58 英雄譚は、いつも安全な場所から語られる
王城での晩餐会の申し出を丁重に断った。
二十億という支援に加え、兵と船まで用意してもらう約束だ。これ以上の厚意を受ける気には、どうしてもなれなかった。
それに、今夜は仲間たちと過ごしたかった。
選んだ場所は、矛と盾の古狼亭だ。
以前に訪れた時は、マルクさんとレリアさんも一緒だった。状況は変わってしまったが、この店は変わらない。玄人向けの名店は、今日も静かに俺たちを迎え入れてくれた。
年代物の酒。じっくり熟成された肉料理。華美ではないが、確かな重みを持つ味が並ぶ。
人数が多かったため、食事は立食にした。
思い思いに時間を過ごす仲間たちと言葉を交わし、俺はゆっくりと歩いていく。
テオファヌは少女ルネの姿に擬態して、料理台の横に陣取っていた。
新しい皿が運ばれるたびに目を輝かせ、次々と平らげていく。
「人間界の食事は、やはり美味だね。この体なら、ほどほどで満腹になるから都合がいいんだ」
満足げに頷く様子に、思わず笑みが漏れる。
シルヴィさんとクロヴィスさんは、大杯を手に談笑していた。
どちらも、酒の減りがやけに早い。
「いい飲みっぷりじゃない。気に入ったわ」
「シルヴィ、お前もだ。島でもこんなに飲める奴はそういない。祝いだ、とことん飲むぞ」
豪快な笑い声が響く。
窓際では、バルテルミーさんが静かに杯を傾けていた。
香りを確かめるように、ゆっくりと味わっている。隣には、コームさんもいる。
「こんなにめでたいことはない」
ぽつりと漏らしたコームさん。視線の先には、セリーヌがいた。
守るべき剣としてじゃなく、ひとりの人間として、この場にいる。
その表情は、穏やかだった。
「で、あそこは変わり種だな……」
視線を向けると、少し離れた場所にレオンの姿がある。
酒は飲まず、食事を楽しんでいる。隣には、ウードさんとマリーがいる。
『女神様の晴れ舞台。必ず行きます!』
意気込んで駆けつけてくれたマリーだが、助祭のブリジットとデリアまでもが同行を申し出たそうだ。
さすがに、聞かれては困る話ばかりだ。心苦しいが、マルティサン島を知らないふたりには遠慮してもらうしかなかった。
三人とも多くを語らないが、不思議と落ち着いた空気があった。
ウードさんは群れることを好まない。レオンも同じだ。
それでも今は、隣にいる。
バルテルミーさんが、親子のようだとからかっていたのを思い出す。
否定されるだろうが、あながち間違いでもない。
一番賑やかなのは、若い連中だ。
イヴォン、ヘクター、ユリス。そこにアンナが加わって、やけに騒がしい。
「こんな日こそ、歓楽街で遊ぶべきだろ!」
「イヴォンさん、女にうつつを抜かす男は大成できない、って爺ちゃんが言ってました」
「ヘクターの言うとおりだ。品位のなさは相変わらずだな……自制してくれ」
「ユリリンは、お姉さん大好きだもんね。そんな所で遊んでたら怒られちゃうよ」
「セリーヌは関係ない!」
無遠慮な明るさに、肩の力が抜けた。
今夜は、それがありがたい。
俺はグラスを手に、壁際に控えるセリーヌのもとへ向かった。
どこにいても華のある人だ。
グラスを軽く合わせ、口をつける。
酒の味よりも、この時間そのものを噛み締める。
「まだ、勝利の実感が湧きません」
セリーヌが小さく言った。
「天壊の竜撃、か……俺たちは勝った。マルティサン島のみんなの仇を討ったんだ」
彼女は柔らかく微笑む。その奥に、確かな重みがあるのがわかる。
「リュシアンさん」
名前を呼ばれ、視線を上げる。
「戦いは怖くてたまりませんでした……でも、逃げたくありませんでした。それに、あなたが必ず来てくださると、信じておりました」
胸の奥が、静かに締め付けられる。
「イリスさんの想いも背負い、次の戦いに臨みます。壊すためではなく、守るために、撃つための力としての称号です……黒竜王の思い通りにはさせません」
俺は頷いた。
もう、戻れない。
それでも、選んだ道だ。
碧色の閃光と、天壊の竜撃。
規格外れでもいい。
ラモナ島が待っている。
決戦は、すぐそこだ。
それでも今夜だけは。
この場所で、この仲間たちと生きている。
そう思えた。
※ ※ ※
朝の王都は、昨夜の余韻を薄く残したまま目を覚ましていた。
復興の槌音が遠くで重なり、石畳を渡る風に人の気配が混じる。
破壊を越えた街の呼吸。その中に、俺も立っている。
宿の窓辺で、水を一口含んだ。
喉を通る冷たさが、身体の芯まで届かない。眠れなかったわけじゃない。静かすぎた。
「昨日の選択に、迷いはない……」
王国が差し出せる最大限を受け取った。それ以上は望みすぎだ。
その時だ。階下から、空気を裂くような声が上がった。
「早馬だ!」
一瞬で、通りの温度が変わる。
蹄の音。
人が集まり、声が広がる。
紙が配られ、ざわめきが熱に変わっていく。
宿の主人が、息を切らして駆け上がってきた。
顔は紅潮し、手にした紙が小刻みに震えている。
「号外です……とんでもない知らせで」
差し出された紙には、まだインクの匂いが残っていた。
視線を走らせる。
――王国軍精鋭部隊、激戦の末に勝利
――碧色の閃光と天壊の竜撃
――魔獣ブリュス・キュリテール討伐
わずかな行数。
だが、その裏にある死線の重さを、俺は知っている。
外から歓声が上がった。
誰かが叫び、誰かが泣き、誰かが拳を突き上げる。
名も知らぬ人々が、同じ言葉を口にしている。
その中心に、自分たちの名がある。
遅れて、実感が落ちてきた。
紙を畳み、窓の外を見る。
英雄譚は、いつも安全な場所から語られる。
刃の重さも。血の匂いも。一歩踏み外す恐怖も。
物語には残らない。
それでも、必要なのだろう。
世界が前に進むためには。
背後で床が軋む。
振り返らなくてもわかる。
「セリーヌか……」
何も言わず、隣に並ぶ。
視線を外へ重ねる。
歓声が、ふたりの間を抜けてゆく。
彼女の右手が、俺の左手に重ねられた。
力はない。震えもない。
ただ、距離だけが近い。
俺は何も言わない。
彼女も言わない。
歓声の中で、別の光景が蘇る。
崩れた魔導。立ち尽くした背中。
守る側でありながら、ひとりで立たせてしまった記憶。
セリーヌは、目を逸らさない。
英雄の名が呼ばれる光と、その裏側を同時に見ている。
それだけで十分だった。
号外を机に置く。
紙の音に、彼女の肩がわずかに動いた。
それでも、距離は変わらない。
寄り添いすぎず、離れすぎず。
今の俺たちに、ちょうどいい位置だ。
「フェリクス……俺たちが必ず止める」
この名も、この歓声も、足を止める理由にはならない。
ただ、同じ朝を見ている存在が、隣にいる。
その重みだけを、確かめていた。
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編 <完>
<DATA>
< リュシアン・バティスト >
□年齢:25
□冒険者ランク:L
□称号:碧色の閃光/王都の救世主
[装備]
神竜剣ディヴァイン
トリプレ・スリング
神竜鎧アルデュージェ
結界革帯
炎竜の首飾り
< セリーヌ・オービニエ >
□年齢:24
□冒険者ランク:L
□称号:天壊の竜撃/絆の守り人
[装備]
神竜杖ディヴィセプトル
蒼の法衣
神竜衣プロテヴェリ
結界革帯
タリスマン
< シルヴィ・メロー >
□年齢:26
□冒険者ランク:L
□称号:紅の戦姫
[装備]
斧槍・深血薔薇
深紅魅惑鎧
結界革帯
< アンナ・ルーベル >
□年齢:23
□冒険者ランク:L
□称号:神眼の狩人
[装備]
双剣・天双翼
クロスボウ・夢幻翼
冒険服
胸当て
結界革帯
< レオン・アルカン >
□年齢:25
□冒険者ランク:L
□称号:二物の神者
[装備]
深愛永劫
神竜鎧アルデュージェ
結界革帯
< マリー・アルシェ >
□年齢:19
□冒険者ランク:なし
□称号:アンターニュの聖女(仮)
[装備]
聖者の指輪
白の法衣
結界革帯
< ジェラルド・バティスト >
□年齢:29
□冒険者ランク:B
□称号:なし
[装備]
双竜炎舞
魔法剣・聖光照刃
魔導鎧・邪払輝
結界革帯
< ナルシス・アブラーム >
□年齢:21
□冒険者ランク:A
□称号:涼風の貴公子
[装備]
細身剣・青薔薇
華麗な服
結界革帯
< エドモン・ジャカール >
□年齢:24
□冒険者ランク:S
□称号:真理の探求者
[装備]
魔導杖
朱の法衣
結界革帯
< マルク・バロワン >
□年齢:42
□冒険者ランク:L
□称号:苛烈の拳聖
[装備]
黒の道着
結界革帯
< レリア・アズナヴール >
□年齢:42
□冒険者ランク:L
□称号:随意の剣聖
[装備]
魔導杖
薄紅の法衣
結界革帯
< アクセル=ヴァランタン >
□年齢:27
□冒険者ランク:L
□称号:絢爛の剣豪
[装備]
大剣
軽量鎧
< コーム・バシュレ >
□年齢:56
□冒険者ランク:なし
□称号:熟練の剣士(仮)
[装備]
竜骨剣
軽量鎧
< ユリス・オービニエ >
□年齢:19
□冒険者ランク:なし
□称号:光の神官
[装備]
光の魔導杖
冒険者の服
結界革帯
< ヘクター・アルベール >
□年齢:16
□冒険者ランク:なし
□称号:炎の神官
[装備]
炎竜の鞭
短剣
神竜盾エジード・ドラコニック
結界革帯
< イヴォン・デカルト >
□年齢:19
□冒険者ランク:なし
□称号:水の神官
[装備]
神竜槍フード・ロワント
水竜の槍
結界革帯
< バルテルミー・ドリーブ >
□年齢:61
□冒険者ランク:なし
□称号:雷の神官
[装備]
雷竜の魔導杖
神竜鎧アルデュージェ
結界革帯
< ウード・アゼマ >
□年齢:58
□冒険者ランク:なし
□称号:風の神官
[装備]
神竜弓アルク・セレスト
風の長弓
結界革帯
< クロヴィス・マルケ >
□年齢:54
□冒険者ランク:なし
□称号:地の神官
[装備]
神竜斧アッシュ・アルダント
地竜の戦斧
結界革帯





