1-6 修行と成果
初評価いただきました!ありがとうございます!
修行をすれば当然その成果を試してみたくなる。
ノーラとエアを連れて領内のモンスター退治に挑戦してみた。
エアが偵察ドローンで見つけた獲物は群れからはぐれたノースウルフ。時たま人里に降りては家畜や人に危害を加える狼だ。
「俺一人で戦う。ノーラとエアは危険だと思うまで待機してくれ」
さて、日本人だった前世を含めて犬猫より大きな生き物を殺めた経験は無かった。
剣を習っただけでちゃんと戦えるか、命を奪うことができるのだろうか。
「ガウウッ!!」
飛び掛かってきたノースウルフを剣で打ち払う。
ザシュッ!
「えっ」
打ち払うだけのつもりが真っ二つに両断してしまった。
天使補正のLvアップをなめていたわ。想像以上に俺はパワーアップしているらしい。
「はうぅ、アル様素敵です~」
「雑魚とはいえ初めての実戦、よくできました。と、褒めてあげます」
心臓の鼓動が速い。どうやら想像以上に緊張していたらしい。
「俺、勝ったのか……」
一度殺めてしまえばあとは流れ、Lvアップのため、領民のためとどんどんモンスター退治をこなす。
そうしてモンスター退治に夢中になるうちに月日は流れいつの間にか13歳になっていた。
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アルノート・ヴィルフェルト
クラス:下級貴族 下級細工士 アークエンジェル
Lv:16
HP:298/298
MP:161/161
力:194
魔力:188
敏捷:212
体力:169
技術:235
幸運:53+947
スキル:基礎魔法Lv3 彫金細工Lv7 幸運鑑定 幸運操作
聖魔術Lv19 剣術Lv17
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2つ上のヒルダ姉さんは15歳の成人となり同じ辺境子爵の婚約者の元へ嫁いでいった。
ちなみに俺に婚約者はいない。
わざわざ北の最果て、魔王さまのご近所に嫁入りしたい貴族の娘なんて見つかるはずないですよねー。
いいんだ、ノーラは定期的に転んでパンツ見せてくれるしエアの着替えや風呂上がりに遭遇したりしてるし。
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「メーニヒ候のご子息が近々成人を迎える。我がヴィルフェルト家は家族全員その宴に参加するぞ」
父クラウスが夕食の席で放ったその一言の持つ意味―――
我がヴィルフェルト家はリィンベルグ王国の北端の国境線沿いに領地を持っている。
その近隣の王国北部ではメーニヒ候という貴族が一番の大貴族であり、要は北部の貴族のまとめ役という立場である。
このメーニヒ候の長男、つまり時期当主が近々15歳の成人を迎えるのでその誕生会に近隣諸侯が年の近い子息を連れて参加する。
要は次世代の貴族を担う者同士で将来のために親睦を深めましょうという催しである。
こうして俺は王国北部の大都市、メーニヒ領に向かうことになった。
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同じ北部領とは言え片道1週間程度の長旅になるため同行者は家族3人を乗せた馬車にノーラとエア、他に従者2名と護衛3名を加えて10人とそれなりの人数になる。
世間的にはペット扱いのララは勝手に俺の鞄の中に潜り込んで同行している。
留守番は我が家の重鎮ポジションに収まったノーラの祖母ルジーヌに任されている。
おかしい、我が家がいつの間にかババアに乗っ取られてるぞ。
メーニヒ領へ向かう道中5日目、山賊に遭遇した。
視界の悪い林に囲まれた街道での待ち伏せだったようだが、エアの偵察ドローンのおかげでバレバレである。
父クラウスに賊が待ち伏せしているようだと声を掛け、簡単に作戦を練る。
賊は左右の茂みに7,8人ずつ伏せているようなので、右翼を俺、ノーラ、護衛の3人で攻め、左翼はエア単独で攻める。
戦力外の従者2人と母は馬車で待機し父が守る。
父はそれなりに剣を使うし、エアの本当の実力はともかく剣の腕が並ではないことは家中でも知れ渡っているので異論は出なかった。
二手に分かれ山賊との間合いを詰めながら考える。
―――ララ曰く「幸運操作によって幸運が1000もあるキミが山賊に遭遇してしまうのはおかしい。この遭遇には意味があるはずだよ」と。
我がヴィルフェルト領は王国のもっとも外周であり、メーニヒ領に向かう道は隣町から隣町へとほぼ一本道である。
つまり唯一の物流路である街道で賊が横行していてはただでさえ辺境なせいで商人の往来の少ないヴィルフェルト領がますます干上がってしまうということだ。
(よし、賊は一人たりとも見逃すわけにはいかない)
かと言って捕えて衛兵に引き渡す選択肢もない。
貴族の俺達がそんなことしたら地元の領主に対し『あんたの領地で賊に襲われたんだけど誰が責任とってくれんの?』と言うようなもので貴族間のトラブルに発展しかねないからだ。
モンスターは数多く退治してきたが殺人の経験は無かった。今回が初めてになるだろうと覚悟を決め―――
「えいっ!≪バーン・スフィア≫!」
賊の集団の右翼を中心に半径5mほどの炎の球体が出現する。
灼熱地獄の空間に突如として飲み込まれた賊は悲鳴をあげる暇もなく炭の塊と化していく。
俺の苦悩を無視して先手を取ったノーラがあっさりと右翼の賊の大半を焼き殺した。
生き残りも至近距離で浴びた高熱による火傷でまともに動けず、無傷なのはたった一人。
うん、薄々気付いていた。
オークに襲われた時もそうだったしノーラは表情や口では「はうぅ」などと気弱な態度を取っているが実は非常に攻撃的な人物ではないのか、と。
思えば出発の見送りの時もルジーヌが「常に落ち着いて行動しろ」とかそんな旨の注意をしていた気がするし俺に対しても「孫の面倒を任せた」系の発言をしていたがアレはこういう意味だったのかもしれない。
とにかく、幼馴染のノーラが手を汚したのだ、俺だけ綺麗でいるわけにもいかない。
覚悟を決めて賊の生き残り―――既に半泣き状態で戦意は無いに等しいが―――に切りかかる。
容赦はしない。と、頭では考えるのだがいざ剣を合わせ涙目で応戦する賊の顔が眼前に来てしまうと剣が鈍る。
何度か剣を打ち合った結果ようやく賊を仕留めるが、結果的に相手をいたぶるような戦いになってしまい益々嫌悪感が募る―――
「坊や、そんな甘っちょろい戦い方じゃあ長生きできないわよぉ?」
聞き覚えのない野太い声に振り返る。
そこにはまるで某聖闘士のように金色の防具を付け大剣を手にした刈込頭の巨漢が立っていた。
「はうぅ、オカマさんですぅ……。」
正確にはオネエではないだろうか。
いや、この世界でそんな分類があるかどうか知らんが。
「アタシ、ブラウポンっていうの」
こっそり幸運鑑定―――幸運81!?かなりの強運だぞこいつ。
これまで領内で色々な人物を幸運鑑定で観察したが、幸運は50を基準とした偏差値みたいなバラつきで基本的に35~65ぐらいの幅に収まる。
幸運22のノーラや81のブラウポンは明らかに異常である。
78のエアは……まあ幸運に愛されていなければあれだけ恵まれたステータスに生まれてこないから妥当だと思う。
「あんたも賊の仲間か?」
「もう、こんな下品な連中と一緒にしないで欲しいわ!アタシはアンタ達を助けようとしてたのよ!」
それを肯定するかのように周囲の重症の火傷を負った賊はブラウポンの手により既に死体に変わっている。
「もっとも余計なお世話だったみたいね。それより坊や、面白い剣をつかうのね?」
ブラウポンが俺に送る熱い視線に思わず後ずさる。
「ちょっと手合わせしてみたいの、アタシと付き合って―――」
「ダメですううぅぅ!!≪フレイム・アロー≫!!」
ノーラが問答無用で炎の矢を放つ。
「んもぅ!過激な子ね!でも坊やとならバランス良くてお似合いなのかしらっ」
ブラウポンは抜き放った大剣で炎の矢を切り払いそのまま俺に向かって来る。
「えへへぇ・・・」
ノーラはブラウポンの言葉に手が止まっている。
まあ、俺とブランポンの距離が近いし攻撃魔法を使われても困るんだが。
ブランポンの大剣の一撃を剣で受け流す。が、あまりの威力にのけ反ってしまう。
「んまぁ、中々やるじゃない坊や」
今の一撃で分かった。
ブラウポンは強い。オネエで金色装備の色物キャラだが実力は本物だ。力技だけでなく技量もある。
こちらの剣撃は重量を生かしてはじき返され逆にこちらが体勢を崩されてしまい、相手の大振りを誘っても逆にフェイントで惑わされる。
「やばっ!」
「んふふ、もらったわよぉ!」
幾度もの強烈な打ち込みを受けた結果指先が痺れて剣を持つ手に力が入らない。もう一撃受けたら剣が弾き飛ばされる。
ガキンッ
俺の剣を弾き飛ばす予定だったブラウポンの大剣は別の剣によって弾き返された。
「またゲテモノ系の相手ですか。マスターはそういうのに襲われるのが趣味なのですね、わかります」
俺が受け流すのに苦労した大剣をあっさり返して見せたのはエアだった。どうやら既に左翼の賊を単独で全滅させたらしい。
「誰がゲテモノよ!失礼こいちゃうわね!」
「そうですよ~!そのオカマさんは良いオカマさんなんですぅ~!」
何故かノーラの中でブラウポンの好感度が急上昇しているが、とにかくお喋りしている間に俺は後ろに下がって距離を取る。
「良いオカマさん、ですか。私も大分機嫌が悪いのですが仕方がありません。命だけは助けてあげましょう」
「機嫌が悪いのはこっちの方よ!口の悪いお嬢ちゃんね!何なのよアンタ!?」
「あえて言うならば妖精ちゃんです」
もう1年前の話じゃん!やめてよエアさんそれ気に入ってるの?
「ふざけんじゃないわよ!」
激高したブラウポンがエアに切りかかる。
傍から見て剣術ではエアが上回っているが身体能力ではブラウポンが上回っている、つまりお互いの実力が互角に見えるのだがそれには理由がある。
エアが本気を出すと色々と困るので普段は10%程度の能力に抑えるよう言いつけているのだ。
なので俺が日本語で声を掛ける。
『20%』
瞬間、エアの剣がブラウポンを圧倒しあっという間に剣を弾き飛ばした。
信じられないという顔で呆然とするブラウポン。
「まだ続けますか?」
「……アタシの負けよ」
ブラウポンは負けたのがショックなのかがっくりと肩を落としてうつむいている。
「で、結局アンタ何なんだ?本当に賊とは関係なさそうだが」
「……ただの通りすがりよ。坊やの甘っちょろい戦いが癇に障った、ね。アンタ達が信じられない程強いのは良くわかったわ。でも、あんな賊に情けを掛けてたらいつか後悔するとこになるわよ」
言いたい事を言い終わったのか大剣を拾いトボトボと歩き去っていくブラウポン。
本当にそれだけの理由で絡んで来たのか?オネエの考えることは良くわからん。
いや、理解できても困るが。
とにかく、この世界では賊に情けを掛けるのはオネエがちょっかい出して来る程癇に障る行為らしい。次からは気をつけよう。