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10 賊なりの信条


「後はここで、夜明けを待つだけだ」


 倒木に腰掛けた俺は、腰に提げた革袋から魔力灯を取り出した。握り拳ほどの石へ布を巻き、光量を絞る。それを円陣の中心に置くと、ドミニク、ナタン、ジョスの姿が闇の中へ微かに浮かび上がった。


 三人に続き、黙々と歩み続けること数時間。闇へ乗じて移動しながら、無事にモントリニオ丘陵の中へ辿り着いた。途中には魔獣との遭遇もあったが、馬型や鹿型といった危険度が低めのものばかり。三人の力量を危ぶんでいたが、取り越し苦労に終わって安堵している。


 ドミニクは変わらず、刃へ毒を含ませた剣を愛用していた。敵の動きを鈍らせ、じわじわと追い込む戦い方だ。


 ナタンは長剣ロング・ソード。技量で言えば、アルバンと大差ない。どこまで伸びるかはこれからの努力次第だろう。


 正直、一番期待していなかったのはジョスだが、斥候せっこうとしての技能は優秀だった。地面に転がる糞から魔獣の種類を割り出し、足跡から進行方向と数を推察。危険な道と戦いを避け、安全にここまで辿り着くことができた。これは、アンナにも引けを取らない。


 ドミニクにも強く言った手前、今日はこれ以上進むつもりはない。ここはなだらかな起伏が続き、見晴らしは良い。生い茂った林の一画で、休憩を取ることにした。


 左方を見れば、岩山が頭を覗かせている。そこに、目指すべき洞窟があるのだという。


「夕刻に、俺たちを見張っていた鳥が戻って行きやした。状況は筒抜けかもしれやせん」


 ジョスは弓の具合を確認しながら、恨めしそうに岩山へ目を向けた。


「筒抜けって言っても、インチキ導師が魔獣と会話できるとは思えねぇ。あくまでも、こっちの動きを牽制するのが目的だろうけどな」


 あの男が持つ力。そのすべてを把握しているわけじゃないが、さすがに会話は無理だろう。万に一つの可能性として、そういった魔法なら存在するのかもしれないが。


「でも、魔獣の襲撃がないのは逆に不気味だな。こっちのおおよその位置は把握してるんだ。俺なら間違いなく大群を差し向けるぜ」


「碧色様。怖いことを言わないで欲しいねぇ。それだけの戦力がないっていう、楽観的な考えに浸らせてもらいたいもんだよ」


 草地に腰を降ろしたドミニクは、携帯していた水袋を口へ運ぶ。


「じゃあ来たるべき襲撃に備えて、三人は先に休んで、休んで。俺が見張ります」


 剣のつかに手を掛けたナタンは、油断なく周囲を警戒している。その姿を追いながら、別の可能性が頭を過ぎった。


「ここで俺たちを迎え撃つ気がないってことは、洞窟に戦力を集めてるのかもな。洞窟を一気に爆破したいところだけど、おまえらの仲間がいるってのが悩みの種だな……」


 正直な所、こいつらの仲間はどうなっても仕方がないと思っている。敵に捕まった時点で生死が不明である上に、この一味が本当に信用できるかどうかもわからない。


 考え得る最悪の展開は、インチキ導師とこいつらが結託して、俺を落とし入れようとしている場合だ。俺を探しに来たのも自作自演。洞窟へ入った途端に手の平返しともなれば、さすがに一溜まりもない。


「敵の待ち伏せも有り得るけど、大まかな段取りは街で決めた通りに頼むぞ。俺は外で待機。ドミニクは偽物の紙幣を詰めた布袋を持って導師と接触。奴が袋の中身を確認した途端、中へ仕込んだ閃光玉と煙幕玉が炸裂、と」


「本当に大丈夫かねぇ?」


 不安そうな顔のドミニクを一瞥いちべつする。


「あんたの演技力が全てだ。仲間の命が懸かってるんだし、それぐらい簡単だろ?」


 相手に俺の同行を把握されているとしても、率先して前へ出る気にはなれない。ここは慎重に事を運ぶべきだ。最悪、こいつらを盾にしてでも導師は確実に倒す。それ程に危険な相手だと、前回の戦いで痛感している。


「隊長が頼りです。お願いしますね」


 見張り役を買って出たナタンはドミニクの肩を叩き、林の中へと消えて行く。


「責任重大ですね」


 ジョスが苦笑し、ドミニクも困った顔で頭を掻く。


「まいったねぇ……しかも俺は、いつまで隊長なんて呼ばれるのかねぇ」


「いつまでも、ですよ。俺たちはとことん付いて行くって決めていやすから」


「随分と人望が厚いんだな」


 ふたりのやり取りを聞きながら、腰に提げた水袋を口へ運んだ。ぬるくなってしまった井戸水だが、英気を養うには充分だ。


「この人は隊長であり恩人なんです。俺は冒険者に嫌気が差してフラフラしてたんですが、こうして面倒を見てくれてるんですから」


 ジョスは微笑を浮かべ、林へ目を向ける。


「ナタンやヤニックも一緒です。働きたくないなんて言って、盗みで生計を立てていた問題児どもです。それを隊長が仲間に引き込んで、社会の規則を教えてるんですよ」


 その話に、思わず吹き出してしまった。


「賊が社会の規則? 自分がまっとうじゃねぇのに、人様に何を教えるって言うんだ?」


 所詮は彼等も賊だ。略奪や殺人に手を染める野蛮な集団であることは間違いない。

 ドミニクを伺うと、苦い顔を向けてきた。


「確かに俺たちは、まともな生き方とは言えないねぇ……でもね、誰もが碧色様みたいにキラキラ輝けるわけじゃないんだよ。這い上がろうにも這い上がれず、地べたへ這いつくばるようにして生きてる人種もいるわけ」


 深い溜め息が、やけに耳に付いた。


「家や家族を失い、生きる希望をなくした奴。親に捨てられ、大人を信じられない奴。規則に縛られたくないなんて我が儘で、働こうとしない奴。過去に犯した過ちが元で、全うに生きられなくなった奴。この時代、探せばわんさかいるもんだよ。そんな奴等をどうにも放って置けない性分でねぇ」


 それを聞いてしまったら、何も言い返すことができなかった。


「俺たちの取り決めで、無駄な殺しは厳禁。冒険者の遺体から金目の物を頂くことはあるけどねぇ。後は遺跡を発掘してお宝を頂いたり、不正を働く奴から金を巻き上げたり、とかね。まぁ、俺たちの取り決めってだけで、すべての賊がそうかと言われれば別だけどねぇ」


 以前に襲われ、今回はシャルロットを盾に取られた。敵対心しかなかったが、彼等なりの信条を持って生きているということか。


「賊に対する俺の偏見か。すみません」


「きゅうぅん……」


 なぜかラグまで、左肩の上で鳴いている。


「碧色様が謝ることでもないでしょ。むしろ、謝るのはこっちだからねぇ。金に目がくらんで、あんなとんでもない奴に荷担した。挙げ句、奴を追い詰めるためとはいえ、勝手に逃げたわけだからねぇ。本当にすまなかった。部下共々、助けて貰った恩は忘れちゃいない」


 改めて頭を下げられると、どう対応していいのかわからない。


「もういいって! とりあえず、これでお互い水に流すってことで。インチキ導師を倒すまで共闘しなくちゃならねぇんだ。お互い、気まずいままじゃやりづらいだろ」


 困り果てていると、ジョスの吹き出す声がした。


「本当だ。隊長の言う通り、素直で気さくな男ですね。俺も気に入りやしたよ」


 林の奥から、ナタンの含み笑いまで聞こえてきた。


「何が可笑しいんだよ?」


 ドミニクまで口元に笑みを浮かべている。


「何がって、俺たちの生き方を肯定してくれる冒険者なんて珍しいからねぇ……どいつも、さげすみ、哀れむような目を向けてくる。本当に生きづらい世の中だと思うわけよ」


「だったら冒険者だって一緒さ。魔獣がいなくなれば用済み。便利屋として生き残るのは一握りじゃねぇかな。路頭に迷うのは自分たちだって同じなのにな……生き方は違えど、明日は我が身っていう危機感は必要だよな」


「碧色様。この仕事が終わったら是非、一杯奢らせてくれよ」


 ドミニクは、手にした水袋を掲げてきた。


「だったら、何が何でも生き残って勝つぞ。誰一人、欠ける事は許さねぇからな」


「お〜。これは厳しいねぇ」


 おどけるドミニクの水袋を目掛け、自分が持っている袋を打ち付けた。


☆☆☆


 そうして空がほんのりと明るくなり始めた頃、ついに洞窟の見える所まで辿り着いた。丘陵の傾斜と生い茂る草木で隠されたように、ひっそりと口を開けた大穴。中からは唸るような風の音が不気味に響いてくる。


「みんな、頼むぞ」


 前を進む三人の背へ声を投げた時だった。


「がうっ!」


 緊張を帯びたラグの鳴き声。右方で殺気が膨らみ、影が飛来した。


 先頭を歩いていたナタンが呻きを上げ、その場へ横倒しに転がった。ジョスが慌てて助け起こしたが、右太ももに一本の矢が突き刺さっている。


 緊張と共に剣の柄へ手を伸ばすと、林の中から大柄の男が姿を現した。その後へ続くのは三人。恐らく冒険者だ。


「こんな所に同業者がいたのか。こいつらが魔獣だなんて言うから、仕掛けちまったよ」


 大剣を肩へ担いだ体格のいい男が、いぶかしむような視線を向けてきた。その口元に浮かぶ呑気な笑みが怒りを煽り立てる。


 王都からの依頼を嗅ぎ付けたパーティだろうか。嫌な頃合いでの接触に、言いようのない不安を覚えた。

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