01 王の決断、動き出す戦火
謁見の間は、異様な静けさに包まれていた。
高窓から差し込む午後の光は、昨日と変わらず柔らかい。だが、空気は明らかに違う。重く、張りつめ、逃げ場がない。
玉座の前に立つのは、俺、セリーヌ、レオン、シルヴィさん、アンナの五名。
ブリュス・キュリテール討伐の正式な報告を終えた翌日。本来なら、王都を発つ準備に入っていてもおかしくないはずだった。
それでも、俺たちは再びこの場に立っている。
形式上の儀はすべて終わっている。
にもかかわらず王が改めて時間を設けた理由は、ひとつしかない。
昨日は話さなかったことがある。
いや、話せなかったことがある。
「改めて、時間を取らせたことを詫びよう」
ヴィクトル王が静かに口を開いた。
その声に、儀礼の温度はない。
「そなたたちが、ただの凱旋報告のために戻ってきたのではないことは察している。話せ。今度は、余さずだ」
視線が、まっすぐ俺を射抜く。
一歩、前へ出る。
膝は折らない。背筋を伸ばし、王と正面から向き合った。
「陛下。これよりお話しする内容は、王国のみならず、世界全体に関わるものです」
周囲に控える近衛兵たちが、わずかに身構える気配が伝わってくる。
「敵の首謀者は……フェリクスです」
言葉を置いた瞬間、謁見の間の空気が変わった。
近衛兵長であるベルナールさんの目が、驚きに見開かれている。
「断罪の剣聖、フェリクス・ラグランジュのことで違いないか? 火災で亡くなったと報告を受けているが……」
「はい。生存を確認しております。それだけではありません。彼は現在、“終末の担い手”を名乗る一団を束ねる存在です。凶王として、六凶星と呼ばれる幹部を従えています」
「六凶星……」
王の眉がわずかに寄る。そこへ、シルヴィさんが一歩進み出た。
「個々が国家転覆級の戦力です。すでに数度交戦し、こちらも被害を出しています。単なる反乱勢力として扱える規模ではありません」
王は黙したまま顎に手を当てる。
「思想か」
「はい」
続いて、セリーヌが口を開いた。
「彼の者たちの目的は、世界の均衡を壊すこと。その中核にあるのが、理力の宝珠です」
老臣のひとりが息を呑む。
「理力の宝珠?」
「はい。本来は聖地で保管されるべき、世界の楔です。現在、それをフェリクスが所持しております」
王の目が細くなる。
「放置すれば、どうなる」
「魔獣の凶暴化が加速いたします。最悪の場合、世界規模での崩壊に至ります」
脅しではない。セリーヌは事実だけを並べた。
「時間は」
ヴィクトル王の視線が、まっすぐ突き刺さる。
「ほとんど残っていません。相手の脅し通りであれば、猶予は六日です。期日内にラモナ島へ来ることを要求されています」
「そこは、いかような場所だ」
俺はアンナへ視線を送る。
あの島を直接見たのは、彼女だけだ。
「息をするだけで喉が痛む場所でした。地面は裂けて断崖だらけ、谷の底も見えません。人の痕跡はなく、魔獣が徘徊しています。大きさに関係なく、すべてが獰猛でした。はっきり言って……あそこは人が踏み込む場所じゃありません。魔境です」
王が低く唸る。
「人が住めるとしたら、地下だと思います」
「なるほど」
王はすべてを悟ったように頷いた。
「そのための、王国軍と船というわけか」
「はい」
迷いはない。
「冒険者だけで対処できる段階は、すでに越えています」
「加えて」
レオンが口を開く。
「フェリクスは、かつての英雄だ。事実を伏せたまま決戦に臨めば混乱が生じる。それは王国にとっても致命的だ」
王は静かに立ち上がった。
「よかろう」
謁見の間に、張りつめた気配が走る。
「王国軍だけではない。冒険者ギルドにも協力要請を出す」
そして、俺たち五人を順に見据えた。
「ラモナ島攻略は、王国の名のもとに行う。そなたたちは、その先鋒だ」
一拍の間があった。
「責任は、すべて余が負う」
俺は深く頭を下げた。
「感謝します、陛下」
「感謝など不要だ」
王は首を振る。
「これは王の責務だ。人の世界を守るための戦いでもある」
こうして、歯車は静かに動き出した。
※ ※ ※
王城を後にし、跳ね橋を渡りきる。
張りつめていた空気が、ようやく緩んだ。
眼下に広がる王都の街並みには、夕刻前の風が吹いている。
それでも、しばらく誰も口を開かなかった。
最初に息を吐いたのは、アンナだ。
「やっと言えたね。すっきりしたよ」
肩の力を抜き、苦笑する。
「正直、王に話すのが一番怖かった」
「当然だ」
俺のつぶやきに、レオンが短く返してきた。
「隠したまま行く方が、よほど無責任だ」
その声音には、いつもの刺はない。
覚悟を決めたあとの、乾いた落ち着きがあった。
シルヴィさんは黙ったまま、王城を振り返る。
視線は高く、遠い。
「王国軍が再び動くのね」
ぽつりと漏れる。
「もう、後戻りはできませんね」
セリーヌは俺の隣を静かに歩いている。
穏やかな表情の奥に、わずかな硬さが残っていた。
「怖いか?」
声を掛けると、小さく首を振る。
「いいえ」
間を置き、続けた。
「ですが……重いですね。守るべきものが、増えた気がいたします」
胸の奥が、わずかに締まる。
英雄としてではない。
称号を持つ者としてでもない。
ひとりの人間として背負う重さ。
それを、彼女はすでに理解している。
「行こう」
街を見下ろし、言葉に力を込めた。
「決戦はラモナ島だ。俺たちが止める」
誰も反対しなかった。
夕暮れの王都は、いつもと変わらぬ喧騒に包まれている。
だがその足元で、確実に戦争の歯車が噛み合い始めていた。
歩を進めながら、後ろのシルヴィさんに声をかける。
「明日から、俺とセリーヌはマルティサン島です。留守をお願いします」
「せわしないのね」
「ここからは時間との戦いですから」
笑みを向ける。
もう、逃げ場はない。
それでも俺たちは、前へ進むしかない。





