1-2 幸運の神ララ
いきなり目の前に現れたウサギ。
毛色は真っ白、耳が垂れているのはドロップイヤーとか言うんだっけ?
右は金色、左は銀色のオッドアイの瞳が特徴的である。
普通のウサギならば口をモゴモゴさせるのだろうが目の前のコイツはあろうことか口の端を吊り上げニヤリと笑った。
「ふふふ、200年ぶりの現世だね。キミがボクを呼んでくれたのかな?」
ここはファンタジー世界なんだ。今更「ウサギが喋った!」なんて驚いたりはしない。
言動を信じる限りどうやらコイツは俺が呼び出したらしいが当の俺にそんな自覚は全く無いぞ。
「…………よくわかりません」
念のため敬語で答える。
もし首狩りしてくるウサギだったりしたら怖いし。
「あ、何か失礼な事考えてないかい?ボクは幸運の神ラッキーラビット。略してララでいいよ。あと敬語は不要だよ」
「俺の名前はアルノート・ヴィルフェルト、リィンベルグ王国の子爵家の長男だ。アルと呼んでくれ」
この世界で主に信仰されているのは五大神と呼ばれる神々である。
その他にマイナーな小神信仰も存在するらしいが幸運の神ラッキーラビットなどという神は今まで聞いたことがなかった。
「それじゃあアル。とりあえず説明のためにちょっと失礼するよ」
ララの右目、金の瞳がほのかに光り、それに合わせて俺の視界も光る。
傍から見れば俺の瞳が光っているのかもしれない。
「今、キミにスキルを与えた。自分のステータスを見てごらん」
その言葉に慌てて俺は自分に≪ステータス・アナライズ≫を唱える。
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アルノート・ヴィルフェルト
クラス:下級貴族 見習い細工士
Lv:1
HP:14/14
MP:6/8
力:6
魔力:7
敏捷:8
体力:5
技術:8
幸運:53+50
スキル:基礎魔法Lv3 彫金細工Lv2 幸運鑑定
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幸運:53+50、スキル:幸運鑑定、だと!?
「≪幸運鑑定≫のスキルをキミに与えた。今なら普段は見えない隠しステータスの幸運が見えるはずだよ」
「隠しステータスの幸運……そんなこと聞いたことがないぞ」
「幸運はLvアップとかして成長するものでもないから、人が生きていくための指標たりえない。場合によっては知らない方が良い事もあるしね」
コイツの言うことが本当ならば、ステータスが見えるのは人間に人生の目標を与えるためってことなのか。
それに幸運が本当に成長しないのならば、幸運が低く生まれた人間は一生不幸なままということになる。
「そりゃあ、自分の幸運が低い人間は人生に絶望するかもな」
「ま、幸運にも周期というか波があるし数値そのままの人生ってわけでもないよ。努力や実力が幸運を覆すことだってある」
ふむ、幸運にも限度があるということか。
「俺の幸運の+50されているのは何故だ?」
「その幸運の魔石のペンダントの効果だよ。キミたちは失礼なことに『ハズレ石』と呼んでいるみたいだけど」
その風評はあながち間違っていないと思うけどな。
ステータスという具体的な数字の評価が存在するこの世界で幸運などという目に見えない曖昧なものを頼る人間は少ないだろう。
しかしこのペンダント+50も効果あるのか。確かに1番大きい石を使ったけどさ。
「ちなみにボクを降臨させるための条件は『幸運100以上の人間が大量の幸運の魔石を捧げること』だよ。キミの場合ペンダント着けてギリギリだったね」
「ペンダント効果で俺の幸運は合計103。……本当にギリギリだったんだな」
というか四つん這いになっただけなんだがそれで捧げたって解釈になるのか、適当だな。
「とはいえ幸運の平均値はだいたい50。素で幸運が100超える人間なんて100万人に一人いたら良い方だから滅多に現世に降臨できないんだよね」
俺の幸運は平均に毛が生えた程度なのか。……ちょっとショックだ。
「さて、ボクが何者でどうして現れたのか、理解できたかい?」
「納得はできないが理解はできた。それで、現世に降臨した幸運の神様は一体何をするつもりなんだ?呼び出したお礼に俺の願いを叶えてくれたりするのか?」
「ああうん、それなんだけどね……キミ、ボクと契約するつもりはないかい?」
「契約……。」
仮にも神を名乗る者が持ち掛けてくる契約。一度結んでしまえば後戻りできない予感に俺は身構える。
「あー……。うん、別に怖がらせるつもりはなかったんだけどね。」
ララが後ろ足で耳の後ろを掻く。
そのしぐさだけは本当にウサギっぽい。
「とりあえずおおざっぱに説明するとね、あと数年から十数年の間にこの世界で大きな戦争が起きるんだ。その時キミにボクの協力者として協力してもらいたいんだ。」
「戦争……俺に戦えってことか?」
正直、特別な能力もない俺が戦争に参加しても生き残れるとは到底思えない。
「そこはキミの成長を見ながら適材適所を考えるよ。戦争には戦う以外の人材も色々必要だからね」
適材適所―――囮とか捨て駒の事か。
と、疑ってもキリがないし相手の心象悪くするだけだから口に出すのはやめておこう。
「それで、協力した場合はちゃんと見返りがあるんだろうな?」
「勿論さ。幸運の神様であるボクの加護、具体的には自身の幸運をいつでも任意に操作できるスキル≪幸運操作≫をあげよう」
「≪幸運操作≫?つまり自分の幸運を好きなだけ上昇させることができるのか?」
「その通りだよ」
ララの提案について考える。
メリットは幸運の上昇。
デメリットはこの先起きる世界規模の戦争に参加しなければならない事。
ぶっちゃけ結論は既に出ている。
この世界において何の特別な能力も持たない俺にようやく巡ってきたチャンス。
これを逃すつもりはない。
戦争参加にしてもララ曰く世界規模の戦争だ。
参加するつもりがなくても巻き込まれる可能性はあるだろう。
戦争から生き残るために備えるという意味でも何らかの情報を握っているララとの繋がりを捨てるのはナンセンスだ。
「わかった。お前に協力しよう」
「うん、契約成立だね。では幸運の神であるボクからアルノート・ヴィルフェルトへ加護を与えます」
ララの金色の右目が再び光る。また俺の視界が光るのかと思ったが今度は俺の頭上から光が降り注ぎ、すぐに消える。
「……これで終わりか?」
「うん、終わったよ。幸運を操作したいならそういう風に念じてごらん」
「ずいぶん適当だな。まあとりあえずやってみる」
自分の幸運が限界まで上昇するよう念じてみる。
「おー、いきなりMAXいっちゃう?たぶん後で下げることになると思うけどねー。いつまで持つかなー?」
ん?何で幸運を下げる必要があるんだ?
言ってる意味がよくわからんがとりあえず自分のステータスを確認する。
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アルノート・ヴィルフェルト
クラス:下級貴族 見習い細工士 エンジェル
Lv:1
HP:14/14
MP:5/8
力:6
魔力:7
敏捷:8
体力:5
技術:8
幸運:53+9947
スキル:基礎魔法Lv3 彫金細工Lv2 幸運鑑定 幸運操作
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おお、すげえ。
53+9947、幸運が合計で1万だ。
成程、ステータスの限界は1万なのか。
「―――というか何だクラス:エンジェルって」
「キミは神様であるボクの加護を受けてたんだよ?つまりキミは神の使い、天使ってことさ」
よくわからんがこの世界では天使は職業の一種らしい。
天使って種族じゃなかったのか。
あと本当に神様だったんだな、ララ。
「ちなみに天使のクラス成長補正は凄いよ。Lv1から天使補正ありなんて将来どうなるかボクもわくわくするよ」
「おおお、マジか!」
これは素直に嬉しい。
幸運も確かに素晴らしいが不確定要素を含んでいるのは否めない。
それに対し成長性が高いということは安定した強みであり非常にありがたい。
「ふふふ。喜んでもらえてなによりだよ」
「まだ効果は実感できてないけどな」
「その代わりちゃんと契約守ってね」
「受けた恩はちゃんと返すさ」
「契約破ったら幸運1だからね」
「お、おう。約束は絶対守る……」
「……」
「……」
「ところでさ……」
「うん?何かな?」
「そろそろ帰らなくていいのか?」
「えっ」
「えっ」
こいつ、このまま現世に居座る気なのかよ!?
「だって現世に降臨するの200年ぶりだよ!?次の降臨する頃には絶対戦争終わっちゃってるし!ボク絶対帰らないからね!?」
俺の目の前でララがダシダシと地面を叩く。
スタンピングというウサギ特有の感情表現である。
「うおお……マジかぁー……。」
「普段はキミが飼ってるペットのフリをするから安心して」
一体何に安心しろというのだ。
……いや待て。
「ちなみに俺に法術を教えてくれと言ったら可能か?」
「できるよ。ボクそのものが法術の源みたいなものだし」
前言撤回。
宗教団体を経由せずに法術を学べるメリットは大きい。
家に置いておく価値はある。
「あ、その代わり1つお願い。現世で躰を維持するのにもう少しばかり幸運の魔石が欲しいんだ」
我が家で貯蓄していた幸運の魔石は全てララが降臨する際に消滅してしまった。
「このペンダントしか残ってないが」
「うーん。流石にそれは勿体無いね。細かい石が大量にあると良いんだけど」
やっぱり+50の魔石となると貴重なのか。
そうなると心当たりは1つしかない。
「あとは山の鉱山だが、魔族領との境だしモンスターがいるから子供の俺には無理だな」
「なるほど、じゃあ鉱山まで行ってみようか」
いきなり何を言い出すんだこのウサギ。
「なるほど、じゃねえ!人の話を聞いてるのか!?」
「それはボクの台詞だよ。幸運操作を舐めてないかい?今のキミなら何の問題もないよ」
「問題ない?どういう意味だ?」
そんなに凄いのか幸運操作。
「いいかい、今のキミはこの世界でもっとも幸運に恵まれているんだ。どこへ行こうが運良く モンスターに出会うことはないし、仮に出会っても運良く 助かる。全ての流れがキミに都合良くなるようになっているんだ」
「……本当かよ」
それが本当ならば確かに凄い。
てっきりスープの具がいつも大きいとか道端でお金を拾いやすいとかその程度の効果だと思っていたのだがどうやら認識を改める必要があるらしい。
「まあどっちにしろ俺も町の外には出たことが無いし具体的な鉱山の場所も知らないんだ。まずは色々調べないとな」
いつもでも作業場にしてもしょうがない。
とりあえず書斎にでも行ってみるか。