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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.15 ラモナ島編

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02 世界の前で結ばれる


 風竜王テオファヌの背から見下ろす海は、穏やかだった。

 凪いだ水面が陽を弾き、同じ色を繰り返している。


 だが、それは似ているだけで、同じじゃない。

 そう理解している自分がいた。


 マルティサン島が近づくにつれ、風の匂いが変わる。

 潮の湿り気の奥に、焦げた岩と焼けた土の気配が、なお消えきらずに残っていた。災厄の魔獣と呼ばれるブリュスキュリテールが、二年前に踏み荒らした名残だ。


「戻ってきたな……」


 呟きは、風に溶けてゆく。


 隣でセリーヌが島影を見つめていた。

 表情は静かだが、指先にわずかな力が宿っている。


 恐れじゃない。覚悟の前触れだった。


 テオファヌの思念は、すでに神竜や竜王へ届いている。

 俺たちが戻ることも、討伐の結果も。


 側には、ユリスと老剣士コームさんもいる。


 海を眺めながら、地の民クロヴィスさんの言葉が頭をよぎった。


『ここで島に戻れば、長どもに引き留められるのは目に見えてるだろ。俺たちは外の世界に残って、この戦いを見届けるからな』


 その言葉に、他の神官たちも同意した。

 場を取り持ってくれたのはユリスだ。


『身代わりと言ってはおこがましいですが、私が皆さんの代わりに島へ戻ります』


 その表情は、どこか寂しげだった。


竜臨活性(ドラグーン・フォース)の力を持たない私は、この先の戦いでは足手まといでしょう。それに、誰も帰らないよりは、長たちの心証も良くなる』


 本来なら、ユリスも戦いたいはずだ。

 むしろ、セリーヌの力を引き受けてでも前に出たいと願っているだろう。


 それでも、自分の役割を選んだ。


 かけるべき言葉を見つけられないまま、島はすぐそこまで迫っていた。


 風竜王は島の中心、円形闘技場へと降下する。

 その巨体が、吟遊詩人の姿をした青年に変わった。視界が開ける。


 六人の長。

 そして、場を埋め尽くす島民。


 老いた者も、幼き者も。

 戦える者も、もう戦えない者も。


 おそらく、島の全員がここにいる。


 俺たちを迎えに来たんじゃない。


「みんな、結果を見届けに来たのか……」


 中央に立つのは、光の民の長老ディカだ。

 その眼差しの鋭さは、以前と変わらない。


「よく戻ったな」


 その声を受け、セリーヌが一歩前へ出た。


「災厄の魔獣、討伐完了いたしました」


 テオファヌが空中へ文字を描くように両手を動かす。

 風の魔法で編まれた白い球体が、ディ゙カの前へと運ばれた。


 指を鳴らすと、球体が弾けた。

 現れたのは、巨大な黒鱗を持つ大蛇の頭部だ。


 場内の観衆からどよめきが起こる。


 それは、斬り落とされた証。

 なお残る魔力の痕跡が、戦いの苛烈さを物語っていた。


 復讐でも誇示でもない。

 終わらせたという報告だ。


 ディカは深く頷き、ゆっくりと杖を突く。


「よくぞ、生きて帰った」


 その言葉には、長としての重みと、祖父としての安堵が混じっていた。


 歓声は上がらない。

 代わりに、あちこちで押し殺した吐息が漏れる。


「島民の心は救われただろうけど……失われたものが多すぎる……」


 俺の言葉に、誰も応えなかった。


 討伐報告が終わると、六名の長たちは闘技場の座席を見上げる。

 島民ひとりひとりの顔を確かめるように、時間をかけて。


 不意に、ディカが咳払いをした。

 その背は、先程までより少し低く見える。


「今日をもって、我々六名は長の座を退く」


 場が揺れた。


 討伐報告に匹敵するざわめき。

 誰ひとり、この展開を予想していなかった。


「これからのマルティサン島には、若き者たちの力と判断が必要だ」


 視線が、ユリスに向く。


「新たな体制の中心は、ユリス。おまえだ」


 一歩前へ出たユリスは、戸惑いを隠しきれないまま頭を下げた。


「恐れながら申し上げます。私は未熟です。皆を導くには力不足だと自覚しております」


「当然だ。六名で統治する習わしも、そのためにある。おまえにも参謀が必要だ」


 視線が、俺たちの後方へ移る。


「コーム。おまえが島に残り、ユリスを支えるのだ」


「ですが……」


 コームさんは言葉を詰まらせる。

 それでも、意を決したように続けた。


「ユリス様の補佐として残るにしても、私にはセリーヌ様の護衛としての任が……」


 ディカの視線が鋭く走る。


 その目が、俺を見据えた。


「必要あるまい」


 静かな断言。


「そこに、適任がおるではないか」


 その口元が、わずかに緩んだのを、俺は見逃さなかった。


 ユリスは一瞬、言葉を失い、それから小さく息を吐いた。


「承りました」


 コームさんもまた、深く頭を下げる。


 守るためじゃない。支えるために残る。

 その役目を受け入れた顔だった。


「島は、もう守られるだけの場所ではない」


 ディカの視線が、セリーヌに向く。


「神竜ガルディアは、この島にも新たな役目をお与えになったのだろう」


 島民の間に緊張が走る。


「セリーヌ。おまえは“絆の守り人”だ」


 それは静かな宣告だった。


「島と大陸をつなぐ者。争いではなく、意志を継ぐ者だ」


 海風が、俺たちの髪を撫でてゆく。


「おまえは……もう独り立ちした」


 それが、長を退く決意につながっていることを、セリーヌも理解したのだろう。


 深く一礼し、顔を上げた。


「わたくしは、この先も戦います」


 迷いのない声だった。


「理力の宝珠は、未だ悪しき者たちの手にあります。それを取り戻すまで、わたくしの戦いは終わりません。神竜剣(しんりゅうけん)神竜杖(しんりゅうじょう)も取り戻しました。魔導通話石を含め、これらの品を宝珠奪還まで、引き続き貸与願います」


 ディカは杖に両手を添え、ゆっくりと前へ出る。


「儂の許可は不要だ。ユリスに聞け。これからは、島の掟に縛られることはない。おまえの選んだ道をいけ」


 それは命令ではない。赦しだった。


 わずかな間を置き、セリーヌが口を開く。


「ひとつ、決意表明がございます」


 振り返ったセリーヌと視線が交わった。


「この場を借りてご報告いたします。わたくしは、リュシアンさんと婚約いたします」


 闘技場に、三度目のどよめきが走った。


 だが、拒む声は上がらない。


「理力の宝珠を取り戻したのち、正式に婚姻を結びます」


 ディカは静かに頷き、こちらを見る。


「リュシアン」


 名を呼ばれ、背筋が伸びる。


「セリーヌを、頼む」


 それは長としてではない。祖父としての言葉だった。


「必ず」


 短く答える。


 婚姻を許した理由は明白だった。


 セリーヌは、もう守られる存在じゃない。

 選び、背負い、歩く者になった。

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