02 魔法剣、恒星降注
更に日は流れ、俺の奉仕活動も残り七日となっていた。寺院で奉仕をした後は宿で奉仕をされるという奇妙な生活が続き、シルヴェーヌさんとの攻防も相変わらず続いている。
司祭、魔導師、占い師、踊り子、遊女に、エプロン一枚。あらゆる姿で現れた。
衣装の購入先は謎だったが、歓楽街の側で雑貨屋を営むボドワンさんが仮装衣装を取り扱っていることを思い出した。でも、そこへ出入りしている彼女の姿を想像すると複雑だ。
ボドワンさんに会ったなら、御礼……じゃなく、厳重に抗議をしておかなければ。
「それにしても、どいつもこいつも……」
アルバンたちに付いていったみんなはまだ戻らない。シルヴィさんの通話石へ、マリーの冒険者技能を強化するため討伐依頼をこなす、という連絡が入って一ヶ月以上が経過。ナルシスも行方知れずのため、宿の二階は完全に俺たちだけの空間と化していた。
シルヴェーヌさんは愛の巣などと言うが、冗談じゃない。誰でもいいから早く戻ってくれないと、本当に精気を吸い尽くされてしまう。
“口ではなんだかんだ言っても結局抗えないんだから。最初から観念しなさいって”
昨晩も、舌舐めずりしながら腰を振り乱す彼女を見上げ、寄せては返す下腹部への快楽に屈してしまった。セリーヌに対する想いは決して変わらないが、昔のようにあの体と技術に溺れてしまいそうだ。
「最後は牡鹿亭に避難するしかない……」
つぶやきを漏らして寺院の敷地を出ると、なぜかイザベルさんがいた。
「きゅうぅぅん!」
左肩へ留まっていたラグが、愛くるしい鳴き声を上げて飛んでゆく。
「どうしたんですか?」
これから牡鹿亭の夜間営業に向けて準備もあるだろうに。そう思っていると、腰に手を当て、疲れたような溜め息を漏らした。
「あんたに用事があって待ってたんだよ。それにしたって、全然、顔も見せないで……しっかりやってるのかい?」
「大丈夫ですって。心配ありませんから」
話の結びだけを拾ってシルヴェーヌさんを想像してしまった俺は、きっとけがれている。
「戻って来てるなら、たまには顔を見せなよ。クレマンも寂しがってるんだからねぇ」
「それに関してはすみません。でも、俺に何か用事があるんですよね?」
「あぁ、そうそう。忘れるところだったよ」
あなたは何をしに来たんですか。
「ついさっき、ふらっと店に人が尋ねてきてねぇ……誰だと思う?」
イザベルさんと別れ、一目散に天使の揺り籠亭へ走った。大司教誘拐事件の印象が強すぎたが、この時をどれほど待ちわびたことか。
往来する人混みを掻き分けるように進み、ようやく戻ってきた宿屋。ジャコブさんとバルバラさんへ声を掛け、急いで二階へ駆け上がる。自室の扉を開けた瞬間、聞こえて来たのは豪快な笑い声だった。
「ルノーさん。お久しぶりです!」
居間へ置いたふたりがけのテーブル。そこで薬湯を片手に寛ぐ姿があった。
「よう、牡鹿の! 今、戻ったぞ」
力強い笑みで左手を上げるルノーさん。その顔には達成感と自信が漲っている。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
いつものメイド姿で深々と頭を垂れてくるシルヴェーヌさん。胸を晒すような絶妙な角度は、絶対に計算され尽くしたものだろう。
不意に見せ付けられた深い谷間から慌てて視線を逸らし、ルノーさんを確認する。
「無事に戻られてほっとしました。で、アランさんはどうしたんですか?」
「宿の前で一緒におまえさんを待っていたんだが、あいつは昔から気が短くてな……待ちきれんから先に工房へ戻るとさ。頼まれた荷物も向こうにある。すぐに行くぞ」
腰を上げたルノーさんは目の前へ来るなり、俺の肩へ手を置き意味深に笑う。
「おまえさんも大したもんだぜぇ。こんな上等な宿の二階を仕切ってるっていうじゃねぇか。しかもドンブリ娘がいなくなったと聞いたが、あんなべっぴんメイドを雇いやがって」
「いや。雇ったというより、押しかけてきたというか何というか……ってそうじゃねぇ! そもそも、あの人は冒険者仲間ですから! あの格好はふざけているだけですからね」
あらぬ誤解は少しでも解いておかなければ。だが、どうにも納得していない顔だ。
「ご主人様。あれだけ私の体を好き放題にしておいて、押しかけてきたというのは余りではありませんか。傷付きました」
「は? いや、ちょっと……」
両手で顔を覆う姿は、明らかに嘘泣きだ。
「とにかく、何にしても羨ましい話だ。面倒だから痴話喧嘩は後でやれ。おい、メイド。薬湯ご馳走さん。先に行ってるからな」
「待ってください。一緒に行きますから」
「では、私も」
背後から即座にシルヴェーヌさんの声がした。
「ここで待っていてください」
「そうは行きません。一緒にイキたいんです」
「なんだか違う意味に聞こえるんですけど……どうしても来るって言うなら、せめてシルヴィさんとして同行してください」
「何度でも言いますが、シルヴェーヌです」
らちが明かない。説得をあきらめ、慌ててルノーさんを追った。
☆☆☆
「こいつが頼まれていた物だ」
工房へ入るなり、ゴマ饅頭を頬張ったアランさんが、カウンターに置かれた包みを解く。
「おぉぉっ!」
思わず感嘆の息が漏れてしまった。
現れたのは、目を見張るほどに磨き込まれた白銀の剣と杖だ。
感動する俺を余所に、工房の中へ飛び上がったラグは、アランさんの脇へ置かれた饅頭の紙袋を覗き込んでいる。もう放っておこう。
「手に取ってみろ。俺も、これほどの上物は初めて見た……まさに極上の魔導武器。剣は恒星降注。杖は悠久彷徨だ」
アランさんに促され、恐る恐る手を伸ばしてみた。透き通るような握りへ指が映り込み、壊れてしまわないかと、そっと手に取った。
驚くほど軽い。これなら自在に操ることもできそうだ。ひんやりとした感触の後、吸い付くように手の平へ馴染んできた。それと同時に、剣へ満ちる魔力が激しく伝わってくる。まるで、早く暴れさせろとでも言うように。
恐らく、期日を最優先に鍛え上げてくれたのだろう。剣も杖も飾り気のない簡素な外見だが、それ故に無駄な物を削ぎ落としたという洗練された上質感を生み出すことに成功している。
すぼめた唇から息を吐き、目の高さに上げていた剣をゆっくりと降ろした。
「凄いです。ありがとうございました」
「ご主人様。こちらの杖は?」
「え? あぁ……」
包みの上に置かれたままのそれを見た。
「セリーヌへ渡すつもりだったんです。あいつが大事にしていた杖は大森林の地底湖に沈んでしまったんで……とは言っても、渡す前にいなくなってしまいましたけどね……」
シルヴェーヌさんへ苦笑すると、なんだか複雑な表情をされた。
「付き合っているわけでもないのに、特注の杖ですか……重いですね」
「やり過ぎ、ですかね?」
「私には何もないのですね。ご主人様から頂いたと言えば、子種だけですが」
「ぶふぅっ!」
ルノーさんが薬湯を吹き出し、饅頭を頬張ったアランさんが胸を激しく叩く。
「シルヴェーヌさん。それ、ここで言うの?」
笑って誤魔化そうと思ったら、目が本気なんですけど。かなり怖いです。
いや、待て。よく考えたら、今は主人とメイドの関係だ。立場はこちらが上。ここは思い切って主人の立場を貫くべきだろう。
「なんだ。メイドの分際で、俺に物申すのか? 自分の立場がわかっていないらしいな」
意外な反撃に驚き、目を丸くしているシルヴェーヌさん。あのふたりには見えない位置で、胸の先端を軽くつまんでやった。
「はんっ!?」
唇を結び、声を押し殺す姿がいじらしい。その姿にほくそ笑み、耳元へ顔を近付けた。
「後で、たっぷりと教え込んでやる。分かったら大人しくしていろ。いいな?」
「申し訳ござ……お許し……あんっ……」
恥辱に染まった顔で見つめてくるが、新たな一面を開発してしまったんだろうか。
何だか妙な空気が満ちている。それを打ち消したのは、顔を覗かせたブリスさんだった。
「親方。これが馬車に置きっ放しでしたよ」
運ばれて来たのは鎖帷子だ。
「おぉ、そうだ。リュシアン、これはおまけだ。ブレグ・シーファの余りを粉々にして、帷子を覆った。名付けて光纏帷子。並の物よりずっと丈夫だし、魔法のダメージも軽減する。冒険服の下に着ろ」
「え? 良く、寸法がわかりましたね」
思わず問い返すと、なぜか鼻で笑われた。
「俺も驚いた。世間ってのは狭いもんだ。おまえ、故郷を出たきり一度も戻っていないらしいな。寂しがっていたぞ」
「は?」
帷子を受け取りながら、間抜けな声を上げてしまった。
「まだわからないのか? 俺が世話になってる先生ってのは、おまえの親父さんだ。ガエル=バティスト。そうだろ?」
思わぬ衝撃告白に言葉を失ってしまう。