57 碧色閃光・天壊竜撃
「王都の復興も順調だな」
久々に訪れた街並みを眺める。
ブリュス・キュリテール討伐を終えた今、この景色は以前よりも強く目に焼き付いた。
魔獣の襲撃で焼け落ちた区画は、すでに再建を終えている。石畳は磨き直され、人々の足取りにも活気が戻っていた。
復興は、まだ途中だ。
それでも、この国は前へ進んでいる。そう思わせる力が、街全体に満ちている。
王城へ招かれたのは、俺、レオン、シルヴィさん、アンナ、セリーヌの五人だけだ。
兄はいない。
今頃は、マルクさんの解毒方法を求めて動いているはずだ。
ナルシス、エドモン、そして弟子たちも付いている。何の心配もない。
『王が直々に謝罪したいと申し出てくださっているそうだけれど、済んだ話さ。過去を振り返るより、今やるべきことがある。そっちの方がよほど大切だからね』
そう言って、兄は笑っていた。
王に対して言いたいたいことは、山ほどあるはずだ。差し向けられた刺客が、兄たちの人生を大きく変えたのは言うまでもない。
それでも前だけを見ている。
兄の背を見送りながら、何も言えなかった。
王城アヴィレンヌは、遠目には白亜の威容を取り戻していた。
だが、近づくにつれて、それが完全ではないと知る。
外壁には削りきれなかった爪痕が残り、補修された石だけがわずかに色を違えていた。
門をくぐると、鉄と油の匂いが鼻を突く。武具の手入れを終えたばかりなのだろう。
平時なら、香の香りが満ちているはずだ。
広い廊下。高い天井。
だが、装飾は最小限に抑えられていた。
壁掛けは減り、代わりに戦死者の名を記した木札が、控えめに並べられている。
この城は、まだ喪に服している。
すれ違う兵士たちは、俺たちを見ると静かに足を止め、拳を胸に当てて頭を下げた。
敬意と感謝。そして期待。
そのすべてが、重く視線に乗ってくる。
足音だけが、石床に乾いた音を響かせる。
レオンはこんな時でも平然としている。
シルヴィさんは表情を崩さず進み、アンナは少し緊張した様子で背筋を伸ばしていた。
この三人も、今回の戦功によってランクLへと昇格した。
名実ともに、最前線に立つ存在だ。
セリーヌは前だけを見据えている。
ここがただの城ではないことを、全員が理解していた。
やがて、大きな扉の前で足を止める。
装飾は控えめだが、木目の奥に歴史の重みが染み込んでいるのがわかった。
ここが、王国の中枢。
扉が開かれ、謁見の間へと通された。
広い玉座の間には、必要最低限の者しかいない。
左右に近衛兵が二名ずつ。槍を立て、直立している。
そして玉座の傍。王の半歩後ろに、ひとりの男。
近衛兵長ベルナールさんだ。
青の軽量鎧に身を包み、兜は付けていない。静かな視線で全体を見渡している。
この場の警護を一手に引き受けていると、一目でわかった。
視線が合い、軽く会釈を交わす。
フェリクスのことを案じていた人だ。真実を知れば、どれほどの衝撃を受けるか知れない。
玉座の後方には文官たち。
痩せた老宰相と、軍務を司る壮年の大臣。さらに一歩下がった位置で、記録官が羊皮紙を抱え、羽ペンを構えていた。
王との謁見は、簡素だった。
豪奢な式典ではなく、報告と確認を目的とした場。それが、今の王国に許された現実的な形なのだろう。
玉座に座るヴィクトル王は、年齢以上に疲れを滲ませていた。
それでも、その目は揺らいでいない。
「魔獣ブリュス・キュリテールの討伐、大義であった。王国を代表して礼を言う」
短い。だが、重い言葉だった。
宰相が静かに頷き、記録官の羽ペンが走る。
近衛兵長は、微動だにしない。
功績の報告が進み、俺の名が呼ばれ、次にセリーヌの名が挙がる。
「セリーヌ殿。そなたの戦果は、王国軍の正式な記録として残される。前回は、二つ名の授与を保留にされたが……此度こそは受け入れてくれるだろうか」
セリーヌが一歩前に出た。
背筋を伸ばし、唇を引き結ぶ。
「恐れながら……お願いがございます」
澄んだ声だった。
「私に授けていただく二つ名は……『天壊の竜撃』を」
一瞬、空気が張り詰める。
脳裏に浮かぶのはイリスの姿だ。
彼女の活躍を目の当たりにすることができなかった。それは大きな心残りだ。
彼女は、セリーヌを庇って命を落としたと聞いている。俺にとっても恩人のひとりだ。
俺が、もう少し早く到着していれば。
あの夜から何度も胸をよぎった後悔だ。
天壊の竜撃。それは、イリスからセリーヌに託された想いの象徴だ。
記録官がペンを止めた。近衛兵長の視線が、ほんのわずかにセリーヌに向く。
王は静かに頷いた。
「承知した。ここに、セリーヌ殿を『天壊の竜撃』と認める」
羽ペンが再び走る。
王はそれを見届け、こちらへ視線を向けた。
「碧色の閃光と天壊の竜撃。規格外れの強さを持つおまえたちなら、この先いかなる困難があろうと乗り越えられるだろう」
胸の奥に、熱が灯った。
そして、王は深く頭を下げた。
玉座にある者が、臣下ではない相手に。
それでも、誰も止めない。
「最後に……謝罪をさせてほしい。先代が闇ギルドを通じ、神竜剣を狙わせた件。ジェラルドに対する不当な仕打ちであった。先代に代わり、非礼を詫びる」
それは王個人ではない。
この場にいるすべて、王国そのものの意思だった。
「バティスト一家には、可能な限りの補償を約束する」
宰相が進み出て、一礼する。
それが、王国としての確約だった。
それで十分だった。
過去は消えない。だが、向き合おうとする姿勢が、確かにそこにあった。
俺は一歩進み、要望を伝える。
ラモナ島。
決戦の地。
兵と、ありったけの船を。
軍務大臣が口を開こうとしたが、王が手で制した。
ヴィクトル王は即答しなかった。
わずかな沈黙。
「二十億ブラン。約束の報酬は、すべて支払う」
王の声が、静かに広がる。
「そして……王国軍は最後まで共に戦う」
その言葉は、責任と覚悟を伴って、謁見の間に深く響いた。





