしましょうか、隊長」
コンラート義兄さんはエアの発言に疑いを持たず俺に指示を求める。
(さて、どうするか。)
複数個所で何かが起きているようだし、後手に回りすぎるのはよくない気がする。
何が起きているか急いで確認すべきだし、同時にトップであるエルンストとも連絡を取りたい。
ならば二手に分かれるか。
「……俺とノーラ、メーニヒ領兵2名で一番近い西門に向かい状況を調べます。残りは詰所でエルンスト様に連絡を取ってください。エア、何かあったらコンラート義兄さんとエルンスト様を守れ」
ノーラを市街地で野放しにするのは論外なので俺と同行。
俺が向かう西門には知り合いはいないので地元のメーニヒ領兵を連れて行った方が話が早い。
「この前の賊と同じパターンになりそうですね。マスターは学習能力がないのですか?」
前回はエアと別行動を取った結果ブラウポンというイレギュラーに遭遇して痛い目にあっている。
というかいきなり無関係のオネエ剣豪が現れて絡んでくるとか予想できるか。
「今度は大丈夫だろ。まだ戦闘になるかどうかもわからんし」
ちょっとムキになって反論してしまい、エアがはぁ、とため息をつく。
「仕方がありませんね、死なれても困るので念のため貸してあげます」
右スカート部分の装甲からEPライフルの片方を抜いて俺に渡してくる。
『トリガーを畳むとブレードモードに。ライフル時はセレクターで連射、3点バースト、威力の高い単発モードを切り替えます。今のマスターのMPなら単発モードでも2,3発は撃てるはずです』
既にコンラート義兄さん達は移動を開始しているが念のためかエアは日本語で説明する。
エアの説明を受けEPライフルを確認。トリガーを畳んで持ち手を変えれば剣としても使用できるようだ。
セレクターには「ア」「レ」「3」「タ」と書かれている。自衛隊かよ。本当にエアは日本出身なのかもしれない。
「……ありがとう。でもいいのか?」
「ちゃんと返してください。調子に乗って無茶をしないように」
必要な事を言い終えたのかさっさと詰所に向かってしまうエア。だが、彼女が俺を案じてくれている気持ちは十分俺に伝わった。
彼女にとって俺は仮の主なのか出来の悪い弟子なのか、答えは分からないが彼女の好意を無駄にはしない。
「西門へ行こう」
「はいっ!アル様」
すぐ後ろに付き従うノーラ、忘れるなとばかりに鞄の中から蹴っ飛ばしてくるララ。少し距離を置いて続くメーニヒ領兵2名とともに俺たちは西門へと出発した。