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08 貧民街での再会


 その人影は、体型から男性だと判別できた。薄汚れた外套がいとうに身を包み、フードを目深にかぶっているため人相はわからない。

 膝上丈の外套だが、それを掻き分けるように隙間から覗く右手。手首には、俺が託された目印と同じ赤い布が巻かれている。


 意外な時刻での接触に驚いた。まさか人目に付く日中の、こんな場所に現れるとは。もしも彼等が本当に賊ならば、衛兵に目を付けられた時点で即刻捕まる可能性もあるだろうに。だが裏を返せば、それだけ追い詰められているということだ。


 相手の覚悟は窺い知れた。シャルロットへどうしても礼が言いたかったのだが、この非常事態だ。悔しさと申し訳なさの入り交じった想いを抱えて、受付女性の顔を見る。


「すみません、ちょっと急用が。シャルロットが戻ったら、先に宿へ戻るよう伝えて頂けますか。それから、今日は行けなくなったとフェリクスさんへ伝えて欲しいと」


「ええ。構いませんけど……」


 何事だというような顔をする彼女に背を向け、ゆっくりと男へ近付く。


 俺の接近に気付いた男はわずかに顔を上げ、無精髭の伸びる薄汚れた顔を覗かせた。年は三十代といったところか。

 後三歩という距離で止まり、男を伺う。


「随分と大胆に行動するんだな」


「俺の名前は、ジョス。あなたを探して仲間が散っていやす。その力がどうしても必要なんです。まずは話を聞いてくだせぇ」


「そっちの態度次第だな」


「そう言わず、付いて来てくだせぇ」


 殺気は感じない。左肩へ乗ったラグも大人しい事から、敵意がないのは確かだ。


 男は足早に人混みを縫い、繁華街を抜けてゆく。二十分ほど歩き、そのまま街の入口へ。王都をぐるりと取り囲むのは石造りの壁だ。幾重もの防御結界もあるのだが、そこはさすがに王都。念には念をという配慮だ。


 門扉の両脇に見張りの姿がある。形程度の存在である彼等の間を抜け、街の外へ。そのまま壁伝いに傾斜を下ってゆくと、みすぼらしい街並みが姿を現した。貧民街だ。


 王都から爪弾きにされ、行く宛のない者たちが身を寄せ合って暮らす集落だ。使い古された物資や残飯も手に入るため、魔獣の襲撃さえ凌げれば生きてゆくことはできる。


“王都の富裕層どもは壁の一部とでも考えてるんだろうな。貧民をエサに魔獣を食い止められるなら安い物だ、なんてほざく豚までいやがる”


 嫌悪感も露わに、吐き捨てるように言い放ったフェリクスさん。その気持ちは理解できる。例え落ちこぼれてしまった存在だとしても、生きる権利は平等に与えられている。


「どこまで行くつもりなんだ」


 前を歩く男。その背中へ声を投げた。


「隊長は、この先の空き家を根城にしていやす。その人の話を聞いてくだせぇ」


 男はフードを脱ぎ、疲れ切った顔を向けてきた。


「ひとついいですかい。あなたがその赤いバンダナを付けてるってぇことは、仲間たちはもう……」


「仲間たち? ヴァルネットの街へ来たのは、ひとりじゃねぇのか?」


 あの男は深い傷を負っていた。何やら、きな臭い気配が濃くなってきた。


「確か五、六人はいたはずです」


「俺の所へ来たのは最後のひとりか……そいつの全身には、引っ掻き傷や噛み付かれた痕があった。相手は魔獣か? でもそれなら、わざわざ俺を探す意味がねぇ」


「へい。それについては隊長から。実は、俺たちも元は冒険者。腕には多少自信があったんですが、それでもあいつには……」


「あいつ?」


 恨めしそうに空を見上げる男。釣られて視線を向けると、上空を旋回する一羽の鳥が目に付いた。いや、ここから視認できるということはかなりの大きさだ。恐らく、霊峰で戦ったグラン・エグルかもしれない。


「あれは見張り役です。ああして付きまとってくるんですが、無視していやす」


 元冒険者と言ったか。誰しもがそれで生計を立ててゆくのは難しいことだ。上級の依頼は危険だが報酬も多い。自分の技量が試され、結果が顕著に現れる過酷な世界だ。かといって下級の依頼となれば、早い者勝ちのような奪い合いが起こり、数をこなさなければ満足な報酬を得られない。


 黙々と足を進め、貧民街へ踏み込んだ。ここを訪れるのは初めてだが、どんな場所なのかという興味はあった。不衛生で最低限度の生活を送っている印象だったが、人々の顔付きは明るく、活気に溢れた様が見て取れる。


「意外だな……」


 物の売買も盛んなようだ。柱へ屋根が付いただけの簡素なテントが並び、民芸品や工芸品、特殊調合された薬草まで売られている。それらの技術に感心していると、ジョスが意味ありげな笑みを浮かべて俺を見ていた。


「ここへ来たのは初めてって顔ですね」


 口元を隠し、囁くように続ける。


「貧民なんて言いますけど、専門技術を持った集団が生活する街です。主な商売相手は商人。そいつらが各地への物流を担って、ここに金を落としていきやす。腕利きの職人は王都へ引き抜かれることもありやすからね」


「なるほどな。街の名前は悪いけど、王都で一山当てようって奴等が集まる、夢と希望に満ちた街ってわけか」


 目を向けた先には、数本の短剣を投げ上げ、曲芸を披露する若者がいる。


「生誕祭が始まれば王都への入場制限も緩くなりやすからね。自己主張を兼ねて、個性的な奴等がたくさん集まりやす」


 そうして街の奥へと進み、藁葺き屋根の家屋が並ぶ一画にやってきた。前を進んでいたジョスが、一件の家屋の前で立ち止まる。


「着きやした。ここです」


 木製の扉に閉ざされ、中を伺うことはできない。どうにも胡散臭くて仕方ない。


「おまえが開けろ」


 腰に提げた剣。そのつかへ手を添える。


「俺を信用してくだせぇ。危害を加えるどころか、返り討ちに遭うだけですから」


 苦笑を浮かべて扉を押し開けるジョス。そうして中を覗き込んでいる。


「隊長。ようやく見付けやした」


 ジョスが背中を見せた隙に、ラグを屋内へ向かわせた。その頭上を飛び越え、建物の中へ消えて行く。


 程なくして、家屋からふたりの賊が顔を覗かせた。恐らく二十代中程。ジョスも同様だが皆が中肉中背。無駄なく締まった体付きだ。

 その後ろから、使いを追えたラグも戻ってきた。ということはジョスの言う通り、隊長と呼ばれる男が残るのみというわけだ。


 俺をいぶかしむように見ていたふたりだが、片方が口を開いた。


「中へどうぞ。隊長はふたりだけで話したいと」


 そうして彼等は入口から離れてゆく。


「どんな話かわからねぇけど、手短に頼みたいもんだな」


 これまでの経緯から、色々と察しが付いている部分はある。面倒なことになる予感しかないが、避けて通ることもできない。


 扉を押し開けた先には、踏み鳴らされた土間が広がっていた。そこへ藁を敷いただけの簡素な作り。壁の漆喰塗りは所々が剥がれ落ち、経年の長さを伺わせた。

 土間の先は一段高くなっており、居間が設けられている。その段差に腰掛け、ひとりの男がこちらをじっと伺っていた。


 警戒は決して緩めない。その人影に近付きながら、まずは挨拶程度の言葉を投げる。


「久しぶりだな。こうして会うのはムスティア大森林以来か。っていうより、良くもまぁ俺の前に顔を出せたもんだな」


「おやおや。かれこれ三ヶ月ぶりの再会だっていうのに、随分と冷たい対応だねぇ」


「そりゃ冷たくもなるだろ。勝手に逃げ出したのはそっちなんだからな」


 吐き捨てるように言い放ってやった。


「来てやっただけでも有り難く思え。話くらいは聞いてやるよ」


 腰掛けたままのドミニク。忘れもしないその顔を、真っ向から見据えた。

 だが相手に怯んだ様子はない。飄々(ひょうひょう)とした顔で、それをさらりと受け流す。


「俺が頼むって言うんだから、碧色の閃光様は全てお見通しだろうねぇ」


 試すような視線が苛立ちを加速させる。それは眼前の男へ対しての怒りなのか、それともこれから相対する者への怒りなのか。


「生きてるんだな? あいつが」


 赤竜せきりゅうの熱線を受けて死んだと思っていた。俺の認識が甘かったというわけだ。

 確かに、地底湖にはあいつの杖が落ちていた。あそこを通り抜ける何らかの方法を持っていたとしてもおかしくない。

 賊たちが襲われたという魔獣。そして今も、上空から監視されているこの状況。こんなことができるのは、あの男しかいない。


「終末の担い手、とか言ったか……あのインチキ導師め」


 ランクールの街だけじゃない。セリーヌも多大な精神的苦痛を負わされた憎い相手だ。

 噛み締めた奥歯が鈍い音を立てる。あいつが生きているとわかった以上、このままにしておくわけにはいかない。


 俺の怒りを感じ取ったドミニクは、これ幸いとばかりに、口元へ下卑げびた笑みを浮かべた。

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